#3 記憶の果て
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自転車を長い下り坂を5速で立ち漕ぎで飛ばしていった。並木は美しく立ち並んでいる
今はそれに見とれている場合じゃない。自転車のスポークがギシギシと音を立てる。
息切れしながら教室に入った。無事遅刻を免れた。返してなかったアイツのライブタオルを持ってきた。オレの家は香りビーズを使ってないから、あのときわたされた爽やかな匂いはしない。
アイツの席は空席だった。風邪でもひいたのか。珍しい事じゃない。珍しい事じゃないからずっと気になっていた。何してるんだ、単位落とすぞと今度伝えてやろう。
今日はやけに授業が終わるのを早く感じた。と、あの女子が今日は一人でドアに隠れるように立っている。アイツの言っていることが当たった。
一緒に帰るかと誘ってみた。このコはぺこりと頷く。身長低いな、今さら気づいた。
今日はアイツが欠席だったし、バイトをしようにも誘えない。ラインで誘うのも嫌だった。
オレはSNSが嫌いだ。子供の遊びのような気がしてならない。学生から大人までずっとしているSNSを、なぜそうまでハマるか不思議に思っている。連絡手段として使うのも、用事が無いのにただくっちゃべるのが不思議というか嫌悪感がある。
雨が降ってきた。近くの喫茶店でもいいか尋ねて、承諾した。
近くのこじんまりした喫茶店で、オレはアイスブラックコーヒーの注文すると、彼女も同じものを選んだ。このコと相席につく。店内にはジャズが流れている。トランペットとサックスが交互に入れ替わり、ドラムの音も微かに聞こえる。小さな店なのに装飾としてなのか、少し小さめのシーリングファンが二つ天井についている。
「ブラック、飲めるの?」
とオレは言い、彼女は首を横に振った。
オレは席を立ち、下膳の隣の棚からガムシロップとミルクを両手に鷲づかみした。席へ座
り、それをテーブルに広げた。
「これならどう?」
「……。飲めないです」
話を聞くとコーヒーは全く飲めないそうだ。しかたないコだ。まあ、わかるが。
もし、オレが女子ならオレが好きな男子と喫茶店に行っても、好きな男子と同じものを注文していたかもしれない。
「あの、昨日逃げちゃって、すみませんでした」
「ああ、いいよ。謝ることじゃない」
「先輩は、好きな人とかいるんですか?」
来た。
「いないよ。なんで?」またオレはぐらかそうとしてしまった。
「わたし、先輩が好きだから。だから」
このコが告げるとすぐさま
「ごめん!」
オレは言ってしまった。
オレは両手を合わせて、それだけ告げた。暫く気まずい空気が流れた。
そこで、とっさに思い浮かんだことを伝えた。
「番号交換ならできるよ」
「いいんですか?」
窓から見える雨がやんでいた。電話番号を交換して、オレたちは喫茶店をあとにした。
彼女はもっと話したい事があるだろうに。このコとは帰り道が正反対なので、家まで送るには距離がある。 オレ達はそこで解散した。
ただいまー、と元気のない挨拶でオレは自室に入った。家には誰も居ない。少し数学の問題を解いて、オレは横になった。
「オレ、なにがしたいんだろ」
と、呟く。怠慢して言い訳して、それでなんだ?
あのコにだって可愛いし、不足はないだろ。
あーもう、わからねー!
オレは三角公園に行きかけた。オレが何か悩みを抱えたとき、三角公園のブランコを漕ぐ。そうすると頭がスッキリする。筋トレのルーティーンは無い。あまり意識しなくても懸垂してるからか、肩幅が大きくなっていた。細身のアイツとは違う。前に筋肉バカとアイツから呼ばれされたが、そこまでは筋肉付いてないだろう。
電話が鳴った。あのコからか?
