一章 魔女のマベルは友達が欲しい! ④
「ふふ……」
「ご機嫌だねえ」
ぴょんとテーブルに乗ったノワールが、二人の遣り取りに無表情のまま笑みをこぼすという、器用な事をしているエミリーに話しかける。
「あんたらも例の馬鹿みたいな噂を聞いて来た口かい?」
「そうです。マベルさんはご存じないようですが」
「あんなくだらない噂なんて聞かせない方がいいさ」
「私もそう思います」
エミリーはマベルが世界を救うなどという噂は全く信じていなかった。
そもそも、正道派と邪行派は世間で言われている様な対立構造ではない。どちらも等しく魔女なのだ。
只のメイドではないだろうとは、この村まで女二人だけで訪れている点から察してはいたが、評価を改める必要がありそうだとノワールは考えていた。
「あんた、変わってるねえ」
「私など、普通ですよ」
「そうかい?」
「ええ。そうですとも」
探るようなノワールの視線を正面から受け止めても、エミリーの鉄面皮には
しばし両者が無言で視線を交わしあっていると、何を言っても喜んでしまうマベルに業を煮やしたアイリスが、エミリーに援護を求めて来た。
「エミリー! あなたからもこの子に言ってやりなさい!」
「? 何をでしょうか?」
「私の話を聞いてなかったの?」
「はい。全く」
「ならしょうがないわね!」
「あ! ノワールずるい! 私もエミリーさんともお話したい!」
「エミリーは私のメイドです。エミリーと話したければ私の許可を得なさい」
「ノワールは話してるよ?」
「猫さんはいいのです。あなたはダメです」
「私は構いませんが」「ダメです」「えーケチー」「ケチじゃありません!」「少しくらいいいでしょ」「ダメったらダメですぅ」「あの……」「あなたは黙っていなさい」「横暴だおーぼーだ」
「うるさいっ!」
「「ひゃっ!」」
ノワールに怒鳴られ、二人は仲良く肩を竦める。
「まったくこの小娘共と来たら、しょうもない事をピーチクパーチク
「「ごめんなさい」」
「分かったんなら、そこに座って少し落ち着きな」
「「はい」」
ノワールに言われるがまま、二人はテーブルを挟んで向かい合わせに座る。
エミリーが立ってアイリスの後ろに控え、空いた椅子にマベルが付いた形だ。
「まずはマベル。年の近い女の子が来てくれて嬉しいのは分かるがね。節度というものがあるだろう? 礼儀作法について教育が足りなかったかい?」
マベルはノワールの迫力に、首をブンブンと力いっぱい横に振る。ノワールはマベルにとって世界で一番厳しい先生でもあった。
「人の話はちゃんと聞く。いいね?」
「はい!」
返事だけは良いマベルである。
「ふふ。使い魔に怒られているわ」
「あんたもだよ!」
「ひゃいっ!」
急に矛先を向けられたアイリスは、反射的に背筋を伸ばしていた。
「仮にも独立審問官ともあろうもんが、何だいあの低レベルな会話は! もっと独立審問官としての品格を大切にしな! 折角の聖印が泣いてるよ」
「はい……」
「まったく……。で? フォンテーヌ家のお嬢様がこんな
(ねえノワール。フォンテーヌ家って何?)
