〇と×

 バラクが敵にはならないと分かったので、ティータは改めて尋ねた。


「なぜ盗品を盗むアンドロマリウスが盗品ではない魔焔鉱を盗むと予告してきたのでしょう?」


「まおまおー!」


(こだわっているな、いいぞ。これは非常に重要な視点だ。強力な悪魔はポリシーを持って行動する。それに反することをするのは自分の意志ではない、つまり誰かの命令を受けている可能性が高い)


 マステマが機嫌よくティータの言葉に同調してうんうんと頷くと、珍しく主人に肯定してもらえたメイドが頬を緩める。


「ふむ、サタン様は全てをお見通しのご様子。だが今の姿では言葉が話せないためにご苦労なさっておられるのですな」


 ティータの質問に答える前に、バラクはマステマの現状を把握すると「少々お待ちを」と言って階段を上っていった。


「まおっ?」


(別に全てを見通してなどいないが……なんにせよ、この不便な状態をバラクがなんとかしてくれるならありがたい)


 二人がバラクを待っている間に、執事のラグナスがお茶を淹れてテーブルに並べた。


「アバドン山で採れるアテアスの葉を乾燥させたお茶です。よろしければ」


「ありがとうございます。とてもいい香りですね」


「まおー!」


 いかにも高価そうなティーカップで出されたアテアス茶を口に含むと、口内に爽やかな香りとほのかな酸味が広がる。これは名物のトルカドンに合いそうだと思っていると、バラクが何かを持って階段を下りてきた。


「お待たせしました。これをお使いください、サタン様」


 バラクが差し出したのは、二本の棒にそれぞれ丸い板がついた小ぶりな杖だ。板は白地で、〇と×が大きく赤字で書かれている。


「まお……」


(うーむ、用途はわかるが、我にこれを使えというのか……いや、見た目を気にしなければ案外便利そうだ)


 マステマは二本の杖を受け取ると、両手に持って元気よく頭の上に掲げて見せた。


「まおーー!」


「か、可愛い! じゃなくって、これなら魔王様の意図も分かりやすくなりますね」


 これまでもジェスチャーで〇と×ぐらいは出していたが、意外と苦労するものだ。楽に肯定と否定の意志を示せるだけでも、ずいぶん意思の疎通が図りやすくなるだろう。


「まーお……」


(そうか、これを応用して文字の書いてあるボードを使えば言葉を伝えられるではないか。問題はそのことに我以外の者が気付いてくれないとどうにもならないことだが)


 考え込むマステマだが、問題を解決する方法は特に思いつかなかった。そのうちなんとかして誰かに伝えようと考えていると、やっとバラクが本題に入る。


「さて、アンドロマリウスの話に戻りましょうか。奴のこれまでの行動から、盗品を狙うというのは本当のようです。そんな奴が魔焔鉱を狙うということは、何か別の目的があってのことではないかと推測します」


「まお、まお」


 マステマがバラクの言葉に反応して○の杖を上げた。ティータはそんな主の姿に見とれている。話が頭に入っているかは謎である。


「となると、彼奴が魔焔鉱を盗みベリアルに安く売り渡すことで得する者……普通に考えればベリアルの命令でやってきたものと見るべきでしょうが、果たしてそのようなことをベリアルが命令するでしょうか?」


「まおっ!」


 マステマは×の杖を上げた。バラクが頷き、ティータは首を傾げる。


「じゃあ誰が命令したのですか?」


 不思議そうに言うティータに、バラクはフフフと含み笑いを返した。天使の姿をしたバラクが悪い笑みを浮かべると、その邪悪さがより一層際立って見える。


「そもそもおかしいのですよ。私がベリアルに魔焔鉱を売っている値段なんて、公表していません。知っているのは私とベリアル、それとターチマチェぐらいです。そしてベリアルは値段に不満があればまず交渉してくるでしょう。第三者がそんなことを知っているのがまず不自然です」


「まお」


(となれば消去法でターチマチェが怪しいということになる。そいつもバラクに魔焔鉱を高く売っていたはずだが、ベリアルと通じているのかな?)


「あれ、そうなんですか? じゃあなんでマリーさんは私にそのことを教えてきたのでしょう」


 ティータは一応マリーのことを覚えていたようだ。


「まおー!」


 マステマは呆れた顔をして×の杖をティータの顔の前に突き出す。


「え? え? 私何かおかしいこと言いましたか?」


「ティータ殿、マリーというのは?」


 バラクが助け舟を出した。やはり〇と×だけでは意思疎通が上手くいくことはないようだ。


「ええ、マリーさんはこの町の住民で、昨日私達が泊っている宿の部屋に訪ねてきてバラクさんが私腹を肥やしていると言ってきたんです」


「ほう、そのマリーという者はなぜあなた方にそれを訴えたのです?」


 バラクが目を細めて尋ねる。マステマはこいつに任せておけばいいやという気分になって杖をブラブラさせている。


「それは、私が魔王様付きのメイドなのでバラクさんを懲らしめて欲しいと」


「ティータ殿はずっとサタン様の傍に仕えていたので見知っている者も少なくはないでしょう。ですが一般的にメイドと幼子の二人組に大悪魔である私をなんとかして欲しいと頼むでしょうか」


 マリーは「ティータのような強い悪魔に」と言っていた。確かにティータは高い戦闘力を誇るが、そのことを知っている者は多くはない。


「まおー」


(こいつはアンドロマリウスの姿も見ているのだがな。なぜあの姿を見て同一人物だと気付かないのだ)


 マステマが呆れてため息をつくと、突然屋敷の灯りが消える。


「なんだっ!?」


「まおっ」


 突然訪れた暗闇の中で、バラク達の動揺の気配が伝わってくる。マステマは灯りを消した犯人に見当がついているので、そいつが現れるであろう場所を予測し窓へと目を向けるのだった。

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