筋 肉男(きん にくお) 見参!!!

ドラコニア

やはり筋肉編

「私の名前はきん 肉男にくお


 僕の目の前に突如として現れた巨漢は、そう静かに名乗りを上げた。


 時間は少しばかり前に遡る。

 いじめられっ子である僕は、クラスのいじめっ子の主犯格である正男グループから呼び出しを受けていた。深夜二時の校庭に。

 僕は重度の怖がりのため、さすがに今回ばかりは正男たちの要求であっても無視を決め込もうかと思ったが、正男が耳元で囁いた「来なかったらわかるよな」という有無を言わせぬ迫力に圧倒されて、結局真冬のしかも深夜の校庭に一人足を運んだのだった。


 校庭に着いた時には、正男を含む四人がすでに僕を待ち構えていた。

 彼らは嫌な薄笑いを顔に張り付けたままお互いに目配せしながら、僕をぐるっと囲んだ。

 これから行われるであろうことは、僕には当然予想ぐらいはついていた。

 だてにいじめられっ子を長くやっているわけではない。

 リンチだ。リンチされるのだ。

 冬の寒さと恐怖とで、がちがちと歯が鳴った。


 どれぐらい殴られただろう。

 どれぐらい蹴られただろう。

 どれぐらい髪を引っ張られただろう。

 痛みという痛みを体感しつくした。

 なぜ僕だけがこんな目に遭わなければいけないのか。

 こんなに苦しいなら、いっそ死んでしまった方がらくに違いない。死ねばこれ以上苦しみを味わう必要なんてないのだから。

 殴られながら、蹴られながら、何度も何度もそう思った。

 

 いつしか攻撃はやんでいた。

 飽きたんだろう。

 正男は他3人を引き連れて校門の方へ歩き去っていくところだった。僕には一瞥もくれずに。

 ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう!

 彼らと自分へのふがいなさへの呪詛がとめどなくあふれて来た。

 その時だった。

 ものすごい風切音と共に、は降ってきた。丁度僕と正男たちの間に。


 そして現在、現場は完全な混乱状態に陥っていた。

 正男たちは完全に腰を抜かしたのか、その場にへにょへにょと崩れ落ちており、足を必死にばたつかせながらなんとか校門の方へ這いずっているようだった。

 僕は僕で目をぱちくりさせながら彼の山から削りだした岩肌みたいな分厚い背中をただただ眺めるしかなかった。

 僕に背を向けて立つきん 肉男にくおと名乗のるその圧倒的マッチョは、慌てふためく僕らを完全無視といった体で、正男たちを指さしこう言った。

「私は筋肉で正義を成す者。悪いが、いや。ちっとも悪いなんて思っていないが君たちいじめっ子には我が筋肉による制裁を与えることにするよ」


 肉男は一瞬で正男たちとの距離を詰めると、無造作にむんずと両手に四人のうち二人を掴み取った。

「肩の筋トレでメジャーな種目と言ったらこれ、サイドレイズだ」

 すると肉男は人間をダンベルに見立てるみたいにして、二人をそれぞれ掴んだ腕を伸ばしたまま、腕を首ほどの高さまで挙上した。

 いじめられっ子を脱するために日々筋トレ動画を見漁っている僕にはわかった。

 僧帽筋に負荷が逃げないようにした上で、肩の三角筋のみで効かせる完璧なサイドレイズを僕は見た。

 挙上しては下ろす。挙上しては下ろす。

 肉男はただひたすらこの動作を繰り返し続けた。

 残る正男たちはこれを口をあんぐり開けながら眺めている。

 徐々に肉男のサイドレイズの動きは加速し、到底目では負えない速度になっていた。

 この運動の余波で、校庭には砂埃が舞っている。

「ふー! パンプしたよ」

 そう気持ちよさそうに喋る肉男の手に握られている二人は、肉は裂け骨は飛び出し、頭は文字通り首の皮一枚で繋がっているというボロ雑巾のような有様になっていた。


「次はラットプルダウン! 背中の筋肉を鍛えるエクササイズだ」

 肉男はそう言うが早いか、残る二人のうち一人を両腕で天高く持ち上げると、自身の頭のてっぺんめがけて思いっきり引いた。

 海老反りになる形で臓物がぶちまけられ、くの字に折れた体からは、あばら骨が突き出している。

 残る1人となった正男は、もう直ぐそこに訪れている自分のむごたらしい死を受け入れたように放心しているばかりだった。


「んー、最後の種目はレッグプレスにしようか。脚トレから逃げてはいけないからね!」

 そう話した次の瞬間には肉男は肩倒立の姿勢を取っており、そして寒空に向かって伸ばされた脚の上には正男が乗っていた。

 ぐぐぐ……と曲げたたまれる脚。

 そして肉男はその正男を乗せ曲げたたまれたその脚を、すさまじいパワーとスピードを持って蹴り出した。

 その衝撃波によって、校庭にはまたもや凄まじい風と砂埃が巻き起こった。

 おそらく正男は大気圏まで打ち上げられて燃え尽きてしまったのだろう。全然落ちてくる気配がなかった。

 空高くに上っていく流れ星のような光が見えた気がする。


「あ、あの! あ、ありがとうございました……。たす、けてくれて…」

「いやいや礼には及ばないさ。私の筋肉が正義を叫んでいた、それだけだよ」

「ぼ、僕も、筋トレがんばります……!」

「いいじゃないか少年! 君は君の筋肉が想う正義を探すといい」


 きん 肉男にくおはそう言い残すと、ビルパン一枚で深夜の街に溶けるように消えていった。


 去って行く彼のやたらと分厚い背中を見送りながら、僕はこの心の筋肉痛から超回復できる日に想いを馳せるのだった。



 

 

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