「聞こえてるわよ。エミリー」
「はい。フォンテーヌ公爵家とは、プロット王国建国以前より王家に仕える名門。王都の水瓶であるフォンテーヌ湖を治め、管理の一切を任されています。王家との繋がりも深く、輿入れさせた娘の数はプロット一。下賜された姫の数もプロット一。アイリス様のお母上様も、現国王陛下の妹君にあらせられます」
「へえー! 凄い!」
「別に私が何かしたわけじゃないわ。凄く都合は良いけどね」
素直に感心するマベルに、アイリスは特に誇るでもなく答える。
「今は家の事はどうでもいいの。私がここに来たのは独立審問官として、あなたを監視するためよ」
落ち着いてアイリスの話を聞いたことで、やっとマベルも合点がいった。様に見えた。
「──フ。流石は独立審問官。もう私の事を嗅ぎ付けて来るとはね」
マベルはそれまでのほんわかとした雰囲気をかなぐり捨て、その本性を露わにした。かに見えた。
(急にまた馬鹿な事をやりだしたよ、この子は……)
(随分と面白いお嬢さんですね)
呆れるノワールと無表情のエミリーが、視線だけで意思を疎通する。
「やはり、貴女が一枚嚙んでいるのね。この一年、ペニレ王国軍による国境侵犯の活発化。それに伴って辺境領での徴兵、増税。王都からの派兵。それによって手薄になった王都に繋がる街道の治安低下。一体何が目的で、どこまでがあなたの掌の上なのかしら? いえ、愚門だったわね。あなたは魔女。あなたの掌の上で人々を、世界を思うがままに転がすのが楽しいのでしょう。しかしそれもここまでよ。私に目を付けられた以上、これ以上の悪事は許さないわ。それだけじゃない。これまで行ってきた貴女の悪行の証拠も見つけ出し、必ず断罪してあげる。覚悟しておくことね」
「……(え、待って。何それ全然知らないんですけど! ペニレ王国とって東の国境そんなに遠くないし!? 何かとんでもない事態の黒幕にされちゃってるぅ)……。フフ。見つかると良いですね。その、証拠とやらが」
アイリスが告げた
何が彼女をそうさせるのか。
そこにもマチルダの教えが生きていた。
『いい? マベル。よく覚えておきなさい。審問官って名の付く連中には気を付けなさい。決して侮られてはダメよ。特に魔女を敵視する奴には要注意。常に余裕を見せつけなさい。ビビったら負けよ!』
「大した自信ね。いえ。貴女ほどの魔女にとっては当然の事なのでしょうね……。ふふ。いいわ。私、貴女の事気に入っちゃった」
(ほ……本当にこれで良かったんですか師匠ーっ!)
引きつりそうになる顔に笑顔を維持しながら、マベルは心の中で行方不明の師匠に抗議の声を上げていた。
「今日の所は挨拶に来ただけだから、これで失礼するわ。エミリー」
「はい。お嬢様」
優雅な仕草で席を立つアイリス。マベルの店を後にしようとする二人に、ノワールが声を掛けた。
「
「こそこそするのは私の趣味じゃないわ」
そう言い放ってアイリスは店を後にした。エミリーはスカートの裾を掴んで優雅に一礼。アイリスに続いて店を後にする。
店の戸が閉まり、二人の気配がなくなるまで暫く待ち、更にそっと戸を開けて二人が居ない事を確認してやっと安心したのだろう、マベルはどっと疲れたように椅子に座り込んでしまった。
「何だい。だらしないねえ。あんたがやりだした事だろうに。シャキッとしな、シャキッと」
「うう~……。だって、同年代の女の子と、どういう風に接したらいいか分からなかったんだもん……」
「だからってあれはない」
「ああ……。アイリスさんとエミリーさん、また来てくれるかなあ」
テーブルに行儀悪く、顔をぺたりと付け窓の外を眺めながら溜息が出る。
「あれだけ煽ればそりゃあ、来るなって言っても来るだろうさ」
ノワールの冷静な指摘も、落ち込むマベルの心には響いていなかった。
「お嬢様、急にどうされました?」
マベルの家から十分に距離を取ってから、エミリーはアイリスに声を掛けた。
本当であれば、今日はあのまま魔女への聴取、及び家宅捜索も行う予定で居たのだ。
それが軽い自己紹介程度の顔合わせで、事実上の撤退である。
「エミリー。あなたは気付かなくても仕方がないけれど、独立審問官たる私の目は誤魔化せないわ」
「? と、言いますと?」
「マチルダに最も愛された弟子。眉唾だと思っていたけど、〈
「成程……?」
分かるようで全く何が言いたいのか分からない説明に、エミリーを首を
「あの魔女……マベルだったわね。この私にさえ全く気取らせないほどに、魔力を隠してみせていた。最後までその魔力の一片も感じ取ることが出来なかった。まるで普通の人間の娘の様に!」
