18話 新しい出会い

「ノンアルコールしかないのが残念だけど、遠慮しないでジャンジャン飲んでね」


 金髪の先輩がポテチの袋を開きながらそう言った。

 長テーブルを二つ並べて作ったスペースに、俺たち五人は腰掛けている。テーブルの上には、お茶やジュースが入ったペットボトル数本と、バラエティ豊かなお菓子の袋が並べられていた。


「じゃあさっそく、自己紹介しよっか。簡単に自分の名前と学科。あとは何でもいいんでひと言。そんな感じで、オレから時計周りでいこうか」


 先輩がどんどん場を仕切っていく。学科の新歓のときも感じだが、実に手際がいい人だ。


「オレは理工学部機械工学科二年の鵜久森恭也うぐもりきょうや。気軽にキョーヤ先輩って呼んでね」


 そういって爽やかな笑顔を浮かべるキョーヤ先輩。

 

「一言はそうだなぁ……文芸って聞くとお堅く聞こえるかもしんないけど、オレを見ればわかる通り、うちのサークル相当ゆるいから安心して。今日の見学でちょっとでも興味が湧いたら入部してくれたら嬉しーな。掛け持ちも全然オッケーなんで。そんな感じで、よろしく」


 俺を含めた一年生組三人は、キョーヤ先輩に対してぺこりと頭を下げた。

 

「はい、じゃあ次はキミね」


 先輩は、自身の隣のショートカットの女の子に視線を移す。


「あ、はい。えっと、法学部一年の古鷹柔ふるたかやわらです――」


 ガタッとパイプ椅子から立ち上がり、少し緊張した面持ちを浮かべながら自分の名前を名乗った。


「たまたま恭也先輩に声をかけられておジャマしたんですが、ボク自身本は読みます。恋愛小説とか青春ジュブナイル小説が好きです。その……よろしくお願いします」


 そう言って彼女はペコリと頭を下げて再び腰掛けた。

 パチパチパチパチと皆で拍手。

  

 ふむ。ショートカットと女子にしては高めの身長(160後半くらいか?)で感じる少年のような印象。その一方で小鳥がさえずるようなソプラノボイスとおしとやかな仕草がとても女の子らしい。そのアンバランスさが妙な魅力を放っている。ボクっ娘属性もプラスポイント。うむ、いい。凄くいいぞよ。


「はい、よろしくねぇ古鷹さん。ちなみに名前はなんて呼べばいい?」

「あ、えっと、古鷹でも柔でも、どっちでも……」

「オッケーじゃあ柔ちゃんで! 柔ちゃんは法学部ね。うちの三年の先輩も法学部だから、単位がラクな授業とか教えてもらえるぜーきっと」

「それはぜひお話伺いたいです。その先輩は今日は?」

「どうだったっけかな。志鶴、ひばり先輩は今日くるんだっけ?」


 キョーヤ先輩が雨宮先輩の方を向いて声をかけた。


「コス研の新歓が落ち着いたらこっちに顔を出すと聞いている。そうだな、何時くらいに来れそうか聞いておこう」


 そう言って雨宮先輩はスマホを取り出した。


「オッケー。じゃあそれは後にして、次行こうか」


 キョーヤ先輩に促され、今度は古鷹さんの対面に座る烏丸さんの番になった。


「機械工学科一年の烏丸まどいです……その……よろしくお願いします」

 

 俯きながら消え入りそうな声で自分の名前だけを伝えてペコリと会釈……以上。

 

 俺は初めて会ったときの彼女の様子を思い出した。最近俺とは問題なくコミュニケーションが取れているのでスッカリ忘れていたが、やっぱり彼女は極度の人見知りなのだ。

 一方、キョーヤ先輩もそんな烏丸さんの性格を察してか、よく読む本のジャンルや最近読んだ本など当たり障りのない質問をするに留めて、次の人にバトンタッチした。

 

 つまり俺の出番だ。


「烏丸さんと同じく、機械工学科一年の鳩山直道です。えっと――」


 ひと言コメントが浮かばず言葉に詰まってしまう。

 流れ的に好きな本の話とかをすればいいんだろうけど、いかんせん読まないのだ。結局俺は正直にそのことを白状することにした。


「本は……すいません、そんなに読まないです。普段は漫画とか、たまにライトノベルを読むくらい。だから文芸部に入るかも正直まだ決めてません。すんません、こんな感じで」


 じゃあなんでこの場所にいるんだと、妙な申し訳なさを感じて、視線を泳がせる。


「いやいや、ナオミチくん。全然謝ることないって。素晴らしーじゃん漫画とラノベ。オレもめっちゃ読むぜ」


 キョーヤ先輩は爽やかな笑顔を浮かべる。


「それに今は興味なくてもこれから好きになるかもしれないじゃん。な、志鶴?」


 キョーヤ先輩に話を振られた雨宮先輩は、「そうだな」と頷いてから静かに口を開いた。


「文芸という言葉の定義は文章による芸術全般を指す。鳩山くんが先に挙げた、漫画やライトノベルといったサブカルチャー作品は文脈的に除かれることが多いね」


 雨宮先輩はクイっとメガネのブリッジを指で押し上げた。


「だがね、そもそも芸術という定義自体が曖昧なんだ。例えばピカソの絵を見てその表現技法に感動を覚える人もいれば、子どものラクガキとしか感じない人もいるだろう? その違いは何かというと、もちろん教養や素養といったものもあるだろうが、結局はその人の感性センス――これに帰結すると思う。つまり作り手あるいは受け手が、それを芸術か否か判断するんだ――」


