#5 並行世界




 明くる日、アイツはお婆さんにアポを取ってくれた。お婆さんにアポというのも、おかしな話である。ただ家に居てくれと言うだけだ。

 今日は三角公園集合ではなく、アイツが家で待っている。気分的にバスで向かった。平日の昼なのでバスは空いている。

 ぐぅ、と腹の音がなる。バスだけでなく腹も空いているようだ。

 から風景を眺める。青々と茂る並木だが、今日は曇り空だ。雨は降らないらしい。バス停から次のバス停までどれくらい歩いただろうか。蒸し蒸しするこの暑さで、中のシャツが体にへばりつく。

 やっとアイツの家についた。時間は遠に越していた。チャイムを鳴らす。オートロックの鍵が、ギーガチャと音を立てて開いた。


「遅かったな。まあいつも通りだ」

 快活な口調でコイツが出てきた。お邪魔します、と声をかけ、靴を揃えて脇へズラす。母親は出掛けていると言う。もらったコーラは直ぐに飲み干した。

 欄間らんまをくぐり、奥の居間へ向かうと座布団が三つ。一つは奥にお婆さんが正座している。

 俺は正座をし、コイツは安座。


「話は孫から聞きました」

 以前、ベッドに座っていたお婆さんとは全然違う雰囲気。という言葉が当てはまる。お婆さんが言うには、俺達が思っていた「無限ループ」ではないという。

「並行世界というのは聞いた事はありますか」

 お婆さんが俺に尋ねてきたので、眼を観て首を縦に一度振った。

「貴方様方はその並行世界にいらっしゃいます。つまり!」

「つまり?」

 俺が伺った。


「普通」お婆さんは人差し指を立てて言った。拍子抜けもいいところだ。

 お婆さんは続けて言う

「貴方様方は、いくつもの並行世界から抜け出せずにいる。これも事実」

 俺はコクリと頭を下げる。

「原因は全て、この孫にある」

 お婆さんは、コイツを指さして言うがコイツは全く動じない。

「それを救えるのは貴方様です」

 お婆さんが今度は俺をビシッと指さした。

「それは、どうすれば」

 お婆さんへ尋ねた。

「橋を渡りなさい。さも無くば繰り返す」

 橋? 何を言っているのか俺は分からないし、コイツは一切口を挟まない。

「ま、そういう事だ」

 口を挟んだ。おいおいおい! 意味が分からない。


「孫を、どうかよろしくお願い致します」

 お婆さんは両手を床に着け、礼をした。

 三角公園へ場所を移した

「お前、オレの頭上に落ちてくる前に何してたんだ?」

「うーん……、それが覚えてないんだ」

「そうか」

 取り敢えず、俺達は世界を巻き込んで時計の針を逆戻りさせてないことに安堵した。

「あ、お前この前、これが三回目って言ったよな?」

 俺は尋ねた。

「ああ、そうだけど」

「一回目の前は?」

 ……


 気になるが、もうハッキングの能力は使いたくなかった。人の心を覗き見するようなことは、気が引ける。それが普通の考えなのではないか、と思っていた。思えばこの時ハッキングしていたら、どんな答えが出たのだろう。


□□




「ただいまー」俺には家族ができた。

 祭りで買ったヒヨコだ。P助と名付けた。メスだったらすまんな、P助。

 早速デスクに向かってドールを造る。

 発泡スチロールを切り、顔の芯を造る。粘土を伸ばして発泡スチロールの顔に着けていく。

 ただそれだけで、今日は眠たくなってしまった。


 授業は終わりチャイムが響く。

 教室のドアに目をやる。あれ? あの女子達が来ていない。平行世界では、そういうこともあるか。コイツには可哀想だが。

 俺は生徒指導の先生に呼び出しを喰らった。職員室でを受ける。

「お前の前回の期末テスト、隣りと回答が全く同じだ」

 ああ、やっちまった。少し回答を外せばいいものを。カンニングを疑われている。まあ、なのだが。

 俺は補習を受けることとなった。もちろん、あのガリ勉筋肉バカはいない。しかし、補習は簡単なものだった。

 何故なら、同じ出題だったためだ。前に回答したものを答える。

 数学も実は計算していない。俺はただ記憶力に特化していた。

 覚えていた事をそのままスラスラ書けば良い。すぐに採点された。教室には俺一人と先生

 だけなので、カンニングを疑いようが無い。直ぐに俺は帰された。



 三角公園で待ち合わせをしていた。

 残暑なのに気温 35℃だ。コイツはアイスの木の棒を咥えて、両手を椅子の後ろに持たれかけて上を見ている。

「なあ俺、造形師になりたいってことは、俺は他の生徒達みたく違う並行世界を生きてない

 。何でだ?」

「オレもお前と同じ世界を生きてる」


 答えになってないので、話題を変えようとしたとき、思い出したことがあった。

 あの1回目に落ちて来たより前の事、記憶力のいい俺が何故覚えていない!

