第13話 甘い告白されました。
新宿のPホテルのラウンジで、私と響さんは英国風アフタヌーンティを楽しんでいた。
目の前には、3段トレイに乗せられたサンドイッチやスコーン、カラフルなプチケーキ。
どれも美味しくて、言葉通りほっぺたが落ちそうになった。
明るい午後の日差しが眩しい窓の外の景色は、綺麗な空色のグラデーションがとても美しかった。
「今日は言わないの?おいしーー!!って。」
響さんが目を細めて私をからかった。
「こんなお洒落な場所では言いません。」
私がそう言って頬を膨らませると、響さんは「それは残念。」と肩をすくめた。
「芽衣、その白いワンピース、可愛い。良く似合ってる。この間はじっくり見れなかったから。」
「ほんとですか?ありがとうございます。」
私は照れ隠しに、手を両頬に当てた。
この白いワンピースはあの夜に着ていたものだ。
響さんからのリクエストで、今日、これをもう一度着て来て欲しいとお願いされたのだ。
響さんに可愛い、似合ってると言われて、羽根があればふわふわと舞い上がってしまうくらい嬉しかった。
軽食を食べ終わり、ふたりで温かい紅茶を飲み始めると、響さんがこの間の夜の一連の経緯を話し始めた。
「つつ・・・もたせ?」
「そう。美人局の常習犯だったんだ。あの女は。」
「美人局って?」
私が首を傾げると、響さんは腕を組みながら私に説明した。
「ホテルの一室で男と女が事を始めようとするだろ?するとその女の彼氏だと名乗る男が部屋に乗り込んでくる訳。てめえ、俺の女に何してくれてんだってね。そして騙された男は、彼氏だと名乗る、いかにも柄が悪くてヤクザのような男から金を強請られるのさ。俺の女に手を出そうとしたからには、それ相当の見返りを出せってね。」
「そんな犯罪があるんですね。」
「ああ。でも引っかかる男は少なくない。出会い系の女に・・・とかね。」
「怖い・・・。」
「自称山口文香って女はあのチンピラと手を組んで、場所を変えては多くの男を騙しながら美人局で金を稼いでいた。しかし被害者が多いということはそれだけその存在の情報が多く出回るということだ。山口文香とその彼氏役をしていた男は、警察内部では知らない人間はいないと言っていいほど有名な犯罪者だった。刑事は一度見た犯人の顔は絶対に忘れない。だからいくら整形をしていても、俺は山口文香が広域指名手配中の本名森野カオリだとすぐに判った。」
そう・・・響さんの職業は、警視庁捜査一課の刑事さんだったのだ。
響さんはティーカップに口を付けると、片方の眉を上げて吐き出すように言った。
「しかしあの女も悪運が尽きたんだろうな・・・ロレックスの時計に釣られて刑事の俺を美人局のターゲットにするとはね。馬鹿というかなんというか・・・ま、そのおかげで大きな魚を釣り上げることが出来たわけだから俺としてはラッキーだったけど。しかし、勇吾君が被害に遭わなくて本当に良かった。」
「・・・でも響さん、文香さんを熱い目で見てました。」
「そりゃあ指名手配中の犯人という獲物が目の前にいるんだ。熱っぽくもなるだろう。」
「そうだったんですね。」
事の真相を知って、私は心からホッとしていた。
私、まだ響さんのこと好きでいてもいいんだ・・・。
「それで?」
「え?」
「どうして芽衣は勇吾君とあのホテルにいたの?」
響さんの目が私の心を探るように熱を帯びた。
次の響さんの獲物はどうやら私みたいだ。
「あの・・・えっとですね」
それでも本当の事を言うのは恥ずかしくて、私は口ごもってしまった。
「俺も一応刑事の端くれだから、俺なりの推理をしてみたんだけど・・・聞く?」
「・・・それ、多分当たってると思います。」
「まあ、聞いて。」
響さんは探偵が事件の真相を暴くように自分の考えを話し始めた。
「勇吾君は俺が森野カオリに送ったラインメッセージを何かの拍子に見たんだろう。」
