#8 やり切れない何か
三月、アイツは既に退学していた。顔を会わせる機会が少なくなった。
だが、もともとアイツは欠席が多いため、会うのが少し減っただけだ。
そうして四月桜が咲き誇り、五月に新緑と、瞬く間に時は過ぎ去っていた。
□□□□□□□
オレは日曜日、三角公園へ来て懸垂をしていると
「あーーーー!」
と頭上から声がして、二人とも頭を打った。
アイツがやって来た。オレ達は頭をかかげて痛みに転げ回る。二人とも痛みが引いたところで
「おい! 今いつだ!」
と、オレは寝そべりながら逆に聞いた。突然落ちてきて分かるわけも無いだろうが。
落ちて来たコイツが言った。
「時間は変わってないはずだ」
「なぜ分かる 」
「時間を巻き戻すのに失敗したからだ!」
どういう事か聞いてみると『橋』を渡れなかったという。つまり、コイツは離れた場所でオレの頭へ入り『橋』を渡ろうとしていたらしい。
滝へ落ちて、オレの頭上に落ちて来たらしい。一応、日にちの分かる腕時計を見てみると、時間も日にちも変わっていない。
ただ、並行世界へと飛んでいる可能性がある。あのとき、あの女子に告られなかったように。
(調べられる手はあるのか?)
「多分ある!」
コイツは答えた。
「今、勝手にオレの頭へ入り込むなよ!」
オレ達は急いでいる。
「ドールが消えたり増えたりしてなければ、同じ世界と言えるかもしれない」
高森まで場所が遠い。せめてコイツも自転車があれば……。自転車! 無かったコイツの自転車がある!この目の前に!
オレはそれを告げて、並行世界に来ていると伝えた。
直ぐに帰って近況を伝えると言って帰って行った。
「死ねよー!」
数時間後、アイツから着信が来た。
電話に出ると部屋の中は何も変わってなかった、と言う。
しかし、三角公園にアイツの自転車は置いてあった。並行世界に居ることには違いない。
オレは話した。
「おい、明日学校に来てみないか?」
「何でだ?」
「退学していない可能性がある」
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翌日、コイツは登校してきた。クラスには変なざわめきは無い。担任も淡々と期末テストの内容を話して教室から出た。
コイツに干渉した人間は誰一人として居ない。つまり、退学していない事になっている。
放課後のチャイムが鳴り、アイツに
その放課後のことである
「オレ達は今三年生、このまま夏休みに入れば振り出しに戻る」
と、俺が言うとコイツは
「前回の時間の巻き戻しよりも、過去に飛んでみせる」
と、言った。オレは嫌ではなかった。何しろやりたいことが無い。時間を
一応、理由を訊いてみる
「何でそんな事が言えるんだ」
「橋を渡れば過去に行ける。ヘマしない」
コイツの言う過去というのは、どれくらいの過去を指しているのか分からないが、その方向で話を進めることにした。
明日は土曜日。オレも用が無いので三角公園に居ることにする。お前は自宅からその能力を使ってみろと伝えて、コイツの了解を得た。
「俺は電話を入れる。そこで何年何月何日か教えてくれ」
「わかった」
かなり危険な事と分かっている。それでも、そうしなければいけない気がしてた。
□□□□□□□
土曜日。約束の時間午前10時。
チクタクという秒針の音が止まった。アイツは動き出したな。
少ししてオレは何か手に掴んだような、不思議な感覚が一瞬走った。その左手を見てみるが何も無い。
カレンダーが去年のものと入れ替わっている。時計の針も午前9時だ。どうやら、これは一瞬にして起こるようだ。
デジタルの腕時計に目をやる。昨年の八月になっている。成功したようだ。
が、アイツから連絡が無い。
危惧していることが起きたか。地べたへアイツは叩きつけられる。そのときどのくらいの高さから落ちているというのは、定かではない。必ず三角公園へと自転車で直ぐに向かう。
到着したが、アイツが居ない。
アイツ?
アイツって? 誰だ?
オレは一体、何をしにここへ……。
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大分前にオレに「付き合ってほしい」という後輩の女子が居て、その時は断った。だけ
ど、タイプだし、今度はオレの方から告白して付き合うことになった。
彼女とオレは相思相愛だった……はず。
オレが三年生のクリスマスの時に彼女と、光のページェントというイルミネーションの祭典に行った。
ここ、仙台の定禅寺通りにのLEDライトのイルミネーションの道が出来る。大勢の観客が賑わう。それは、仙台七夕まつりを超えるほど、人口密度が年々高くなっている。
政令指定都市になってからは、更に人混みが激しくなった。
12月24日彼女と、このイルミネーションを見ていて何か……
涙が止まらなくなった。
彼女は「どうしたの?」
と、優しく尋ねる。ただただ、涙が流れて返事が出来ない。
オレは彼女じゃない他の『誰か』と来たかった事に気付いた。
でも、それが誰か分からない。
雪がチラつく中、涙を拭いながら帰った。
高校を卒業し、印刷工場に入社した。やっていることは、紙積み。紙1枚1枚に空気を
通してやると、オフセット印刷機へ通って行く。
土曜日は半日出勤。
午後は車を三角公園の前で停めて軽く懸垂をした後、ベンチへ腰掛けて新緑の葉桜を見る。
風が少し冷たい。肌寒いのは、汗が冷えたせいか。
ホットコーヒーを買った。そのホットコーヒーに目をやる。
何故かまじまじと見入る。
帰りの交差点でも、ネット記事でも……誰か、何かを探している。今もこうしてその誰かが通らないか、待ちぼうけをしている。
自転車のブレーキのキッ、という音を待っている。
いつまで、こんなことを続けるのだろう。
この人生でいいのだろうか。
着信が鳴った。彼女からだ。オレは一旦無視をした。ショートメールで彼女から「もう別れましょう」と送られてきた。
当たり前だ。家は同じ仙台なのに、会うのを半年近くも断っていたのだから。
何故かというと、消失した誰かをずっと求めているから。
葉桜の桜もすっかり落ち、地面は茶色に。
そして、段々と夏が近付いていた。
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