運送業者『異世界トラック』

雪乃大福

異世界転生をお届けに参りました(嘘)

—―ドン!!グシャァッ、ベチャッ。


 人通りのない薄暗い道路で、肉が潰れたような嫌な音がなる。音が鳴った方にはトラックと、その先には人だったものがある。トラックを運転していたものは、顔を青くしながらも、通報など特にせずに引き返していった。




 「おう!お疲れさん!顔真っ青だぞ?大丈夫か?」


 「お疲れ様です・・・。大丈夫じゃないっすよ・・・。人を轢く感覚なんて慣れないっすよ。」


 運送業者『異世界トラック』。相場よりも安く仕事が丁寧な運送業者として、一部界隈では有名な運送業者だ。しかし、彼らにとって運送業は副業であり、本業は自殺志願者のための殺し屋である。顔を青くして営業所のソファで横になっている彼は、先ほど仕事をこなしてきて帰ったところである。


 「はっはっは!仕事人殺しをこなせるだけ才能あるって!大抵の人間は仕事をこなせずに死んじまう自殺するからなぁ」


 「そっすか・・・。俺は寝ますね。」


 「おうー、金は払っておくぜ。」


 「りょ、了解です・・・」




 そして事故殺しが起こった1週間後。彼の元に再び仕事が入る。


 「おう、次の仕事だ。今日の24時。八王子の都道32号線を走れ。そしたら途中で女性が飛びてくるからそいつを轢いてくれ。帰りはいつも通りだ。」


 「はぁ・・・、恰好は?」


 「全身真っ黒な服に、頭に彼岸花をモチーフにした髪飾りを付けてるそうだ。目立つからすぐわかるだろ。」


 「夜なのに真っ暗なんすか?わかりますかね?」


 「いつものように街灯の下で待っててもらうから平気だよ。」


 「そっすか。じゃぁ、いってきますね。トラックはAの10でいいんすね?」


 「あぁ、それでいいぞ。いってらっしゃい。」


 「いってきまーす」


 そして打ち合わせが終わった彼は、トラックに乗り込み、真っ直ぐ都道32号線を目指して走り始める。


 「はぁ、思ったよりも早くついちったな。」


 時計を見ると時間は21時10分。予定よりも早く目的地についたため、近くのカフェに入り時間を潰す。


 『次のニュースです。昨夜未明、東京都渋谷区を歩いていた少女が突如道路に飛び出し、トラックにはねられ死亡しました。警察は飛び出しによる人身事故が特定地域で相次いでいることから、何らかの事件性があるとして捜査を開始したとのことです。』


 サンドイッチとコーヒーを飲み、心を落ち着かせていたところ、そのようなニュースが彼の耳に入ってきた。


 (ほんと、何で捕まらんのかね。上司は公的な殺し屋だから大丈夫とかいってたけど、そんな訳ないでしょうに)


 内心で捕まらないことを不思議に思うが、捕まったら仕方がないと自分に言い聞かせ、この後の仕事に集中できるよう身体を整えた。


 「最近多いですよねぇ。あんたトラックの運転手でしょ?大丈夫なのかい?」


 手持ち無沙汰になったカフェの店主が、彼に話しかける。


 「私の周りでもそういう話は聞かないですからねぇ。あまり実感がないです。ただ、運転する人にとって飛び出しは困りますよね。」


 「そうだよねぇ。うちの娘なんて『異世界転生だ!』とか騒いで羨ましそうにしててさぁ。絶対に辞めてねって注意してるんだけど、いつか飛び出しそうでね。どうにかならないかな?」


 あくまで平静を装っていた店主ではあるが、カップが少し震えていた。


 「そうですねぇ。どうせ人は死んだら転生するんですから、寿命が尽きるその時間で精一杯楽しんで生きてみてはって提案するのはどうでしょう?」


 「あんたは輪廻転生ってあると思うのかい?」


 「私は思いませんよ。ただ、先ほどの話だと娘さんは輪廻転生はあるって思ってるんでしょう?ならそれに話を合わせたほうがいいと思っただけですよ。」


 「なるほどね。しかし尚更不安だ。あるって信じ込んだ結果、自殺しちゃったりしないかな?」


 「そうですねぇ。徳を沢山積めば、異世界転生した時によりよいチートを貰えるとか、良いことが沢山起こるとか言ってみたらどうでしょう?」


 「それは何でだい?」


 「異世界転生したい理由なんて大抵は神様からチート貰って異世界で無双したいとか、神様から優遇してもらっていい人生を送りたいとかそんなものでしょう?そのために今世で徳を積んでおけば神様に優遇してもらいやすくなるんじゃないですかね?」