 な、なんか段々と早口になってきたぞ。


「翻って、文芸という言葉が文章による芸術であると定義するならば、畢竟、その判断基準は個々人により千差万別となるはず。であるならば文芸的評価の基準もやはり千差万別であり、その多様性を認めるべきだ。漫画やライトノベルといった大衆娯楽作品も、その作品が誰かの魂を揺さぶったとしたらそれすなわち芸術他ならないだろう? もちろん最大公約数的に多数意見を持って文芸のラインを決めることを全て否定するつもりはない。だけどこれだけは断言できる。本に貴賎はない! だから鳩山くん。君が漫画やライトノベルしか読まないからといって今この場で引け目を感じることなんて何一つ――」

 

「おいコラ、その辺にしとけこの文芸オタク」


 キョーヤ先輩の制止の声で我に返ったのか、雨宮先輩はハッとして口をつぐむ。

 

「すまない、つい熱くなってしまった」

「お前はいちいち言いぶりが大げさなんだよ。要はアレだろ? 『直道クンもぜひ文芸部に入部してね』ってことだろ」

「まあ、そういうことだ――」


 雨宮先輩は少しだけ恥ずかしそうに、またメガネに手をかけた。


「こんなヤツだけど、別に悪いヤツじゃないから、ちょっと変なだけでね」

「いえ、その……雨宮先輩。ありがとうございます」


 俺は雨宮先輩にお礼を言った。言ってることは難しかったけど、たぶん俺が引け目を感じないようにフォローしてくれたんだと思う。いい人だ。


「別に礼を言われるほどのことじゃないさ。僕が勝手に喋っただけで……ああ、せっかくだから僕の自己紹介も済ませてしまおうか」


 雨宮先輩はコホンと咳払いをして、またまたメガネをクイッと持ち上げた。この仕草がクセなのだろう。

 

「文学部二年、雨宮志鶴だ。文芸部の部長を務めている」

「二年で部長なんですか?」


 古鷹さんが口を挟んだ。

 

「ああ、三年は二人しかいなくてね。一人は留学中で、もう一人は他サークルとの掛け持ちなんだ。なので二年の僕にお鉢が回ってきたというわけさ」

「おんなじ理由で俺が副部長ねー」


 キョーヤ先輩が横から口を挟む。


「僕は子供の頃から読書が好きでね。色々な本を読み漁っていたら、そのうち書くことにも興味が出てきて、こうして文芸部に入部した。ステレオタイプな文芸部員だと思う。だけど、ちょっと考えてみてほしい。そもそも本を読むにしても書くにしても、別に一人でできる。わざわざサークルに所属する必要はない。そうだろう?」

「おい志鶴。調子に乗ってまた喋りすぎんなよ」


 雨宮先輩の語りスイッチが入りかけたことを察したのか、キョーヤ先輩がツッコミを入れた。

 

「わ、わかっている。とにかく、僕はそれでも、君たちが本を好きならば――いや嫌いという気持ちを抱いていないなら、ぜひ文芸部に所属することをオススメするよ」

「なぜですか……?」


 俺は雨宮先輩に問い返す。


「それは――」


 プルルルッ。

 そのタイミングでスマホの着信音が鳴り響いた。


「あ……! ごめんなさい。うちです」


 烏丸さんが慌てた様子で鞄の中から自分のスマホを取り出す。画面を見て、一瞬驚いたような表情を見せてから、いそいそと廊下の方へと移動した。


「すいませんでした」


 しばらくして烏丸さんが戻ってくる。そして、おずおずと口を開いた。


「あの先輩……今の電話、学科の友人からで……私が文芸部のブースにいることを伝えたら、そのコも見学したいとのことで、これからこっちに来るそうです……」

「ホント⁉︎ 大歓迎ー!」


 キョーヤ先輩が嬉しそうに声を上げた。


「そしたら人数も結構増えてきたし、せっかくだから部室で飲み直そっか? なぁ、そうしようぜ志鶴」

「いや、このブースはどうするんだ」

「部室の方にどうぞって張り紙貼っときゃ十分だろ? それに部室の様子見てもらった方がサークルのイメージが具体的に湧くじゃん?」

「それはその通りだが……」

「はい部長のオッケーでました。皆もまだ時間あるかい? これから部室にいってみない?」


 キョーヤ先輩の言葉を受けて俺たち一年生組は顔を合わせ、互いに首を縦に振った。


「んじゃ決まり! じゃあここの後片付けは志鶴に任せたぜ。一年生は俺が案内するからさ」

「わかった」


 こうして、トントン拍子で俺たちは文芸部部室へ移動することになった。


「――ところでさっき電話があった学科の知り合いって誰なの?」


 俺はその道すがら、烏丸さんに聞いてみた。失礼な話なのだが、烏丸さんが俺以外の誰かと連絡先を交換していたことが少し意外だったのだ。


「白鷺さんです」

「そっか、白鷺さんか~、ってええっ⁉︎」


 烏丸さんの口から意外な名前が飛び出して、俺は思わず大声をあげてしまった。

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