アイリスは悔しそうに、ぎゅっと拳を握り締める。
「あれほど圧縮された濃密な魔力を秘めた使い魔を使役しておきながら、主人たる当人からは欠片も魔力を漏らさない。あの使い魔さんが居なければ、危うく魔女だと見抜けなかった所よ」
完全に
その二文字が、アイリスの脳裏に焼き付いていた。
「でも流石はお嬢様。そこまで見抜かれているなんて……」
どうしてもう一歩先まで見抜けないのでしょう? とエミリーには不思議でならない。
魔力
エミリーは一目でマベルが魔女ではないと見抜いていた。
しかしエミリーはそれをアイリスに教えたりはしない。聞かれたとしても誤魔化す。意地悪をしている訳ではない。それは自分の仕事ではないという、誇りと自負から来ていた。
エミリーの仕事とは、主人であるアイリスの護衛兼お世話係である。
何時でも何処でもアイリスの傍に侍り、天国から地獄までも共にする覚悟である。
だからこそ、アイリスの思考、選択、決断から、自分という要素を出来る限り排除する。只々、主人であるアイリスに付き従う。それがアイリスの専属メイドであるエミリーの矜持であり、幸せだった。
独立審問官の聖印を、最年少──しかも女性で!──で得たその実力は本物である。それはもう、幼少の頃から異常とも言える修練を積んだ結果だ。それをエミリーは傍でずっと見守ってきた。
(独立審問官を目指された理由はかなりアレでしたが)
その理由にエミリーは呆れたものだが、その結果の果てまでもお供する心積もりは出来ている。
(お嬢様は勉学と修練に殆どの時間を費やしていたため、同世代とのコミュニケーションに少々難があるとは思っていましたが……。
その点に関しては、お相手の可愛らしい魔女さんも似たり寄ったりの様なので、案外上手く嵌るかもしれませんね)
そんな思いを無表情の下に押し隠し、エミリーはただ主人に寄り添っている。
「今回は認めるしかないわ。私の認識の甘さを、ね。今日はこれから明日以降に備えて、対『
「はい。勿論です、お嬢様」
二人は荷物を預けている隣の町まで、急ぎ戻っていった。
そして翌日──。
休日である日曜が終わり、週の仕事始めである土曜。今日もマベルの朝は早かった。
陽が昇る前に山へ行き素材の採取。帰れば朝の支度。朝食が終われば薬作り。いつものルーティーン。ただ、今日はちょっと普段と違う予定がある。
マベルは魔女服を脱ぐと、足首まですっぽりと覆うズボンと首までしっかり隠せる長袖のシャツに着替える。靴も長靴に履き替え、革製のグローブを手に嵌め、鍔のない帽子を被れば準備は万端だ。壁に掛けてある弓を手に持ち、矢筒を背中に負う。いざという時の備えは腰のベルトに掛けてあるバッグに詰めてある。
そう。今日は狩りに出掛けるのだ。
「じゃ、行って来るね!」
ノワールに挨拶をして向かった先は、村の広場だ。
広場には村の男衆が集まっている。皆狩りに参加するメンバーだ。
「おはようございます!」
広場に到着すると、元気に挨拶。皆が一斉にマベルに振り向く。
「マベルちゃん、おはよう」「今日も決まってるねえ」「期待してるぜ」
皆と一言二言交わしながら、狩りの指揮を執る村長の許まで歩いて行く。
「おはようございます」
ペコリと一礼。
「ああ、おはよう。マベルのお陰で、今日も絶好の狩り日和だよ」
「私は別に、その、何も……」
「今日が晴れる確率が一番高いと提案してくれたのはマベルだろう? お陰で今週の狩りも上手くいきそうじゃ。流石は魔女様だ。ありがとうな」
「いえ……そんな……。お役に立てて良かったです」
照れくさそうに少し
「マベルや。いつものは用意して来てくれておるか?」
「あ……はい! バッチリです!」
マベルは狩りの参加者に虫除けの薬とヒル除けの薬を渡していく。
参加者全員の準備が完了したのを見届けると、村長が号令を発する。
「良い様だな。では、行こう!」
参加者たちが移動を開始する中、マベルは広場の近くの道を歩くとある人影を発見する。マベルの家に向かうアイリスとエミリーだ。
「アイリスさーん! エミリーさーん!」
ブンブンと手を振りながら大声で呼びかけると、マベルに気が付いたのだろう、二人の足が止まり振り返るのが見えた。
小走りで駆け寄ると、余りの格好の違いから、初めアイリスは「誰?」みたいな表情をしていたが、顔がハッキリ見える位置まで近づくと気付いたようだ。
「貴女、その格好……」
「今日は今から村の人たちと山に狩りに行くんです。帰りは遅くなると思いますから、折角来てくれたのにごめんなさい」