 「確かにねぇ。うん、ありがとう。君に相談したおかげで娘を説得できそうだよ。コーヒーのおかわりはいるかい?一杯おごるよ」


 「そうですか?ではお言葉に甘えて。」


 店主は不安が収まったのか、手の震えが収まっており、手慣れた様子でコーヒーを淹れた。


 

 「ごちそうさまでした。」


 「あいよ。縁があればまたきなよ。次はあんたの愚痴を聞いてやるから」


 「ははは、それはいいですね。その時はお願いしますね。」


 「おう、ありがとさん」



 店から出た彼はトラックに戻り運転を開始する。時刻は丁度22時。これから都道32号線に入っていく。


 「あれか・・・」

 

 そして10分程走っていると、街灯の下いる女性が見えてくる。むこうもこちらを確認し、飛び出してきた。


 そして



———キィィーー ドンッ!!




 「はぁ~、何やってんだろ俺。」


 運転手は病院にいた。彼女を轢く直前、カフェで話したことを思い出した。娘が異世界転生にあこがれて自殺しそうだと相談されたこと。それに対して、寿命が尽きるまで楽しんでからでいいのではと言ったこと。飛び出してきた女性の顔が見えた途端、そのことが頭をよぎり直前でハンドルを横に切りブレーキを踏んだ。特に何か思う所があったわけではない。ただ何となく、彼の直感がそうした。


 ギリギリ間に合わず彼女をはねてしまったようだが、幸いにも脚と肋骨を2本骨折した程度で済んだようだ。そして運転手の彼はというと。


 「おう!グルグル巻きだな!」


 病院でぐるぐる巻きのミイラになっていた。右腕と右脚を骨折し、更に顔にも深い切り傷が入ったため、顔にも包帯がまかれている。


 「何すか社長。俺クビですか?」


 「今の仕事はな。お前が希望するなら副業の方をやってもいいぞ。多少給料は下がるけどな。」


 「そっすか。少し考えさせてください。」


 「おう。うちは零細企業だからな。いくらでも考えろ。じゃぁ、また来るわ」


 そして社長が部屋を出ていくと、入れ替わりに少女が入ってくる。彼が轢いてしまった子だ。

 

 「あの、佐藤さん・・・ですよね?」


 「えぇ、そうですよ。」


 トラックで彼女をはねたことを怒られるのだろうか。彼はそう身構えたが、彼女が発したのは予想外の言葉だった。


 「あの、えっと、ありがとうございました!!」


 「えっと・・・?」


 自分が謝るならともかく、何故感謝されているのだろうか?彼はそう思い彼女の話を聞いた。

 

 なんでも事故が起こった後、彼女に友人から電話がありその中で、『異世界転生するなら今世で徳を積んでからにしようよ!美月ちゃんに死なれたら私嫌だよ!』と言われたらしい。その話を聞いて確かにその通りだと思い、そのことに気づくきっかけとなったトラックの運転手である彼にお礼を言ったそうだ。


 「そ、そう。まぁ、何にせよ生きてて良かったよ。こちらこそ仕事を完遂できなくてごめん・・・っていうのも変だね。これからは友人と仲良くやりなね。」


 「はい!では失礼します!」


 なんともスッキリしない話ではあるが、結果的に彼女が生きる理由を見つけてくれたなら良かったと思った彼。それと同時に、今の仕事はもう無理だと気付き辞めることにした。もう、自分が人を轢くことはできないと。



 そしてそのまま会社を辞めて怪我が治った頃、自身の考えが変わるきっかけとなった喫茶店に入った。


 「やぁ、いらっしゃい。久しぶりだね。何にする?」


 「コーヒーを。ブラックで。」



 窓辺の席に座りコーヒーを飲む。ゆっくりと時が過ぎるのに身を任せていると、警察が中に入ってきて、元運転手である彼に向かってこういった。


 「失礼、ご同行をお願いしてもよろしいでしょうか?」




 『トラックによる轢き逃げを何度も繰り返したとして、元異世界トラック従業員の佐藤タケル容疑者が先日逮捕されました。警察の調べによりますと『仕事だった』などと発言しているようで、警察は他にも余罪がないか引き続き調査を続けていくとのことです。以上、ニュースでした。』




—―――――———あとがき——————――――――――――――――――――

 何度も人殺しをしておいて、捕まらないとかそんな都合のいいことはないです。

あと、ニュース放送を書くのは凄く難しかったです。


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運送業者『異世界トラック』 雪乃大福 @naritarou_sinnabe

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