「なんだ、お前からか」アイツからの着信だった。
「なんだって何だよ。明日さー、俺の家に来いよ」
なんだ? なにかあるのだろうか。
「欠席して何やってるんだよ。単位落とすぞー」
「いいから来いって」
明日は敬老の日。家に居て婆さんと、ただ過ごしたかったがアイツの家に行くことになった。
不真面目なやつだ。とにかく疲れてオレは寝ることにした。
午前七時、オレは昨日出来なかった懸垂をしていた。今日は涼しい上に、狐晴れだ。
なんでアイツはこんな朝早くに呼び出すのか。アイツの事だ、気まぐれなのだろう。まあいいか、と付き合ってやるのはお互い一緒だ。
あ、あのクシャクシャのノートの断片はそういうことか。アイツとオレは彼氏彼女という間柄であるとクラスメイトから思われているらしい。
アイツが言っていた「気にするな」というのは、そういうことだった。
ニブと言われるも納得がいってしまう。別に気にしてはいない。キッというブレーキ音。遅れてアイツが自転車でやってきた。オレも自転車で来ている。
「おーい、筋肉バカー行くぞー」コイツはそう言い「遅れて来るんじゃねえよ」とオレは言った。
しかし、いつもの事だった。学校も遅れて来るコイツは遅刻魔だ。
コイツの家に行くのは初めての事だ。
こんなに付き合いが長いのに、オレ達がいるのは、いつも三角公園ばかりだった。
やたらと走る。自転車のスポークが長い下り坂でカラカラと音を立てる。雑木林の歩道無い道路、左手は田んぼや畑が茂っている。季節的にも収穫の秋。
田舎道路を抜け高級住宅街へ入った。
丹念に整備された庭々に華のあるグリーンカーテン。色とりどりの花。
秋だというのに。まだこんな場所があるのかと驚いた。
花壇のある二階建ての家が多い。住宅街はひしと詰まっているわけではなく、ひと邸宅の敷地が大きい。
その割には家が大きいというわけでなく、家々の区画の円状に整っていて空き地もある。
高級住宅街を抜けて、また歩道のない道に入って急なカーブがある。
「おい! まだ走るのかよ!」
向かい風が強くなってきた、聴こえないらしい。こんな遠い場所から登校していたのか。
高層マンションにたどり着いた。エントランスには中庭や噴水まである。落ち葉は無く、きっちり清掃されている。
1101号室。
お邪魔します、と挨拶するが返事が来ない。聞くとコイツは一人暮らしだという。何故かは聞かなかった。
時計の針は午前十時を回っている。
何もない
人形? 何かファンタジーな感じがする。小さく、六本足の人形。防空頭巾のような帽子をかぶっていて、人形の顔は可愛らしい。
「取り出していいぜ」
コイツが言うので、オレはケースから人形を取り出した。足が六本、蜘蛛の形をしている。上半身は人間の形。銀髪の髪がサラサラしている。肌はサラリとしていて、手触りが気持ちいい。何度もヤスリがけしてあるのだろう。他にも人形がケースの中に収まっている。
「すっげぇ……。これ、みんなお前が?」
「造形っていうんだ。まあ造形にもいろいろあるが、俺が造ってるのはドール」
コイツは自慢げには言わなかった。
「お前すげーよ! 見直した。こんな才能があるなんて」
「俺なんて、まだまだだ」
真剣な顔で、オレの眼を見る。続けて言う。
「俺、造形師になる」
「なれるよ。お前なら」
オレは言ったが、コイツは眉をひそめて返す。
「その言葉、何を根拠に言ってるんだ?」
「お前のこの作品がすげーからだよ」
と、俺は本心で言った。
「ドールを売ってる会社があるんだけどな、来年そこに作品を持ち込みしてみる」
「まあ、今も自分のサイトで売ってるけど」
そこでオレは尋ねた
「ひとつ幾らくらいで売れるんだ?」
1万から5万くらい」
なるほど、コイツがよく欠席するのも、そのためだったのか。
「個人事業主でもいいんじゃないか?」
「いい物を造るっていうのは、組織に入った方がいい」
そういうものなのか、とオレは思った。
そして、そこから『記憶が無い』
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高3の夏休み。宿題は三日で終わらせた。
いつもの三角公園で、オレは独りでウダウダとしている夏休み。相変わらずセミの鳴き声がする。周辺の家屋から聴こえる風鈴の音。
何か足らない。何かぼんやりしている。何か誰かと、ここに居たような……
頭上から
「どけろーーーー!」
と、聞き覚えのある声が聞こえた。
オレは上を見ると人が空から降ってきた。ドサッとオレは下敷きになった。痛たた、と外傷は無い。降ってきたやつの顔を見上げた。
コイツはベンチから落ち、すっくと立ち上がった。受け身で転がったようだ。
南にある太陽の逆光を背にしているから、顔はよく見えないが、ハッキリとコイツだと分かる。
両手を腰に当て仁王立ちし、
「どけろと言っただろーが!」
と、コイツは言った。
全ての記憶が蘇った。
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