ターチマチェ
怪盗アンドロマリウスは逃亡したので、今後についてバラクとティータが話し合っている。
「アンドロマリウスは放っておけばまた盗みを繰り返すでしょう。ここにもまた来るかもしれません」
「しかし、あてもなく探すわけにもいきませぬ」
「まおー」
(そんなことよりターチマチェを呼べばいいだろう。あいつもマリーという名で町にいるかもしれないが、そもそもマリーがどこに住んでいるのかも分からないしティータがマリーのことに気付くとも思えん。さっき話題に出た時になんとか伝えられれば良かったのだが)
マステマは〇と×以外で意思を伝えられないのでとりあえず静観している。そんな中、これといったいい手も見つからずに唸る二人をラグナスが不思議そうに見つめ、口を開いた。
「怪盗アンドロマリウスはターチマチェ殿と繋がっている可能性があるのでしょう? ならばターチマチェ殿を呼んでみればいいのではないですか」
「まおっ!」
すかさず○の札を上げるマステマ。よくやったと言わんばかりに満面の笑みをラグナスに向ける。
「ふむ、確証もないまま犯人扱いするわけにもいかないが、少なくとも魔焔鉱の販売価格について誰かに話したか聞いてみる価値はありそうだ」
納得したバラクがターチマチェに連絡を取る。商人は呼び出し用の笛を吹くとやってくるらしい。魔法が使える悪魔にとって長距離移動など簡単なものだ。その気になればティータもマステマを連れて他の町まで一気に移動することができる。
「では、あくまで客人としてもてなす準備をいたしましょう」
ラグナスは早速お茶の用意をする。マステマとティータの分も含めて、四人分のアテアス茶がテーブルに並んだ。それからさほどの間をおかず、入り口の扉を開けて目当ての人物がやってきた。
「こんばんは、バラク殿。何かご入用ですかな?」
入ってきたのは頭にターバンを巻き、大きなカバンを背負った男だ。彫りの深いアラブ系の顔には自信に満ちた笑顔が浮かんでいる。
「まおー」
(うーむ、顔に見覚えはないな。我の知らない悪魔なのか、姿を変えているのか)
ターチマチェの顔をまじまじと見つめるマステマに気付いた商人は、この可愛らしい幼女に微笑みかける。
「おや、可愛らしいお嬢さん。私の顔に何かついていますかな?」
「まおっ」
なんだか鬱陶しいので×の札を上げてアテアス茶をすする。会話もできない以上、この男の相手はバラクに任せておくしかない。ティータが変なことを言わないように気を付けておこうと思いつつ、隣で同じくお茶に口をつけるメイドの様子をうかがう。
このやり取りも観察していたバラクは、ターチマチェが魔王のことに気付いたか確認しようと思っていたが、営業スマイルを崩さない彼の様子からはその内心をうかがい知ることはできなかった。
「実はな、ターチマチェ殿。さきほどこの屋敷に怪盗アンドロマリウスなる者が現れたのだよ」
バラクはアンドロマリウスの予告状を見せ、あくまでもターチマチェを疑うのではなく、誰か情報を盗んだものに心当たりがないかと尋ねる態度を見せた。
「それは危ないところでしたね。私も自分の商売について誰かに知られるようなヘマをした覚えはないのですが……あるいは、ベリアル様の周辺から情報を得たのかもしれません」
当然のことだが、ベリアルは魔焔鉱の購入額について秘密にしたりはしていない。そこから怪盗アンドロマリウスが不当な金額と判断して犯行を計画したのだろうと語った。ターチマチェの言葉には筋が通っており、やはりこれで彼を追及するのは難しいようだ。
「まお……」
(なるほど……間違いなくコイツの差し金だな)
だが、マステマはターチマチェの言い分から彼が黒幕であることを確信するのだった。
「なるほど、分かりました。わざわざ呼びつけてしまって申し訳ありませんな。せっかく来られたのだ、何かおすすめの商品はありませんかな?」
バラクはターチマチェに軽く謝罪をすると、そのまま帰すのも申し訳ないと何かいい商品はないか尋ねる。これはターチマチェのことを疑って引き留めにかかる行動だとマステマは察した。
(バラクも疑いを深めたようだな。だがどうやら奴の決定的な失言を見落としている。どうしたものか)
そこから商談を始める二人を眺めながら思案していると、急にティータが口を開いた。
「あのー、気になっていたのですが。バラクさんはアンドロマリウスが魔焔鉱を盗めなかったって言いましたっけ?」
「まおっ!?」
突然メイドの口から発せられた言葉に、その場の全員が驚きの表情を見せる。そうだ、バラクは怪盗が現れたと言ったが、盗まれずに済んだとは言っていない。なのにターチマチェは「危ないところでしたね」と言った。つまり奴が盗みに失敗したことを知っているのだ。
(まさかティータがそこに気付いていたとは!)
視線がターチマチェに集中する。
「……ふふふ、まさかこんな簡単にボロを出してしまうとは。我ながら気が抜けていたようです」
「やはり、ターチマチェ殿がアンドロマリウスに指示をしていたのか。いったいなぜだ?」
バラクが質問しながら臨戦態勢を取る。他の者達も皆、ターチマチェを捕まえる姿勢になった。そんな状況でも当の商人は余裕の笑みを浮かべている。
「別に魔焔鉱を盗む必要はないんですよ。私の狙いはあなたのような小者ではないのでね、62番さん」
「っ! 貴様……」
魔王軍の序列を口にし、バラクを
「まおっ!」
(やはり、我の知っている何者かが化けた姿だったか)
「はっ!」
ティータが気合と共に駆け寄り、ターチマチェの顔に掌底を食らわせようとする。が、その攻撃が当たる寸前に男の姿が消えた。
『ご心配なく。怪盗が再びこの屋敷を襲うことはないでしょう』
声だけが部屋に響き、ターチマチェの気配は完全にどこかへと去っていった。
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