筋肉貯筋
尾手メシ
第1話
筋肉経済、という言葉は、今ではごく一般的な言葉として定着している。聞いただけでたちどころにその意味するところを理解し、というより、意味など特に意識することもなく、日常の会話の中に、当たり前のように埋没している。
子どもが学校で社会を支えるシステムの根幹を学ぶ時に、筋肉経済の他にも、貨幣経済なる大昔に存在したシステムについても語られることが定番で、そのあまりに珍妙なシステムに、子どもが目を白黒させるのが恒例になっていた。
筋行に入ると、一台しかないATMで何やら揉めていた。騒ぐ一人の老婆を、行員が数人がかりで宥めるように押し留めている。
「息子から連絡があったのよ。筋肉が足りないから、今すぐに送ってほしいって」
「ですからお客様、一度息子様と連絡を取ってみてください」
よほど興奮しているのか、老婆がはちきれんばかりに樽のように膨らんだ筋肉質の腕を振り回す。
老婆の息子が本人なのか詐欺師なのかは気になるところだが、いずれにせよATMは使えそうにない。正面からの力比べに移行した老婆と行員の脇を抜けて、混み合う窓口へ向かった。
しばらく待たされ、ようやく呼ばれた窓口で貯筋をしたい旨を告げた。
「ほら、ATMはねぇ……」
ちらりとATMを見ると、まだ揉めている。
「では、こちらを」
行員が、子どもが入れそうな大きさの透明な容器を押し出してきた。容器の上で口を開くと、体内のナノマシンが脳からの指令に従って、筋肉を液状に分解して口から排出した。みるみる容器が貯まっていく一方で、体はどんどん萎んでいく。口を閉じたときには、二回りほど小さくなっていた。
「こちらをお預かり致します」
行員が筋肉を奥へ運んでいき、ほどなく戻ってきた。
「お預け入れのお手続きが完了致しました。またのご利用をお待ちしております」
緩くなってしまったベルトを締め直しながら筋行を出た。また鍛えなければ。
筋肉貯筋 尾手メシ @otame
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