「・・・・・・。」
「そしてそれを確認するためにあのホテルのラウンジバーで俺と森野カオリを監視することにした。」
「・・・・・・。」
「しかし男一人でラウンジバーに居座るのは目立つから芽衣を誘った。違う?」
「・・・まあそんな感じです。」
そう言って私は曖昧な笑みを浮かべた。
どうやら私の醜い嫉妬心はバレてなかったらしい。
響さんは紅茶を一口飲むと、少し怒ったような顔をして私の顔をみつめた。
「本当にそれだけ?」
「・・・・・・。」
「あの夜、芽衣と勇吾君が一緒にいる所を見て、俺は嫉妬で気が狂いそうになったよ。白いワンピースを着た可愛い芽衣の隣にいるのが、どうして俺じゃないのかって。」
「・・・え?」
「いや、あの夜だけじゃない。ずっと勇吾君に嫉妬していた。」
「え・・・?嫉妬って・・・でも私のことは友達だって思ってるんですよね?」
「芽衣の心に誰かがいるって初めから気づいていたから、とりあえず友達になってって言った。」
「とりあえず・・・?」
とりあえず、なんて言ってたっけ?
「そう。とりあえず。とりあえずって意味わかる?一時的にってことだよ。俺は芽衣とずっと友達のままでいるつもりなんて一ミリも思ってなかったし。むしろ友達以上になるためにアプローチしてたつもりなんだけど、気付かなかった?」
「それは・・・」
どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう、とは思ってたけど。
「芽衣に冷たくされて・・・俺、死ぬほど落ち込んだ。芽衣の笑顔が俺に向けられなくなることがこんなにしんどいってことを嫌というほど思い知らされた。芽衣・・・」
「・・・はい。」
「俺の恋人になって欲しい。」
「!!」
私が顔を上げると、響さんが私の両手を掴んだ。
「芽衣が好きだ。俺、もう芽衣がいないと駄目みたい。」
響さんからの甘い言葉のシャワーを浴びて、頭がぼおっとなってしまった。
まるで夢の中にいるみたい・・・。
「ねえ、芽衣。返事は?」
響さんにせかされて、私はハッと我に返った。
あの夜の勇吾君の言葉が頭によみがえる。
『メイメイ、俺と付き合わない?』
そして今、目の前の人から告げられた言葉。
『芽衣・・・俺の恋人になって欲しい。』
私は・・・。
私の気持ちは・・・・・・。
「響さん。さっきの推理は間違ってます。私の本当の犯行動機を自供します。」
「犯行動機・・・?」
「はい。私が響さんと文香さんをストーカーした件です。」
「ストーカー・・・」
「私、響さんが文香さんを好きになってしまったと思ってすごくショックでした。文香さんに嫉妬してたんです。食いしん坊な私が食事も喉を通らなくなるほど・・・。だから私は勇吾君と一緒に響さんと文香さんの決定的な場面を見て、響さんを諦めようと思ったんです。」
「芽衣・・・。」
私は響さんの目をみつめた。
「私も・・・響さんが好きです。響さんが誰よりも好きです。」
「良かった・・・。もう芽衣を逃さない。」
響さんは私の言葉を聞いて、ホッとしたように大きく息を吐き出した。
そして間髪入れずにこうつぶやいた。
「じゃあ、これから芽衣を食べてもいい?」
「え・・・?」
「今、聞いた芽衣の言葉を実感したい。」
そ、そんな急展開・・・心の準備がまだ・・・。
「今日は余計な侵入者は誰も来ない。そこでゆっくり、思う存分、甘く蕩けた芽衣を味わいたい。駄目?」
響さんの瞳が切なげに潤む。
・・・そんな顔でお願いするなんて、響さんはいつもずる過ぎる。
そして私も・・・チョロすぎる。
「はい。思う存分食べちゃってください。」
晴山さん、アナタの言っていた通り、私は響さんにパクっと食べられてしまうみたいです。
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