ハルファスの集落
マステマとティータは魔王城を出発すると、まずは一番近いところにある悪魔の集落を目指した。力ある悪魔は魔王を名乗り王国を作ったが、それが全てではない。大多数の悪魔達は日和見を決め込み、魔界を統べる王の誕生を待って取り入ろうと考えているのだ。
「もうすぐハルファスの集落につきますよ、魔王様」
「まおー!」
魔界の空はどんよりと暗く、湿った生ぬるい風が吹いている。多くの者達が足で固めた草の生えない道を歩き、遠くに見える家の群れを目指す。
「いい天気ですねー、ハルファスの集落についたらお昼にしましょう。ワルニャキスの串揚げが人気だそうですよ」
「まおっ!」
マステマがワルニャキスの串揚げと聞いて尻尾をブンブンと振る。ハルファスの集落は悪魔ハルファスが弱い悪魔達を保護する形で集まった場所だ。そのため集落を構成する悪魔達は戦闘に長けてはいないが、料理や様々な技術に長けている。時々遠方から大悪魔がワルニャキスの串揚げを食べに来るほどだ。
「ハルファスは魔王様の復活を目指しているそうです。魔王様がこうしてご健在であることが分かれば、大軍を率いて馳せ参じるに違いありません!」
◇◆◇
その頃、ハルファスの集落のとある建物にて。
「ターチマチェ、例の話はどうなってる?」
巨大なコウノトリが頭にターバンを巻いて大きなカバンを持った商人風の男に話しかけている。
「順調に進んでおりますよ、ハルファス殿。ただ、一つ問題がありましてね」
ターチマチェと呼ばれた男は周囲をうかがいながらコウノトリに近寄り、耳打ちをする。このコウノトリが悪魔ハルファスなのだ。
「……生贄が必要なんですよ」
「……わかった。どうにかしよう」
密談が終わり、ターチマチェが去った後、ハルファスは家の窓から魔王城の方を見つめていた。
「……サタン様」
◇◆◇
マステマとティータはハルファスの集落に到着し、さっそく『ワルニャキス』ののぼりが立っている店に入った。
「魔王様、メニューをどうぞ」
「まお、まおー!」
メイドにメニューを見せられると、マステマはそこに書かれている文字を上から下まで一気になぞった。
「えっ、全部ですか!?」
「まおっ!」
しばらく後、二人の座るテーブルの上には所狭しと料理を乗せた皿が置かれていた。明らかにこれらの料理よりも体積の少ない幼女が笑顔でワルニャキスの串揚げを手にとり、かぶりつく。
「たくさん食べて魔力を回復しましょうね」
ワルニャキスの串揚げにかぶりつく魔王様も可愛い、などと思いながらティータは串揚げを串から外して小皿に乗せていく。そんな二人の様子を微笑ましく見ながら、店主の悪魔がぼやいた。
「あーあ、早く大サタンが復活しねーかなー」
「もうすぐハルファス様がなんとかしてくれるわよ」
妻らしい従業員が明るい声で応える。マステマは次々と料理を平らげながら、ピクリと耳を動かした。
(みんな魔王様の復活を待ち望んでいるようね、ここに本物がいることを教えてあげれば、大騒ぎになるかしら)
民を安心させれば、それだけ混乱も早く収まるだろう。そう考えたティータがその場に立とうとすると、彼女の袖を隣の幼女が掴んだ。
「まおっ!」
ティータの顔を見つめ、プルプルと首を振る。制止されたティータは大人しく席についた。
(まだ正体を明かす時ではないということですね。さっきから魔王様と呼んでいるのはいいのでしょうか。誰も反応してないから気にする必要はないのでしょうけど)
食事を終え、会計を済ますと二人は集落の中を歩きはじめる。
「ハルファスが住んでいる家は一番奥にあるそうですよ、さっそく訪ねて魔王様のことを伝えましょう」
「まおっまおー!」
ティータがハルファスの家を指差すが、マステマは構わず脇道へと駆けていく。尻尾を振って楽しそうに走る姿に、ティータはよだれを垂らして後を追うのだった。
「魔王様ー、可愛い……じゃなかった、そんなに走ったら転んじゃいますよー」
しばらく二人で追いかけっこをしていると、集落の外れに到着する。マステマがキョロキョロと周りを見回すと、急に穏やかならぬ声が聞こえてきた。
「やめてっ、やめてください!」
「へへっ、お嬢ちゃんには悪いが、これも仕事でね」
声は物陰から聞こえてくる。マステマはそちらを指差し、ティータに目配せをした。
「まおー!」
ティータはすぐに現場へ駆け寄り、大声を上げた。
「何をやってるんですか!」
見ると、そこには若い娘が大柄な男に腕を掴まれて大きな籠に引っ張り込まれようとしていた。
「助けて!」
「あぁん? 若い娘は二人もいらねぇんだけどな」
男は、力いっぱい娘をひっぱり、籠の中に投げ入れるとティータに向き直った。どうやら一戦交えるつもりらしい。メイド服を着た娘の姿を見て、侮っているのだろう。そのメイドがかつて魔界を統べる魔王の傍らに控えていた姿を見たことがないのか、忘れてしまっているのか。
ティータは無言で地を蹴ると、男の懐まで一瞬で入り込む。驚いた男が腕を振り下ろそうとするが、その間をすり抜けるように右手を下から突き上げ、男の顎を掌で押し上げる。頭を上に向けられた男は一気に体勢を崩し、そのまま地面へ投げ落とされた。だが久しぶりの立ち回りで勘が鈍ったか、ティータは勢いよく男の後頭部を地面に叩きつけてしまう。
「まおっ!」
「しまった!」
男を殺してしまったかもしれない。先ほどのやり取りを考えれば、男は殺さずに捕まえ、情報を得なくてはならないところだ。焦って男の呼吸を確認すると、まだ息はある。ホッと胸をなでおろすが、男は完全に気を失ってしまっている。
「まおー」
マステマが籠の中から娘を助け出すと、三人で力を合わせて大柄な男を近くにある娘の家へと運ぶのだった。娘は若干嫌そうな顔をしたが、助けてくれた二人に指示されては断るわけにもいかない。迎えに出た父親が驚いた顔をするが、二人が助けてくれたと聞いて深々と頭を下げるのだった。
「ひとまず、この男が目覚めるのを待ちましょう。……このまま死んでしまわないといいのですが」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます