四章 魔女のマベルは秘密が欲しい! ③
晩餐会は立食形式で、並べられたテーブルに各種様々な料理が種類ごとに分けて並べられている。会場の隅には使用人たちが並び、参加している貴族の接待、料理や飲み物に不備がないか目を光らせている。
マベルは魔女服のまま出席していた。とんがり帽子も勿論被っている。
隣のアイリスは公爵令嬢よろしく、純白のシルクのドレスを纏っている。流行りのデザインを取り入れた最先端の意匠に、随所に金糸銀糸の刺繍が施され、周囲の女性たちと比べても一際輝いて見える。
元々均整の取れたアイリスの美しい顔にはエミリー渾身の化粧が施され、流れるようなブロンドの髪も綺麗に纏め上げられている。鍛え上げられた肉体は常に最も美しく見える姿勢を維持し、異端審問官として磨き抜かれた威風と存在感は他を圧倒する。
最高の素材に、最高の仕込みと調理が施されれば、出来上がるのは至高の料理だ。
それに加え今日の晩餐会はアジェールによる急な開催となったため、それほど参加者は多くはない。王都に居を構える貴族くらいのもので、それも全員が呼ばれた訳ではない。準備もそこそこに登城した面々の衣裳は、どうしても控えめな物が多かった。
だがそんな事情など関係なく、アイリスはその場の全ての視線を独占していた。
嫉妬の念を抱いてもおかしくない他の女性たちまで、アイリスの姿に見惚れてしまっている程に。
お陰で今日の晩餐会の主役であるはずの、全身真っ黒のマベルに注目する者など居らず、白のアイリスとの対比もあってか、完全にアイリスの影と化していた。
初めはマベルにもドレスを勧めたアイリスとエミリーだったが、これがいいんですと言って譲らないマベルに諦めるしかなかった。
アイリスはマベルがそうしたいならそれでいいんじゃないと、あっさりしたものだったが、エミリーは食い下がった。
「折角の機会なんですから、着飾りましょう。そうしましょう」
「前々からマベルさんに似合うドレスなど、幾つか見繕ってあるのです。是非」
「その御召し物では周囲から浮いてしまいます。私が付いていながらマベルさんに恥をかかせるわけには参りません」
「お嬢様もマベルさんが綺麗に着飾っている姿も見てみたいと仰っておられます(おられない)」
等々。
あの手この手の口上と、年頃の女の子なら目を輝かせる様な彩とりどり、煌びやかなドレスと宝飾品の弾幕で攻勢を掛けたが、マベルは頑として首を縦に振らなかった。
エミリーは無表情のままがっくりと肩を落とし、
「そうですか……」
用意していた品々を片付けて行く。
マベルも華やかな衣裳に興味や憧れが、全くない訳ではない。
マベルだって一人の女の子なのだ。
なのでついつい、片付けられていく、身に着けられるはずだった衣裳の数々を目で追ってしまうのは致し方がなかった。
「あ、ああ~~~……」
と声を漏らしそうになるのを、ぐっと堪えていた。
これはきっとエミリーさんの策略だ。わざとだ。我慢我慢……。
そう言い聞かせるマベルの目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
「魔女殿。楽しんでいただけているか?」
アジェールは急な呼び出しに応じてくれた貴族の子弟たちと挨拶を交わすと、一人料理を貪っていたマベルへ声を掛ける。
見た事も、もちろん食べた事もない料理の数々に舌鼓を打っていたマベルは、頬をリスの様に膨らませたまま「ふぁひ」と返事をしていた。マナーも何もあったものでない。こんな姿をノワールに見られたら、雷くらいじゃ済まないだろうなと、ノワールの怒った顔がマベルの脳裏を
「それは良かった」
マベルはアイリスが居るであろう方向に目を向ける。
そこには貴族たちによる二重三重の輪が出来上がっていた。中心に居るのは勿論アイリスだ。その様子を確かめると、マベルは口の中の物を飲み込んでアジェールに向き直る。
「殿下。少し宜しいですか?」
「ああ。構わない」
マベルはアジェールを伴って晩餐会を中座したのだが、二人が揃って居なくなった事に気付いた者は居なかった。
二人は場所を館の二階にある部屋へ移していた。
「ここなら余計な邪魔も入らないだろう。あの場では言い難い話があるのだろう? それとも夜のお誘いだったかな?」
アジェールは殊更明るく、ジョークを口にする。
二人が居る部屋は今日は使う予定のない客間だが、ベッドはある。調度品と言えば、後は小さな小物置きのテーブルと灯りが一つずつあるだけだ。窓はアジェールの背中側。部屋の戸は急に人が入って来ない様に、アジェールの手で内鍵が掛けられている。
あくまでも用心であり、使用人たちは晩餐会に手を取られているため、二階にまで上がってくる事はないだろう。また、少々物音を立てても気付かれる可能性は少ない。
アジェールがその気であればジョークをジョークでなくす事は容易い状況だが、マベルは男女が密室で二人きりである事に気付いているのかいないのか、特に気にした様子はない。
「殿下にとっても大事な話です」
マベルはアジェールのジョークにクスリともせず、真顔で答える。
それにアジェールは軽く肩を竦めて見せただけで、特に気分を害した様子もない。
「それで、話とは?」
「殿下に毒を盛った犯人について、です」
「ほう! 分かったのか」
「はい」
マベルはスッと腕を上げ、犯人を指さす。
「アジェール殿下、毒を盛ったのはあなた自身ですね?」
「はっはっ。成程、それは確かにあの場では都合が悪い話だ」
マベルから犯人だと指摘されても、アジェールは余裕の笑みを崩さない。
「確かに、あの場で毒を盛れたのは魔女殿を除けば、最も容易に行えたのは私だろう。では仮に私が自身で毒を服したとして、何のためにそんな事をする必要がある?」
「私が毒を盛ったと第三者に思わせる事。そして私が居る前で毒を飲む事で、直ぐに適切な処置が受けられるだろう事」
「確かに理はあるが、弱い。それをして私にどんな利があると思う。ユーグ司教なら分からんでもないが」
「それは殿下だけが知る所でしょう。それを推し量れると思うほど、私は殿下の事を存じ上げていませんので」
「それもそうだ。少し意地悪な事をしたな。魔女殿ならそこまで見通しているのではないかと、少し期待してしまった」
「
まるで使えるけど、敢えて使っていないかの様な発言である。
ともすれば、既に全て分かっているぞという脅しにも聞こえる。
マベルが本当にそんな魔法を使えるのか否か、アジェールに判断する術はない。
事実としてマベルについて知っている事と言えば、マベルがあの『
しかしアジェールの態度は変わらない。
焦った様子も、慌てた様子もなく、いつも通りの笑顔を浮かべ、マベルと言葉を交わす。
それは出来の良い生徒と答え合わせをする教師の様でもあった。
「では、動機は置いておくとして、手段はどうだ?」
「確信を得るのには苦労しました」
「ほう。という事は分かったのか」
「はい。殿下に盛られた毒はポックリ草の蜜と雪隠れの根を混ぜ合わせた物。ポックリ草の蜜は私があの時用意した液薬に含まれていました。あと必要なのは雪隠れの根です。ですが、ユーグさんとアイリスさんの目を盗んで、あの場でそれを加える事は非常に困難です。ではどうするか……。アジェール殿下。雪隠れの根を予め胃に入れていましたね?」
マベルの問いに、アジェールは拍手で返す。
「興味深い考察だね。確かに魔女殿の言う通りにすれば誰にもバレずに毒を飲む事が出来そうだ。だが、腹に入れたものは無くなってしまうだろう? それに量の問題もある。そんなに上手く行くものかな?」
「ええ。誰が何度やっても上手く行くでしょう。胃の中身はそんな直ぐに消化されたりしませんし、雪隠れの根自体には毒もありません。より確実を期すなら、食事の後にでも多めに胃に収めておけば良いでしょう。そして量は問題ありません。雪隠れの根にポックリ草の蜜が僅かでも混じれば、その分だけ毒に変わりますから。逆に言えば、量を上手く調節すれば毒の効果も弱く出来るのです。そう、苦しみはしても死には至らない。そんな風に。万が一、私の治療が失敗しても大丈夫な様に計算していたのでしょう?」
「それをするには相当に薬物への造詣が深くないと出来ないな。幾ら何でも私を買い被り過ぎではないかな?」
「いいえ。そんな事はありません、殿下。殿下はご自分で先ほど『量の問題もある』と言われたじゃないですか。複数の素材で毒を作るのに、配合する量が重要だと知っている人が、薬物への造詣が深くないとは思えません」
「いやいや、この位──」
「殿下。この程度の知識も、
マベルの言葉に、アジェールは少し目を丸くしたのも僅かな間。
「あっはっはっは! そうかそうか! 庶民共をそれ程までに馬鹿なままか! そうかそうか! あっはっはっは!」
突如大笑しながら暴言を吐くアジェールに、マベルは警戒を強くする。
追い詰めたと思った時こそ要注意だよ、と。
追い詰められた相手は何をしでかすか分からないからね、と。
マチルダの心得はいつもマベルを助けてくれる。
油断なくアジェールの一挙手一投足に注意を払っているマベルだったが、アジェールはそんなマベルの様子を見て更に笑みを深める。
「悪くない判断だが、必要はない。私は荒事は苦手でね。自暴自棄になって暴れられるほど馬鹿にもなれん。残念な事にな」
「認めたと受け取って良いですね」
「いいや。良くないな。ここまでの私の話はあくまでも仮の話に過ぎん」
往生際が悪いとも見えるアジェールの言だったが、さにあらず。
「それとも、何か証拠があるのかな?」
これこそがアジェールの絶対の自信。
マベルの言った事は全て、マベルの知識から来る推論でしかない。
それが如何に正鵠を射ていようとも、証明する物がなければ意味はない。
そう思われた。
アジェールもそう考えていた。
「いいえ、ないですね。ですが、お城の人たちが身に着けていた東方由来の品々が殿下から下賜された物だと聞いてピンと来ました」
「ああ、あれか。我ながら迂闊だったかな──」
「嘘ですね」
「嘘……とは?」
「殿下ほどの人がそんな見落としをするはずがありません。これも私の推測ですが、証拠探しの攪乱が目的だったのでは? あの行商人さんは雪隠れの根は持って居ませんでしたから。疑った当人に証拠がない事を証明させる。何とも上手いやり方です。だからこそピンと来ました。一連の騒動の裏に居たのは殿下ではないかと」
「私が土産を買い求めた商人を知っていると?」
「偶然ですが、私の村に立ち寄られてたので。その時に一通り商品を見ました。特に薬草類に関しては全て。そしてその中に雪隠れの根はありませんでした」
「成程。確信を得るには十分だったと。しかし──」
「はい。これに関しても証明する人も物もありませんし、探しても居ません。それに元々、証拠なんて必要ありませんし」
「どういう意味かな?」
「証拠という物は、第三者を納得させるための物でしょう? 私はそもそも、殿下を告発する気なんてありません。むしろ殿下には今のままで居てもらわないと困ります」
「……何が目的だ?」
「私は沢山の人を助けたいんです。師匠みたいに立派な魔女になって、沢山、たーくさんの人たちを! その為にに一杯勉強して、出来るだけ良い薬を作って来ました。でも、良い薬で助けられる人は全然少なくて、どうしたら良いか、考えてたんですよね。そこに現れたのが殿下です。殿下は前線で戦う兵士さんたちの為に薬を注文してくださいました」
マベルはとても嬉しそうな笑みを浮かべる。
「為政者として当たり前の事をしたまでだ」
「そうでしょうか。私の所に薬を求めに来られた王族の方は、殿下が初めてですよ?」
「それは他の連中が……成程。そういう事か」
薬の価値も知らん馬鹿ばかりだからだと言いかけ、マベルが何を言いたいかを察した。
マベルの薬の価値を知る自分は、マベルにとって非常に便利な広告塔なのだと。
「心配せずとも今後も魔女殿に薬を注文させていただく心算だ。私が政治の座についている限り、魔女殿とは長く良い付き合いで居たいと思っている」