昨日の初対面とは違い、今日のマベルは落ち着いていた。普段のマベルである。
魔女服を着ていないせいかもしれない。
そうとは知るはずもないアイリスは、まるで普通の村娘──にしては随分やんちゃな格好だが、魔女に比べればまだ常識の範疇ではある。そんなマベルの振舞いに、違和感を覚えるのは当然の事だろう。
「(昨日と随分雰囲気が違うわね。村人の前だからかしら?)……分かったわ。そういう事なら私たちも付いていきましょう。邪魔はしないから」
「えっ!? 本当ですかっ!? やったー!」
アイリスの手を取って喜ぶマベルに、ますます困惑するアイリスだった。
そして山の中である。
普段一人で狩りをする時は獲物の足跡を追ったり、樹木の上から獲物を探したりするのだが、今日は村を上げての狩り。やり方は追い込み猟だ。所定の位置でじっと、獲物が来るのを待ち構える。アイリスとエミリーもマベルの傍でジッと息を潜めている。その様は村人たちよりもよほど上手に気配を消していて、マベルを感心させた。
二人にも虫とヒル除けは施したが、服は「このままでいい」という事でそのままだ。アイリスは肌の露出が多いし、エミリーに至ってはメイド服だ。一人の時は魔女服のまま狩りもするマベルが言えた義理ではないが、ヒラヒラする服で狩りをするのは大変なのだ。そんなマベルの心配を他所に、エミリーは小枝一本すら服に
狩り自体は
追い込み役に追われた獲物が飛び出して来た所を、マベルたち弓達者が射止める。
万一射止めそこなった場合は、槍持ちたちがフォローする態勢だ。
マベルの矢は吸い込まれる様に獲物を射止めて行ったが、村人の矢から逃れた猪が一頭マベルたちに向かって突っ込んでくる事態が起こった。
慌てて槍持ちが止めようとするも間に合わず、マベルが咄嗟に二人を庇おうとした瞬間、アイリスはスッと立ち上がった。
「エミリー」「はい。お嬢様」
いつの間にか持っていた槍を、アイリスに手渡すエミリー。
そしてそれを、アイリスは躊躇なく投げ放った。
決して手投げに適した槍ではないそれを、器用に、かつ正確に投げ放ち、槍は猪の眉間に突き刺さった。猪は数歩ヨロヨロと歩いた後、横倒しになった。
勢いに乗った猪を止める程の投擲。その凄まじさにマベルと村人たちは呆然。しかしアイリスとエミリーは何でもない様子。
「お見事です。お嬢様」「大した事ないわ。さ、狩りの邪魔をしちゃダメよ」
その一件以外は特にいつもと変わらず、無事に狩りを終えたのだった。
夕刻。村に戻ると、狩りに参加した者たちの話題はアイリスの武勇伝で持ち切りだった。
当のアイリスたちは、マベルに「また明日も来るわね」とだけ言って、早々に帰って行った。
狩りの後の宴が終わり、家に戻ったマベルはノワールに一言。
「アイリスさん、お話に出てくる王子様みたいでカッコ良かったなぁ」
「へえ。で? 肝心のお姫様はどこだい?」
ノワールのツッコミに、マベルは不貞腐れた。
そして翌日。時刻にして九時ごろ。アイリスとエミリーが約束通りまた来ていた。
薬作りを終え、店を開けながら本を読み
ゴス。
っと本が重量感のある音を立てて、マベルの足を直撃。
「~~~~~~~~~~…………っっっっっっ!」
足を抱えて床を転がり、悶絶するマベル。
のたうち回る事暫し。痛みが引いて来たのだろう、マベルは「ふーっ、ふーっ」と息を乱し、涙目になったまま何とか立ち上がった。
「だ……大丈夫?」
「はい……! ありがとうございます。今日はどうしますか?」
「普段通りに過ごしてくれていいわ。私はそれを観察させて貰うから」
「そうですか……」
残念そうなマベル。何かお喋りしたり遊んだりしたかったのだろう。
アイリスはその言葉通り、マベルの邪魔をすることなくじっと観察を続けていた。
仕事振りをチェックされるのは、師匠であるマチルダで慣れているため視線は特に気にはならない。言われた通り普段通りテキパキと作業を熟していく。
昼食は何とエミリーさんが料理を振舞ってくれた。
その出来栄えに感動し、「是非料理を教えて下さい!」と申し込んだくらいだ。
午後からは訪問診療に出掛け、帰ると例の魔法の特訓。一日の汚れを落とし、何と! 夕食までエミリーさんが作ってくれた! 食事が済むとマベルは寝室に篭るため、二人は
たが二人は帰ってはいなかった。密かにマベルの行動をチェックしていたのだ。
夜こそ魔女の時間。昼にそれらしき動きはなかった。むしろ凄く良い子だった。
