ストラスの町へ

 ターチマチェがアンドロマリウスを利用して何やら悪だくみをしていたらしいことは分かったが、結局何がしたかったのかは分からずじまいだ。恐らくもうバラクの前に姿を現すこともないだろう。


「まおーまおっ?」


(魔焔鉱の入手先が消えてしまったが、ベリアルに納品する仕事は問題ないのか?)


 マステマはバラクの今後を心配して尋ねたいのだが、〇と×だけで伝えるのはさすがに無理がある。二本の杖を振り回してどうにか質問を伝えようと身をくねらすが、ティータが喜んだだけだった。


「ああ~魔王様可愛い~」


「ううむ、何かを私にお聞きしたいのは分かりますが……申し訳ございません、なんと仰っているのかさっぱり分かりませぬ」


「まおー……」


(無理か……まあ、バラクならなんとかするだろう)


 諦めたマステマは、杖を懐にしまってティータのスカートを引っ張る。もうこの町に用はないから次に行こうと伝えているのだ。


「そうですね。もう怪盗も現れないと言っていましたし、次の町へ向かいましょう」


「ストラスは思慮深き悪魔ですから町で危険な目に遭うことはないでしょうが、今の魔界では何が起こるかわかりません。どうかお気をつけください」


「まおー!」


 バラクとラグナスに見送られ、二人はバラクの町を後にした。


「ストラスの町はバラクの町ほど栄えてはいませんが、領主のストラスが学問に通じているためか、書物を扱う店が多くあるようです。低級の悪魔に知識を授ける学校のような施設もあるとか」


「まおっ」


(学術都市のような場所か。ストラスは天文学を好んでいたな)


「ストラスは薬草にも詳しく、最近では日常の食事で健康を維持できるように、美味しい薬膳料理を研究しているそうですよ」


「まおっ?」


(薬膳か、ちゃんと美味いんだろうな?)


「けっこう評判がいいみたいですよ、ネルバリウス料理が人気ですね」


「まおー!」


 二人はネルバリウス料理を求めて元気よくストラスの町へ向かうのだった。


◇◆◇


 薄暗い室内。部屋の三方には大きな本棚が並び、古今東西様々な本が収められている。いくつかある机の上には不思議な光を放つ薬品が己の力を誇示しあっている。ここはストラスの屋敷だ。ヘラの中央では冠を被ったフクロウとターバンを巻いた商人が会話をしている。


「どうですか、ストラス殿」


「ホウ、これは人間の皮で作られた魔導書ではないか」


「人間界では有名な品ですよ」


「ホウ、私にとって大切なことはそこにどのような知識が収められているかである。手に取っても?」


「どうぞ、ぜひ開いてみてください」


 人間が手にすれば心を惑わされ、開けば魂を食い尽くされるほどの危険な書物だが、高位の悪魔であるストラスにとってはただの娯楽品だ。パラパラとページをめくり、そこに書かれている秘術の内容を確認すると満足そうに眼を細めた。


「ホウ、これはなかなかの代物。いいだろう、ターチマチェ殿に宝石を授けようではないか」


「ありがとうございます」


 ターチマチェはストラスから魔導書の代金を受け取ると、深々と頭を下げた。


「ホウ、ときにターチマチェ殿。盗人から盗品を盗む悪魔がいるそうだ」


「ああ、色々なところで暴れているようですね」


「……ホウ、悪魔の商人がどこから仕入れをしていようと構わぬが、ヒーローかぶれの面倒な悪魔に付きまとわれても面倒だ」


「……ええ、心得ておりますとも」


 ストラスは頭を下げたまま答えるターチマチェをしばし見つめ、また手にした本に視線を落とす。


「ホウ、序列というものは厄介だな」


 フクロウが呟くように発した言葉を耳にして、ピクリと商人の身体が震える。


「ホウ……扱いに影響するものではないと言われても、数字がつけば意識をせずにいられない」


「……」


 ターチマチェは頭を下げたままストラスの言葉を黙って聞き続ける。


「ホウ、我等が魔王ベリアル様はこの数字をひどく気にしておいでだ。あまり話題に出すことのないようにな」


 かつての魔王軍においてベリアルの序列は下から二番目の68番である。己の偉大さを自慢する彼女にとって、この数字は屈辱以外のなにものでもなかった。


「私はただの商人ですから、そのようなことは」


「序列62番は小者だそうだな」


「!!」


「ホウ、私が何も知らぬと思っておるのか。魔界の空にも星は瞬く。誰がどこに隠れていようと、天より注ぐ光を避けることはできぬ」


「……肝に銘じます」


「ホウ、それでいい。魔界の綺羅星がこの町に入ったようだ。懐に入れるには大きすぎる輝きであるが、貴殿の欲しいものが手に入ることを祈っておるよ」


 ターチマチェは顔を上げてストラスに視線を向け、今度は会釈をすると部屋を出ていく。


「ホウ、次に来るときは人間の書いた小説を頼むよ。今の世の通俗にも興味があるのでね」


 出ていく商人の背中に声をかけると、ストラスはまた魔導書を読みふけるのだった。


◇◆◇


「はい、こちらネルバリウスの朴葉焼ほおばやきでございます」


 ウェイトレスが手にしたトレイからテーブルに並べた皿の上には、大きなほおの葉に包まれたネルバリウスの切り身が乗っている。葉を開くと中からなんとも言えない香ばしい湯気が立ち昇った。


「まおー!」


「ネルバリウスの身がホクホクとして美味しいですねお嬢様!」


 マステマとティータはストラスの町に着くと早速手頃なレストランに入って噂のネルバリウス料理を注文していた。


 バラクの町のような高級感あふれる内装ではないが、細部まで掃除が行き届いた清潔感のある店内は住民の質の高さを感じさせる。二人はストラス考案の薬膳料理に舌鼓を打ちながら、この町に不穏な気配はないかと探りを入れるのであった。


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