「それを聞いて安心しました。ですが──」
マベルはアジェールの耳元に口を寄せる。
「くれぐれも邪魔はしないで下さいね。この前みたいな」
「さて、何のことかは分からんが、気を付けるとしよう」
「そういう事にしておきますね」
スッと身を引くマベルに、アジェールはどこまで知られているのか窺うような視線を向ける。マベルはその視線に気付いていたが、素知らぬ顔で受け流す。
「用はそれだけか?」
「はい。でもまだ一つ、分からない事があるんですよね」
「ほう。何かな?」
「殿下は私を捕まえて、何がしたかったんですか?」
この質問はアジェールも予想外だったようで、しばしの空白が生まれた。
目をぱちくりとさせ、マベルが本当に理解していない事を察して、アジェールはいよいよ堪え切れず噴き出してしまった。
「く……、クックッ……あっはっはっはっは!」
笑いの衝動が収まるまで、暫しの時間を要した。
「はあはあ……。魔女殿はあれだな。何と言えばいいか、──そうだな。とても面白い育ち方をしているな。くっく。男が女を捕まえてする事など、一つに決まっているだろう?」
アジェールはマベルを捕まえようとしていた事は肯定した。
これはアジェールにとって大したダメージにならない程度の醜聞でしかないという証でもある。その上で、この事に関してもアジェールが関与した明確な証拠は残っていない。賊をけしかけた事も、ユーグを踊らせた事も、毒を仕込んだ事も。
そして何より一番の理由は、マベルの問い掛けがツボに嵌ったからだった。
アジェールはこれまで様々な女を、密かに自分の『物』にしていた。そうと知った時の女たちの反応は大きく分けて三つ。歓び、怒り、諦め、である。マベルはそのどれでもない、そもそもその意味にすら気付いていなかった。それはアジェールにとって新鮮で、非常に『面白い』事だった。
「……はあ?」
ここまで言ってもまだピンと来ない様子のマベルに、アジェールは笑い過ぎて目に涙を浮かべながら、いずれ必ずこの娘は私のモノにしよう、と固く心に決めていた。
「魔女殿は男女の色事には疎いのか?」
「え? ……あっ!」
そこまで言われてやっと気付いたマベルは、顔を朱くしてアジェールを睨む。
お世辞にも魅惑的とは言い難い幼女体系のマベルである。まさか自分がそんな対象に見られようとは露にも思っていなかったのだ。
「そ、そういう事は、す、すすすすす、好きな人としかしないんですっ!」
「いやいや、必ずしもそうとは限らんだろう。体を重ねる内に好きになる事もある。私たちのような王侯貴族なら、好き嫌いに関係なく子供を作るのは義務で仕事の様なものだしな。何なら、無理矢理犯されるのが好きだという物好きも居ると聞くぞ」
アジェールの言に思い当たる節があり過ぎるマベルは、納得せざるを得なかった。
「どうだ魔女殿。この機に私のモノになってみる気はないか? 代わりに場所も、金も、人も用意しよう。私の命令には従ってもらうが、なに、それも夜だけの事だ。昼は私も忙しいからな。自由にしてくれて構わない。それほど悪い条件でもないだろう」
「全くお話になりませんね。断固拒否、です」
「そうか?」
「そうです。私たち魔女は、束縛される事が嫌いなのですよ。それに──」
私にはヴィクトル様っていう心に決めた方が──。
とは恥ずかしいので黙っておく。
あと、アイリスの婚約者であるという事も多少は意識にあった。
「それに?」
「何でもありません!」
「そうか。まあ魔女殿がそう言うなら仕方がない」
「やけにあっさりですね」
「荒事は苦手だと言っただろう? あれに嘘はない。力づくでというのは趣味じゃなくてね。体か心、もしくは両方を縛った上で嬲る。そういうのが私は好きなのだよ。だからその内魔女殿の方から『犯してください』と言わせてみせよう」
「噂と違って、殿下は変態さんだったんですね」
マベルの顔には嫌悪感──は欠片もなく、欲望に忠実なアジェールの本質に触れられた事、変態への耐性がアイリスによって出来ていた事もあり、快楽派の魔女として素直に好感を抱けるようになっていた。
