#4 夏祭り

「おい、これで何回目だ?」

 

 俺は言った。コイツはぼーっとしているから、顔に蹴りを喰らわせた。

 コイツはベンチから転げ落ちた。そんなに強く蹴ったか?

「何するんだよ!」


「何回目か聞いてるんだよ!この夏休み!」

 首をかしげ、腕を組んで真面目に考えているようだ。

『三回? そうだな三回目』

 これはコイツの考えた答えだ。俺はコイツの考えていることが分かる。意識を集中すると、コイツの頭の中に入っていける。

「三回だ」

 マヌケな顔をして答えるから、もう一発、今度は左足で蹴りを見舞った。


 俺はコイツの脳内を操作出来るのだろうか? それはやってみた事が無いけども、俺はこの能力を仮にハッキングと呼ぶようにしている。コイツは俺にハッキングする事は出来ないようだ。


 俺は運動神経がいいが、学が無い。コイツはガリ勉なので、テストはコイツにハッキングをして全問正解していた。

 しかし、ハッキング出来る相手というのがコイツだけなのだ。

 夏休み三回目という事だが、二回目のときも別の事が起きている。つまり、予測は立てられない。

前はコイツの婆さんが危篤という電話が掛かってきたが、今回は電話が鳴らないかもしれない。

「なあ、お前さあ、どれくらい高いところから落ちて来てるんだ?」

 俺も考えた事は無かった。3mから5mくらいだろう。10mだったら怪我で済むか分からない。

「三回目ってことは、四回目の夏休みか?」

 コイツの話を無視して俺は聞いた。

「お前が降ってきたのが三回目。つまり」

「つまり?」

 更に俺は聞く。つまり何回目だ。

「普通に考えれば四回目の夏休みだ」

 うん。そうだな、と納得する。

「だけども、最初にお前が降ってきた以前の夏休みは無い」コイツはそう答えるが、

「もっと分かりやすく説明しろよ」

 と俺は言う。

「三回目の夏休みだ」

 コイツは答えた。

 俺のハッキングはコイツの記憶まで辿たどるのは難しい。過去の過去までさかのぼるともあれば、膨大な時間を辿る事になる。顔に掌を当て、無理だ……と思った。


「なあ、もし俺が死んだらどうなるんだ?」

 俺が聞くと、

「バカなこと聞くんじゃねえよ」

 とコイツは微かに怒りを表した。


 困った。コイツにはやりたい事なんて無い。それは過去にハッキングしてる。

 しかし、夏休みをただ造形に充てるというのも、息が詰まる。


 造形?


「俺のドール、見たよなあ?」

「ああ。さっきな」

 唖然とした…。

「もしかして」

 と、俺が言うとニブのコイツも

「もしかすると」

 ……


『無限ループぅ!?』


 二人の声が重なった。と、同時にお互いの顔を指さしていた。

 つまり、このままだと二人とも卒業出来ない。不味い……。どうしたら……。どういうことなのか。三回目の夏休みということは、他の生徒達は卒業した世界にいるのだろうか。いや、今まで他の生徒達にそういった、無限ループに居る感じは見受けられない。もし、そうだとしたら学校中というか、世界中大パニックだ。

 でも、俺は確信した。みんな、気付いてないだけだ。

 この三角公園を中心として、俺とコイツは世界中を巻き込んでる。他に気付いているやつはいるのか。世界中の時計の針が巻き戻しされているのかもしれない。


 俺は学が全く無いが、勘は効く。この現象に気付いている人が居る。しかも、結構身近に。

「なあ、お前の婆さんに会わせてくれ」

 俺は言った。

「え? 何で」

 手掛かりを知るのは、コイツの婆さんだ。前回の夏休み に初めて会ったが、あの婆さんは何か知っている。何も根拠は無いが、確信が持てる。勘でしかないが。俺には何かそういうモノを感じる何かが昔からある。


「オレの婆さんに会ってどうするの?」

 やけに子供っぽく、俺を見上げて言う。

「いいから!」

 俺達はコイツの邸宅へやってきた。

 あら、お友達? 珍しいわねと、コイツの母親が言う。お邪魔しますと会釈をし、俺は奥の居間へ通してもらう。

 あれ?婆さんが居ない。

「婆さん今どこ?」

 と、コイツが母親に尋ねる。

「デイサービスに行ったわよ」

 母親は、首を傾げて言った。

 仕方なくトンボ帰りすることとなった。抜けだ。

 俺達はまた三角公園に来ていた。午後五時はまだ日差しが明るい。蝉もまだ鳴いている。

 公園の端にある、枝が二股に別れたこの大木の名前を俺は知らない。大木といっても、樹齢百年とかの大木ではない。この木の名前、コイツは博学だから知っているかもしれない。

「なあ、花火大会行くか?」

 いつものベンチに二人で腰掛け、俺は言った。


 あのとき、デイサービスからの帰りを待っていれば良かったかもしれない。


「いいな! それ!」

 なんだ、コイツの眼の輝き様は。

 何だか前にもこんな事を話した気がする。もちろん 花火大会に行っている場合ではないが、なんとなく言ってみただけだった。そこに『答え』があるはずがない。

「浴衣着て来いよ」

 と、俺が言った。

「ジーンズでいいよ。浴衣なんて持ってねーし」残念そうにコイツは言った。

「風情が無いな」


 それより、コイツと出会ったのがいつか、俺には思い出せない。それが、ずっと引っかかっている。

「なあ、俺達が出会ったのっていつだっけ?」

 コイツの答えより、ここでハッキング!

