夜の来客
その日の夜、二人の泊まる部屋の扉をノックする者がいた。
「まおっ(来たか)」
「はーい、どちら様ですかー?」
二人が扉を開けると、そこには一人の女性が立っている。食事をしている時にティータのことをまじまじと見ていた人物だ。栗色の髪を三つ編みにした頭からは、二本の角が生えている。明るい茶色の目は垂れ気味でおっとりとした印象を与えるが、マステマは頭の角から何となく嫌な気配を感じ取った。
「こんばんは、あの……ティータさんですよね? 元魔王様付きメイドの」
女性はティータに話しかけた。ティータはマステマの傍にずっと控えていたので、見知っている者は多い。
「ええ、そうです。元、ではないですけどね」
得意げに含み笑いをしながら答えるティータである。意味ありげにチラチラとマステマを見る仕草が鬱陶しい。
「まおー?」
それでお前は誰なんだとばかりに幼女から指差され、女性はあっと小さく声を上げ開いた左手を口元にもっていく。忘れてましたと言わんばかりのジェスチャーだが、マステマは何となく白々しさを感じた。
「申し遅れました、私はマリーと言います。この町で暮らすしがない悪魔です」
「それで、マリーさんはどういったご用件で訪ねてきたのですか?」
ティータに尋ねられると、マリーは手をポンと叩いて本題に入った。
「そうです、ティータさんのような強い悪魔の方にぜひ聞いて欲しい話がありまして、この町を治めるバラクについてなんですけど」
「まお」
領主を呼び捨てか、と呆れた声を上げるマステマだがマリーは構わず話を続ける。
「最近、このタルタロスを治めるベリアル様が他国を侵略するための軍備を整えようと魔焔鉱を買い集めているんです」
「ほう、魔焔鉱ですか。あれは良い武器が作れると評判ですからね」
「まおー」
(あれは魔界でも最上級の武器を作る材料だ。ベリアルの奴、本気で魔界を支配するつもりだな)
ふんふんと頷きながら話を聞く二人に、マリーはなおも話を続ける。
「それで、バラクは商人から魔焔鉱を買い付けてベリアル様に売っているのですが、需要が高まっているからと言って吹っかけて売り、暴利を貪って私腹を肥やしているんです」
「まあ、それは良くありませんね!」
「まお……」
ティータはバラクに対する怒りを見せ、マステマは興味なさげにあくびをする。
(どうでもいいな。ベリアルが納得して買っているなら第三者がケチをつける筋合いはないだろう。そんな話をしてティータに何をさせるつもりだ)
マステマは訴えかけるようなマリーの話に胡散臭さを感じていた。ティータは大して考えずにその場のノリで腹を立てているが、一晩寝て落ち着けば怒るようなことではないと気付くだろう。
「ベリアル様から不当に得た利益で、バラクはこの町をどんどん拡大させているんです。こんな辺境の地なのに不自然なほど栄えているでしょう?」
「なるほど、つまりバラクは自分の権力を増大させようと目論んでいるんですね!」
「まおっ!?」
(いや、それはおかしいぞ。バラクは私腹を肥やしているんじゃないのか? 取引で得た利益を使って自分の支配する町を栄えさせているなら、それは領主としてただ優秀なだけではないか。しかもベリアルからぼったくっているなら、それはつまりあの女の軍事予算を浪費させて戦争準備の邪魔をしているということになる。国境沿いの町としては戦争を起こしてほしくないだろうし、欲深いふりをして策を巡らせているのでは?)
変な盛り上がり方をしている大人の女性二人を、信じられないものを見る目で見つめるマステマだった。とにかくこのマリーという女が怪しいと感じているが、ティータは気づかないようだ。
「まおー」
(どうする? このままではこの怪しい女に乗せられてティータがバラクの屋敷に乗り込んでいきかねない。こうなったら仕方ない……)
「まおっまおー!」
マリーと意気投合して宿を飛び出しかねないティータを抑えるため、マステマは彼女の弱点を突くことにした。メイドの袖を引っ張りながら、上目遣いで「眠い」と訴えかける。考えられる限り一番可愛く見えるような角度、ポーズ、表情を演出した。耳はピクピク、尻尾パタパタ、全身を使って可愛いアピールをする。
(さあ、お前の大好きな幼女がベッドに誘ってるぞ! さっさとこの女を追い出して眠りにつくのだ)
「はううっ! きゃわゆい~~」
こうかはばつぐんだ! ティータの精神が壊れた。
「じゃあ話の続きはまた明日で! おやすみなさい!!」
「ちょっ……」
やはりこのままバラクの屋敷に突撃させようとしていたのだろう、抗議をしようとするマリーをティータが部屋の外へと追いやり、すぐに扉を閉めて鍵をかける。
「まおうちゃま~、いっしょにおねんねちまちょうね~~」
「まおっ!!」
ボコッ!
マステマが全身のバネを使って放った渾身のアッパーがティータの顎を捉え、鈍い音が部屋に響いた。
次の日の朝、夜の記憶が一部飛んでいったティータは何だか首が痛いなと思いつつベッドから身を起こし、離れたベッドに寝ている幼女の無邪気な寝顔によだれを垂らす。
「おっと、いけません。YESロリータNOタッチの精神!」
(たぶん)正気を取り戻したティータは、とりあえず満足するまで寝顔を見てから朝の支度を始めるのだった。
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