そしてある事に気付いた。
「殿下は私なんかより、アイリスさんともっとお話された方がいいと思いますよ」
そう。アイリスとアジェールはお似合いの趣味の持ち主なのではないかと。
しかしアジェールの反応は芳しくない。
「アイリス嬢か。素材は悪くないのだがな、うーん……。何故か食指がな……」
アジェールの本能が、アイリスに深入りする事を避けさせているのだろうか。
アジェールはアイリスに手を出そうと思った事が、一度もなかった事に気付かされた。
「確かにアイリスさんはちょっと変わってますけど、意外と殿下とは趣味が合うと思うんです!」
「そ、そうか……?」
マベルの力説に、アジェールはやや気押され気味だ。
「そうです! と、友達の私が言うんですから、間違いないです!」
「成程。魔女殿はアイリス嬢と友誼を交わしたのか。ふむ。なら確かに、アイリス嬢との仲を進めるのもありか」
「そうでしょう、そうでしょう」
「友人を盾に取るというのも悪くない」
ニヤっと悪戯な笑みを、アジェールは浮かべる。
「はっ!?」
しまったといった表情を浮かべるマベルだったが、今更なかった事には出来ない。
「これは良い事を聞いたな。最後の手段に取っておくとしよう」
「ぐぬぬ……」
あくまでも最終手段とするあたり、余程何か感じる所があるのか、はたまた……。
マベルが墓穴を掘って、
それに気付いたアジェールは、そっと外の様子を窺う。
(あ、アイリスさん上手くやってくれたんだ)
事前に打ち合わせていた通り、アイリスが会場に居た人たちを上手く誘導して外に引っ張り出していた。
夜に灯る明かりの様に
「騒がしくなってきたな……。場所を変えるか?」
「いいえ。今日はこれでお暇します」
「そうか。ああ、そうだ」
アジェールは最後に一つ気になった事を尋ねてみた。
「もし仮にだが、魔女殿が夢を叶えた後、助けを必要とする人が居なくなったら、魔女殿はどうする?」
「どうするも何も、簡単じゃないですか」
マベルはスタスタとアジェールの脇を通り過ぎ、窓へと歩み寄るとクルリと振り返る。
「そしたら世界を破滅させれば良いんですよ」
そう言い放ったマベルは微笑みを浮かべていた。
そこには悪意も狂信もない。只ひたすらに純粋な、自己の快楽への欲求だけがあった。
アジェールは背中に冷たい物が流れるのを感じていた。
これが快楽派の魔女かと。
マベルの顔を見れば分かる。
あれは、「世界が破滅すれば苦しむ人が一杯出るから、沢山の人を助けられるね」とかそんな事を考えている顔だ。
世界を破滅させるという事がどういう事か、それを分かった上でマベルは切り捨てている。沢山の人を助けるためだから、と。故に、そこに葛藤も苦悩もありはしない。お腹が空くからご飯を食べる。その為に動植物の命を刈取る。それは人が生きて行く上で当然の事で、マベルにとってはそれほど極々自然な事だからだ。
アジェールは初めて触れたマベルという魔女の本質に、返すべき言葉がなかった。
しかし、アジェールの心により深く、マベルという一人の魔女の存在が刻み込まれた事は間違いがなかった。
マベルはそんなアジェールの様子を気にする事なく、当初の予定通り窓に足を掛ける。
「──! そこは窓だぞ!」
我に返ったアジェールの制止を、マベルは敢えて無視する。
「箒よ!」
マベルがそう叫んで外に手を伸ばすと、その手には一本の竹箒が握られていた。
「それでは殿下。また会いましょう!」
トン──
窓の縁を蹴って外へと飛び出す。
そのまま手に持った箒に器用に腰掛けると、マベルは宙を滑る様に飛んで行く。
そして──
ドン! ドン! ドドン!
突如として起こった幾重もの爆発。
飛び、舞い踊る火花が、空を行くマベルを鮮やかに照らし出していた。
炎の華に彩られた漆黒の魔女の姿は、見る者全ての心と記憶に焼き付けられたのだった。
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