ハルファスとの和解
しばらくして男は目覚めた。ティータの攻撃はかなり強力だったが、なかなか頑丈な悪魔のようだ。家の住民は危ないので別室に待機させている。マステマは男の様子を観察すると、ティータに目配せをした。
「まおっ」
「目覚めたようですね。早速ですがあなたが口にしていた『仕事』とはなんですか? ああ、逃げようとしても無駄ですよ」
ティータが凄むと、男は青ざめる。だがそれでも質問に答える気はないようで、口を固く結んで黙り込んでしまった。
「私を甘く見ないほうがいいですよ? 拷問にかけて口を割らせるぐらいは――」
「まおー」
喋ろうとしない男の態度に目を細め、冷ややかに言うティータだがマステマがそれを制止して男に近づいていく。
「まおっまおー♪」
そして、鼻歌を歌いながら男の懐をまさぐっていった。
「うひゃあ! このガキ、何しやがる」
「なんてうらやま、じゃなかった何をなさっているのですか?」
マステマの突然の行動に戸惑う二人だが、すぐに少女が男の懐から何かを取り出すと、正反対に表情が一変する。
「これは――」
「くっ……」
マステマの手に握られていたのは、ハルファスの軍に所属していることを示す紋章の描かれたメダルだった。
「ハルファスの部下がなぜ集落の住民を誘拐しようとしていたんです?」
ティータは厳しい口調で問い詰めるが、男はまた口を閉じて黙り込むのだった。
「まおー!」
するとマステマが今度はティータの腕を引っ張り、ハルファスの住む屋敷の方向を指差した。
「そうですね、この男を連れてハルファスのところへ行きましょう」
「まおっ!」
マステマは元気よく頷くと、家の扉へと駆けていった。ティータは男の腕をねじり上げて抵抗できないようにしつつ連行する。家を出ていくマステマ達を見送り、娘と父親は再び深々と頭を下げるのだった。
「まおおー!」
マステマがハルファスの屋敷の扉をトントンとノックする。中からしわがれた声で返事があった。ハルファスの声だ。
「どちらさまかな?」
「お久しぶりですねハルファス殿、マステマ様付きメイドのティータです。集落で女性を誘拐しようとしていた不届き者を捕まえたのですが、どうしましょう?」
ティータが扉の向こうに声をかけると、すぐに扉が開いた。姿を現した巨大なコウノトリは、ティータと男を見るとため息をついて中へ入るよう促した。マステマは扉が開いたとたんに滑り込むように家の中に入っているが、ハルファスはそれに気づかなかった。
「この男はあなたの部下ですね」
ティータは例のメダルを見せながらハルファスを睨みつける。マステマはその様子を柱の陰から眺めていた。
「私が現場に駆け付けたとき、この男は『これも仕事だ』と言いながら女性をさらおうとしていました。これはどういうことか、お聞きしてもよろしいですか?」
問い詰められ、ハルファスは頭を振りながら答える。
「これは言い逃れのしようもないですな。確かに私はその者に集落から若い娘をさらってくるよう命じました」
「何のために?」
「まおっ!?」
ティータが理由を聞くと、マステマが驚いた声を上げた。そこで彼女の存在に気付いたハルファスが振り返ると、マステマは柱の陰から飛び出してティータの横に移動した。
「その子は……?」
ハルファスは不思議そうに尋ねた。この小さな犬耳少女を見ていると、なんとも懐かしい気持ちが湧き上がってくる。まさか、そんなことが!
「まおっ、まおっ!」
そのマステマはティータに腕をバタバタと振って何かを伝えようとしているが、このメイドには意図がよく伝わっていない。ピョンピョン飛び跳ねる魔王様可愛いとしか思っていなかった。
「まお……まおー!」
マステマはティータに何かを伝えることを諦め、ポシェットから印章を取り出した。
「そっ、それは!」
既に予想は付いていた。疑惑を確信に変える証拠が取り出され、ハルファスはその場に跪いて
「あ、そ、そうです! この方は魔王マステマ=サタン様なんですよ、正直に話すといいですよ」
ティータがそう言うと、捕まえられている男もその場に膝をついて頭を下げた。
「まおー!」
「申し訳ありません、サタン様!」
ハルファスは魔王が生きていたことを喜びつつも、自分が彼女を蘇らせるために生贄を捧げようとしていたと語り謝罪するのだった。話を聞けば、悪魔の商人から魔王復活の儀に生贄が必要だと言われて用意するところだったという。
「なるほど、そういうことならもう心配はいらないですね。魔王様はこうしてご健在なのですから。あの娘さんにはちゃんと謝っておいてくださいね」
ティータが男を放し、地面に平伏する二人に明るい声をかけた。ハルファスは悪事を働こうとしていたが、それは魔王復活のためであるし結局被害は未然に防ぐことができたのだから万事解決というわけだ。
「ええ、もちろんですとも。それにサタン様の生存を祝う宴も開きましょうぞ!」
「まおっ!」
ハルファスが宴を開くと言った瞬間、マステマは二人の間に割り込み両手で大きくバツを作った。それはやめろと言っているのだ。
「……なるほど、サタン様の魔力が回復しないうちは生存を明らかにしない方が良いということですな。確かに、現在はかつての将軍達が魔王を名乗り自分の国を立ち上げて魔界の覇権を争っております。力が戻らぬうちに存在を知られたら、奴等はサタン様を抹殺しようと動くやもしれませぬ」
「まおー♪」
自分の意図がすんなりと伝わったことに満足した様子で、マステマはハルファスに笑いかけ、その頭を撫でるのだった。
「わ、私のことも撫でてください!」
「まおっ!」
駆け寄るティータには牙をむいて威嚇するマステマ。完全に拒絶されたメイドはがっくりと肩を落とした。その様子を見ながら、マステマは物思いに耽る。
(まったく、ティータの察しの悪さには呆れたものだ。だが忠義に厚いハルファスですら商人の口車に乗ってこの暴走だ、魔界の荒れようはいかほどのものか……我の力が戻るのを悠長に待っている時間はない。なんとかしてこいつを上手く操り、魔界の混乱を収めていかなくては……幸いコイツは腕だけは立つ。我が誘導してやればどうにかなるだろう)
「まおー!」
落ち込むティータの肩をポンと叩き、その手を引く。次へ行こうと魔王に促され、メイドはすぐ明るい表情で立ち上がった。
「いきましょう、魔王様。魔界の果てまでお供します!」
二人はハルファスに見送られ、また次の土地を目指すのだった。
◇◆◇
「……ふふっ」
集落から離れた崖の上で、頭にターバンを巻き大きなカバンを背負った男がメイドと幼女を見下ろしていた。
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