まるで本当に良い子みたいね。私の目は誤魔化せないけど。
敵の技量を称えつつも、自画自賛を忘れない。
何か動きがあるはずと、マベルの部屋を見張る事数時間。部屋に灯りが点いていたのは一時間ほどで、後は真っ暗になったまま動きはなかった。
「完全に寝ていらっしゃいますね」
窓の傍まで行き、様子を窺ってきたエミリーの言である。
「ふ……。やるわね……。今日の所は引き上げましょう」
「はい。お嬢様」
それから一週間。そして更にもう一週間。二人は毎日マベルの家を訪れ、マベルと行動を共にし、マベルを観察し続けた。
結果。マベルはすっかりアイリスを好きになっていた。勿論、女友達として。
エミリーは一目見た時から、マベルを素直で良い娘だと気に入っていた。それでいて何か底知れない物も秘めている。そんな気がしていた。
アイリスは未だマベルを手強い魔女だと信じて疑っていなかったが、それはそれとしてマベルとは仲良くなっていっていた。
そんなある日、ふとマベルは気になっていた事を尋ねた。
「毎日来てくれて嬉しいけど、二人はどこから来てるの? ほら、この村って泊る所ってないほど田舎でしょ?」
「それでしたら、隣町からですよ」
「ええっ!? 隣町って歩いて半日くらいあるよ! 馬車が通れるような道もないのに……」
「走れば直ぐよ。どうって事ないわ」
「はしっ……」
アイリスの返答に絶句するマベル。
片道二十キロはあろうかという道のりを、二人はいつも二時間と掛けず走破してきていた。それも軽鎧とメイド服のままで、だ。それでいて、二人がマベルの家に来て疲れた様子も、汗を掻いた姿も見せた事は一度もなかったのだ。
事実を知り、只々驚きに固まるマベル。魔女ならいざしらず、二人は魔法を使えない。
てっきり近くに別荘か何かがあるのだと思い込んでいたのだ。
「そんなのダメだよ! よし。分かった! 今日からはウチに泊ると良いよ!」
マベルの提案に、今度は二人の方が驚かされた。
「いえ。流石にそこまでお邪魔には──」
「問題ないって言っているでしょ」
丁重にお断りするものの、自分の提案は名案で、二人は良い人だから遠慮していると思い込んだマベルは、聞く耳を持っていない。
「ノワール! 良いよね!」
なので、当然の様に勝手に話を進めていく。
「ここはあんたの家なんだ。あんたの好きにすればいいさ」
「『私たち』の家でしょ!」
取り敢えずノワールの同意も得られたマベルは、二人を振り返る。
「遠慮は要らないよ! 部屋はあるから! ……まあ、貴族の人が暮らすには不便かもだけど……」
「いえ……遠慮とかではなく……。あ、そうだ。ほら、その、荷物とかもありますし」
アイリスに代わって何とかやんわりと断ろうとするエミリーを、アイリスが止める。
「エミリー」
「はい? お嬢様?」
「覚悟を決めなさい。マベル」
「なに?」
「エミリーが言った様に宿に預けている荷物があるから、流石に今日からとはいかないわ。でも、明日からお願いできる?」
「うん! いつでもどうぞ!」
「じゃあ準備があるから今日は帰るわね。また明日」
「うん。待ってるね!」
満面の笑みで手を振って見送るマベルと、困惑を隠せないままアイリスに従うエミリー。
村を出たところで、二人は隣町に向けて駆け出しながら会話をしていた。
「お嬢様……」
エミリーは主人の真意を探るべく、疑義を投げかける。
エミリーにとってマベルの家は只の庶民的な普通の家だが、マベルを『悪しき魔女』だと考えているアイリスにとってはそうではない。魔女の家と言えば即ち敵の本拠地である。そこで暮らすという事は、自らの生殺与奪の全てを魔女に委ねるにも等しい行為に思えるはずなのだ。
「心配してくれてありがとう、エミリー。でもね、東方の言葉にこんな
「承知しました。お嬢様」
アイリスがそうと決めたのなら、エミリーに否やはない。
それに、マベルの家に泊れるのは便利であるし、アイリスが危惧しているような危険は一切ない。
(これを機に、二人の仲を深めていただくのも良いかもしれませんね)
主人の交友関係と立場を
(まして、マベルさんが魔女マチルダの愛弟子というのは本当の様ですし、であるならば、その人脈は如何ばかりか。これほど有用な人材はそうは居ません。お近づきになっておいて損はないでしょう)
エミリーはそんな風に考えていた。
そして翌日。
約束通り、二人は幾つかの荷物を手にマベルの家を訪れ、ここに、
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