 あれ? ハッキング!

 ……ハッキング!

 ダメだ。何故か入っていけない。


「どうした? 何でそんなこと聞くんだ? 中3だろ」コイツは答えた。

 中3? 中3のとき俺なにしてたっけ? 全く思い出せない。


 近くの神社で花火大会があるので、そこに誘った。正に夏休み気分。というか、夏休みのことだ。世界の危機かもしれないというのに、何をしてるんだ俺達は。世界の危機なんて、勘違いかもしれない。そう油断していた。俺とコイツの問題だったのだ。



 シャワーを浴びた後、俺は髪を後ろに結って、浴衣に着替える。近くの神社と言っても、俺のマンションから大分離れている。

 アイツの家からよりは、ずっと近いかもしれない。アイツの家は小松島で、俺のマンションは高森。これでも気を使った場所に呼び出した。

 浴衣で自転車というのは様にならない。満員のバスで向かった。


バス停まで着いた。

 人混みの中から見付けた。

 おーい! とアイツに手を振る。つかつかと俺に歩み寄って来て言った。

「何でこんな遠い神社なんだ。他にもあっただろ」

「俺のマンション、どこだか分かるだろ」

 と、応えるとコイツは俺の浴衣姿をまじまじと観る。

「見てんじゃねー!」

 掌で殴った。

 ここ、鳥滝不動尊とりたきふどうそんはいつもガランとしているのに、このお盆祭りのときだけは境内が人で埋めつくされている。初詣のときも、かもしれない。

 赤い鳥居は取り壊され、立派な石造りの鳥居に変わっていた。参道の石畳も新しい物に作り変えられていて、前に見なかったシーサーのような石像が建っている。

 いつもの事だが、それより増して出店の賑やかさが目立つ。チョコバナナにしようか、焼きそばにしようか、たこ焼きにしようか迷う。金魚すくいもある。

 コイツが来いというので、人混みをくぐって来てみた。

 ヒヨコが色とりどりに染色されて売られている。水色、ピンク、黄色。あ、黄色はもとからか。看板に一匹三百円という文字が掲げられている。

「命を売るなんて、可哀想だな」

 と、俺が言うと

「そーか? 可愛いじゃねーか。綺麗だし」

 と、コイツは応える。

 ピヨピヨと、どのヒヨコもよく鳴く。その中に震えていて、鳴かないヒヨコが一匹。毛の色は黄色だ。

「なあ、この子買おうぜ」

 俺は言った。

「お前なあ、ヒヨコってのはニワトリになるんだぞ」

「いいよ、俺が飼う」


 その前に焼きそば食べたいと、言いヒヨコより高い焼きそばを立ち食いした。チョコバナナも食べて小さな境内を歩いていると、ドンと音が鳴り、花火が空高く舞った。

 色とりどりの花火が1分置きくらいに空に舞い、見とれてしまった。境内に居る客も盛り上がる。


「あのさあ、オレと付き合わねーか?」


 突然の告白だった。花火を見つめてコイツは言った。俺の眼を見て言え。

「別にいいけどさ、付き合って何か変わるのか? 今も付き合ってるようなもんだろ」


 ハッキング!


 ……。

「おい……」

「ん?」

「このドスケベがー!」

 俺はそう言い、ビンタを見舞った。

 花火が終わった九時頃。帰って行く家族連れも多い。出店もそろそろ畳むか、という雰囲気。そうだ! あのヒヨコ!

 駆け寄った出店のヒヨコは完売していた。しゅんとした。コイツが俺の肩をポンと叩いた。何か小さな箱をもっている。

「やるよ」

 と、コイツは言い俺は箱を開けた。あの黄色いヒヨコだ。

「お前! ……いきだな!」

 帰りのバスが無くなるので、そそくさと二人とも帰宅した。






読者様へ


ここまで読み進んで頂き感謝申し上げます。


はじめの主人公は「オレ」で、

この話数の主人公は「俺」です。「俺」、つまり女子の「俺」です。

読者様を戸惑わせてしまったかもしれません。

この先、更に話が複雑になっていきます。「この先は、ご想像にお任せします」という作風は嫌いなのでしませんが、話と話の断片を拾い、繋ぎ合わせて物語を組み立てていく必要がございます。

この後もどうか、「アイツは生きてる」ご愛読のほど宜しくお願い致します。


妙和

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