 そこから前の、思い出やら黒歴史も全く見当たらない。なんだこれは! 天界から産み落とされてコイツといるのか……。

「わわわ……うわー!」

 俺は立ち上がり頭をもたげてパニックになった。

「何だよ」

「お、俺……記憶喪失だ」

 両手を砂地に乗せて四つん這いになった。

「そんなことねーよ。昔のことなんて忘れるもんだ」

「ほ、本当か 」だよな、そういうものだ。そんな前の事は忘れるものだ。


「よーし! 帰る。帰って造形する」

「そーだよ! 死ねよー!」


 俺は振り返らずに、自転車のペダルを漕ぎ始めた。

 よっしゃー!



□□





 アイツはもう寝た頃だろうか。寝てても起きても構わないが、やってみる。

 ざぶんという音と共に体ごとアイツの頭の中へ入る。果てが見えない白色の世界。

 その海の色も白色。微かに聴こえる潮の満ち引きの音。

 海原をひたすらに泳いでいる。とにかく泳ぐ。橋はどこだ。見えた! 橋だ! 橋へ目掛けて進路を変え、その方向に泳いで行く。クソっ、霧がかかって見えづらい。橋の周り、というより、一面の滝へ落ちないように慎重に進む。

 俺は橋へと辿り着いた。橋を渡ると更に水位が下から増してきて、そのまま波と共に奥の滝へ流されて落ちてしまった。





「ああーーーー‼」

 ドス、という音とともに何処かへ着地した。起き上がる。雪だ、三角公園だ。俺は積雪に身を埋めて落下の衝撃を喰らわなかったようだ。

 今、いつだ? 俺はアイツに電話をする コールで出た。

「今、令和何年だ 」明らかに気が動転しているのが自分でも分かる。

「平成三十一年だよ。どうした」

「お前の家、今お婆さんいるか?」

「いるけど」

「会わせてくれ」


 酷い雪道だ。ひと足ひと足に重い雪が乗る。歩道に出ると、積雪のカサが減り幾分か歩きやすくなった。靴ズレが酷く傷むが、転倒に気を付けながら、徐々に俺は走りだした。


 今日行かなければいけない。確かな事を、今日調べる。そのためには、今アイツの家に行く必要がある。


 俺は、霊感とかそういった類いの物はあると思う。アイツの考えてる事が分かるように、あのお婆さんは何か知り得ている。

 海原の中、橋を一つ渡った。その事だけでも伝えたら、次に進む道を教えてくれるかもしれない。

 しかし、これはいつまで繰り返すのだ。

 20分で家へ到着した。靴がズタボロだ。

 お邪魔します、と、ひと声かけ上がろうとする。

 コイツは足を拭けとタオルを渡した。裸足で人の家に上がるのは、少し恥ずかしい。

 奥の和室へと進むと、座布団が三枚ある。

 一つはお婆さんが畳一枚分、奥の座布団で正座をしている。和服姿だ。座布団へ座ると、

「お待ちしておりました」

 と、お婆さんは言う。因みに『この世界』では初めて会うことになる。


 知り得ているんだな、と確信したが話の内容まで全て把握してる訳ではないはずだ。

 俺は未来にお婆さんへ既に会っていること、ご助言を頂いたことを話す。

 そして、その橋を渡ったら背から波が押し寄せて来て滝へ流された事を話した。

「それはそれは、一歩進みましたね」

 と、お婆さんは言う。

「この調子で、橋があるので渡って行きなさい」


 それでこの話は終えた。

 コイツは言った

「あ、お前少し背が縮んだな」

「お前もだ」と、言い返した。

 時間が巻き戻っている。前は今年、つまり令和元年の秋。

 玄関から左手のリビングで一時過ごすことにした。

「時間が巻き戻っているっていうことは、お前が飼ってるヒヨコは?」

「ああ! P助!」

 更に問い詰めてきた。

「ドールは?」

「ああ!」

 俺は頭を抱えた。俺の造った作品……。P助……。帰ると言ったがコイツは引き止めた。

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