マッチョ売りの少女

二枚貝

マッチョ売りの少女

 ある年の冬の暮れ。

 陽も沈みかけ、例年以上の冷え込みをみせるなか、道行く人びとに声をかける一人の少女がおりました。


「マッチョ……マッチョは、いりませんか……」

 少女の背後には、なるほどたくましい体つきをした男性が、所在なげに立っていました。しかも、この寒さだというのに、身にまとっているのはパンツ一枚と、少女が髪を覆っていたものと思われる大判の薄布を肩からかけているだけ。寒さにガクガクと震えているのも当然です。


 寒さが増すにつれ、皆早く暖かい我が家に帰ろうと、足運びは無意識に速くなっていきます。気づけばかなり暗くなり、人通りも減っています。少女は焦り、早くマッチョの行き先を決めてあげなければと思い、たまたま通りかかった裕福そうな女性に声をかけました。

「奥様、マッチョはいりませんか? きっと役に立ちます、力仕事なんか何でもできますよ」

 女性は一瞬だけ足を止めてくれましたが、すぐに、ほとんど鼻で笑うように「ふうん」と言いました。

「マッチョって燃費悪いのよね。ササミとプロテインをあげないと弱っちゃうし。飼うのが大変」

 そして彼女は行ってしまいました。残された少女とマッチョは、ますます肩を落とします。


 ああ、神様、どうかマッチョを助けてあげてください。少女は祈り、そしてマッチョを拾った時のことを思い出しました。

 昨日、マッチョは街の大通りから少しはずれたところに捨てられていたのでした。訊けば、前の飼い主に捨てられて行く先がないとのこと。

 少女はマッチョを拾って家に連れ帰りましたが、それを見た母親はたいそうな剣幕で怒りました。

『元の場所に戻して来なさい!』

『生き物の世話にはお金がかかんのよ! それも犬猫ならまだしも、マッチョだなんて!』

『無駄な食い扶持を増やしやがってお前!』

 だからこうして、少女はマッチョを連れて、何とか新しい飼い主を見つけてあげようと、朝からずっと通りに立っていたのでした。


 しかし、マッチョは売れません。とうとう辺りは真っ暗になり、人も通らなくなってしまいました。

 マッチョと少女は寒さに震え、建物の陰に避難し、どこからともなく身を寄せ合いました。

 しかし、マッチョの一桁台の体脂肪量では、温まるどころか逆に少女から熱を奪う始末です。


 このままではいけない……マッチョがそう思った瞬間、偶然、一台の馬車がこちらへやってくるのが見えました。

 マッチョは死にものぐるいで馬車の前に飛び出しました。馬車は急停止し、御者からは悪態をつかれましたが、構いません。

 遅れて少女も駆け寄ってきて、ふたりは馬車のなかに向かって、マッチョはいりませんか、役に立ちます、と繰り返した。


 すると、何ということでしょう。馬車の扉が開き、なかからいかにも裕福そうな老年の男性が出てきました。

「これは可哀想に。マッチョを売らなければ帰れないのですか?」

 予想外の展開ですが、逃す理由はありません。少女は大きくうなずきます。

「良いでしょう、マッチョをいただきましょう。我が家のトレーニングルームで飼うことにします」

「え、あ……ありがとうございます!」

 少女はマッチョを馬車に乗せました。するとこれまた意外なことを、男性は言いました。

「よければ貴女もどうですか、お嬢さん。マッチョの世話係として貴女のことを雇いたいと思います」

 まるで夢のような話でした。酒浸りの両親を支えるために街で小物を売らなくても良くなるのです。もちろん、少女はうなずきました。

「はい、ぜひ、旦那さま」




 そうしてマッチョと少女はふたり、今は幸せに、街はずれにある貴族のお屋敷で暮らしています。

 少女は毎日決まった時間にマッチョにササミとブロッコリーを食べさせながら、マッチョとの出会いはきっと神様が用意してくれたのだと、何度も思い返しては、そう思うのでした。

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マッチョ売りの少女 二枚貝 @ShijimiH

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