バラクの町へ
ハルファスの集落を後にした二人は、次の町へと向かう。
「この先は新たなる魔王を名乗るベリアルが支配する国の領土になります。あの女は以前から魔王様に対し無礼な態度を取っていましたからね、本当にどうしようもない悪魔です」
ベリアルはかつての魔王軍でも四天王と呼ばれた実力者のうちの一人で、悪魔の中でも特に目立つ美しい容姿をした堕天使だ。その美しい姿とは裏腹に極めて攻撃的で傲慢な性格をしており、自分はかつて天上にあってかの有名なミカエルよりも尊い天使だったと吹聴している。
「まおっ!」
(ベリアルか……悪を意味する名の通り、関わる者全てを破滅させようとする悪魔だったな。甘い言葉を囁いて弱者をたぶらかし、道を踏み外させるのが好きな女だ。奴の治める国はさぞかし生きづらかろう)
マステマはベリアルのことを思い出しながら歩く。考えごとに夢中になっていたせいで木の根につまづいて転びそうになり、焦って手足をばたつかせながらバランスを取って耐える。
「ま、まお……」
(はあ、この身体は動きにくくて困る)
「ああっ魔王様、お怪我はありませんか!」
(転びそうになる魔王様も愛らしい……グヘヘヘ)
そんな平和な時間を過ごしつつ、二人はベリアルの治める国家タルタロスの領地へと進入していた。
「一番近くにあるのはバラクの町ですね。その名の通り悪魔バラクが支配する町です」
「まおー」
(いちいち町の名前を考える必要もないのだろうが、いささか安直ではないだろうか。こちらとしては分かりやすくて助かるけれども)
バラクの町はハルファスの集落と比べてずいぶんと栄えている印象だ。町は立派な外壁に囲まれ、立ち並ぶ家々も石造りのしっかりとしたものばかり。道路も整備されていて非常に歩きやすい。
「まお?」
キョロキョロと町を見回すマステマは、ベリアルの支配下と聞いて想像していたよりも町の雰囲気が明るいことを疑問に思っている様子である。
「ここはタルタロスでも外れの方にある町ですからね。領主のバラクは財宝を集めるのが得意なので、資金も潤沢だとか」
「まーお」
(そうなのか。それにしても詳しいなお前)
マステマの感心する表情に気を良くしたティータは、懐から何やら紙の束を取り出して胸を張る。
「ふふふ、魔王様付きのメイドとして情報収集は怠りませんよ。これは各地へ偵察に向かわせたメイド達の報告書です」
「まおっ!?」
(そんなことをしていたのか! 道理で他のメイドの姿が見えないと思った)
驚いて耳と尻尾が伸びる。その姿もティータは眼福とばかりにじっくりと嘗め回すように観察するのだった。
「では今日の宿を決めましょうか。この町にはいくつか宿屋があるみたいですよ」
そう言って取り出されたこの町の地図には、観光案内のような解説がびっしりと書き込まれていた。それを見たマステマは、迷わずいくつもある宿のうちの一つを指差す。
「まおっ!」
そこには「バラク名物トルカドン:魅惑の甘味」と書かれていた。
「分かりました、さっそく向かいましょう!」
二人は宿に向かった。
◇◆◇
一方その頃、バラクの屋敷では天使のような羽を持つ男とターバンを巻いた男が話をしていた。
「バラク殿、魔王ベリアル様はなんとおっしゃっておられますかな?」
「陛下は他国侵略のために多くの武器をご所望だ。材料となる
「さすがはベリアル様、太っ腹ですなぁ!」
「ククク、あのお方はご自分の力さえ誇示できれば、些細なことには興味を持たれないからな」
「些細なことですか、それで斡旋するバラク殿が私腹を肥やしていようとお構いなしと」
「おっと人聞きが悪いな、私は正当な対価を得ているだけだぞ」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。今やどこの国もこぞって求める魔焔鉱は、急激に価格が上昇していますからね。その分私の懐に入る金が増えても何ら不思議はありませんね」
「ククク、その通りだターチマチェ殿。ベリアル様は武器が作れ、私は軍での地位が上がり、そなたは十分な利益を得る。全員が得をする最高の取引ではないか」
「素晴らしいですなぁ!」
二人の商談は盛り上がり、上機嫌な笑い声が屋敷の外まで漏れ聞こえてくるほどだった。
◇◆◇
「まおー!」
宿につくと、マステマは早速食堂に向かった。ティータも緩みきった頬を隠そうともせずにその後を追い、二人はこの町の名物料理を堪能するのだった。
「うふふ、沢山食べて魔力を回復させましょうね」
所狭しと並べられた料理を猛烈な勢いで平らげていく犬耳幼女に、従業員や他の客も目を奪われる。
「凄い食べっぷりだねー」
「おかしい……明らかに食べた体積の方があの身体より大きい」
そんな周囲の注目も意に介さず二人は食事を楽しんでいる。
「これがトルカドン……口の中でとろけます!」
「まおー!」
そんな二人に向けられた視線の中に、一つだけ異質なものが混じっていることを、マステマは敏感に察知していた。ティータは全く気付いていないが。
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