怪盗アンドロマリウス

 マステマが目覚めるとティータが朝食のプレートを用意して待っていた。名物のトルカドンが乗っていることから、これは宿から提供されたものだとわかる。


「まおー!」


「おはようございます、魔王様! 朝ごはんにしましょう」


 二人は部屋のテーブルに向かい合って座り、食事を開始する。


(町が裕福というだけあって、宿のサービスもいいな。本当にバラクは町を潤しているだけなのだろう)


 どうやらティータは昨日の話をあまり気にしていないようだが、どうせマリーはまたくるだろう。マステマはどうやってティータにマリーの言いがかりにも似た訴えを拒否させるべきかと悩みながらトルカドンを口に運ぶ。一口食べれば口の中にえもいわれぬ甘さが広がり、一噛みごとに濃厚な甘い香りが口腔と鼻腔を満たしていく。高級な甘みに意識を奪われていると、ティータが口を開いた。


「魔王様、昨夜の話を覚えているでしょうか。領主のバラクが私腹を肥やしているという話ですが、魔王様はどう思いますか?」


「まお?」


「ベリアルが戦争をするために魔焔鉱を集めているのなら、バラクが高値を吹っかけている状況は我々にとっては都合が良いのではないかと」


「まおー!」


 そうだそうだ、と手にしたスプーンを笑顔で振るマステマ。これで納得してバラクを無視してくれれば面倒なことにならなくて済む。現時点で被害者はどこにもいないのだ。余計なことに首をつっこむべきではない。


「ですが、マリーさんのような町の住人が不満を抱えているなら何とかするべきではないでしょうか。魔王様の威光を示すためにも」


「まおっ!!」


 マステマは両腕で大きくバツを作る。全力で拒否の構えだ。


「そ、そうですか。魔王様がそうおっしゃるなら、バラクのことは放っておきましょう」


 ティータはマステマの意向には逆らわない。当然のことだ。だが最大の問題はマステマが喋れないために意思の疎通が困難であるという点だ。筆談を試そうとしたこともあったが、この姿の時には文字も書けない。魔力と生命力が急激に減少し、消滅の瀬戸際で肉体を幼児化し消費エネルギーを限界まで下げたのだ。その反動はあまりにも大きかった。思考能力だけは元とあまり変わらずに保てたのが奇跡だったといえよう。


「まおー」


 食事を終え、食器を片付けるマステマ。そんなことはティータがやってくれるのだからやる必要はないのだが、どうにも片付けたくなってしまう性分なのだ。そしてティータは幼女が片づけをしている姿が可愛くて仕方ないのでそのままやらせている。メイド失格である。


「それはそうと、他の問題が起きているかもしれませんし町を見て回りましょうか」


「まおー!」


 彼女達は食べ歩きツアーをしているのではなく、魔界の視察に来ているのだ。マリーの存在は関係なく、今日は町を見て回る予定だった。


「マリーさんが話しかけてくるかと思いましたが、来ませんねえ」


「まおー」


 町は平和そのものだった。適度に商店を冷やかしたり買い食いをしたりしたが、住民達の表情は明るくバラクの町政に不満を持っている様子はない。治安の悪い地区もあるが、そこで大きなトラブルが起こっている様子もなかった。


「どうやらこの町はバラクがベリアル相手に阿漕な商売をしていること以外は平和なようですね。そろそろ次に行きましょうか」


「まおー!」


 特にトラブルは起こっていないことを確認した二人が町を出ようとすると、急に騒がしい声が聞こえてきた。


「か、怪盗だー!」


「まおっ!?」


「怪盗?」


 何やら聞き慣れない単語とトラブルの匂いに興味を惹かれ、二人は声のした方へ駆け寄っていく。


 すぐに人だかりのできている場所に到着すると、二人が注目したのは民衆の視線が集中する先、少し立派な作りの家の屋根の上。そこには大きなマントを翻し、頭に大きなシルクハットを被り、片眼鏡モノクルを着けた女性が立っていた。


「この家の主は盗品を売買していたから、この怪盗アンドロマリウスがそれを取り返してやったわ! これに懲りたら真面目に働くことね」


 そう言って、女性はその場でジャンプをすると空気中に溶けるように姿を消した。後に残された者達は口々に怪盗アンドロマリウスのことを噂している。


「怪盗アンドロマリウス……いったい何者なのでしょうか」


「まお……」


(どう見てもマリーではないか。人間界の漫画じゃあるまいし、あんな変装とも呼べない衣装替えで誰だか分からなくなるものか)


 マステマは怪盗が昨夜訪ねてきたマリーだとすぐに分かったが、ティータはそれに気づく様子もない。町の住民も彼女の正体に気付いていないようだ。あるいはマリーという住民は存在しないのかもしれないが。


「怪盗アンドロマリウスってかっけーよな! 盗品を盗み返して元の持ち主に返すんだぜ、まさに正義の味方」


(悪魔が何を言ってるんだ……)


 怪盗のことを褒め称える言葉を聞いてうんざりした表情をするマステマである。


「しょせん盗みは盗みだろ。相手が盗人だろうが、自分も盗んでたら偉そうなことは言えねぇよ」


 怪盗を褒める若者のことを、やれやれといった態度でたしなめる年配の悪魔もいる。正義の味方ごっこをしている悪魔をわざわざ捕まえる必要性は感じなかったが、マステマはその怪盗をやっているマリーがバラクの話を持ち掛けてきたことが気になっていた。


(もしや、バラクの屋敷から金や魔焔鉱を盗むつもりでは?)


「まおっ、まおー!」


「えっ、バラクの屋敷に向かうのですか?」


 不審に思ったマステマは、バラクの屋敷に向かうようティータにジェスチャーで伝え、自分はすぐに屋敷へ向かって走り出すのだった。

 


 

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