第12話 恋を諦めるために尾行しました。

勇吾君の誘いを受けるか否か、数日間悩みに悩んだ。


ふたりの決定的な瞬間なんて本当は見たくない。


でも・・・この想いをきっぱりと断ち切るためには絶好の機会なのかもしれない。


これもひとつのショック療法というものになるのかもしれない。


勇吾君の話を聞いた4日目の夜、思い切って私は勇吾君に電話を掛けた。


「もしもし。」


「もしもし。勇吾君?」


「ああ、メイメイか。」


「あの・・・私ね」


「どうした?土曜日、行く気になったか?」


私は小さく息を吸って勇吾君に告げた。


「・・・うん。私、行く。行って、潔く響さんのこと諦める。」






そのバーラウンジはホテルの最上階にあった。


広いフロアには臙脂色のモダンなボックス席が適度な間隔で配置されている。


天井にはアンティークなシャンデリアが飾られ、オレンジ色の間接照明が客を仄かに照らしていた。


解放感溢れる窓の向こうには、美しい都会の街並みが煌めき、レインボーブリッジが遠くに見える。


本当だったら、この美しい景色をうっとりと眺めていたいところだけれど、今夜の私はそれどころではなかった。


私と勇吾君は窓際の席に陣取り、カウンター席で肩を寄せ合って座る響さんと文香さんに視線を外せずにいた。


今夜の文香さんは黒いシルクのシャツに紫色のタイトスカート。


スカートにはスリットが入っていて、そのすんなりとした美脚を引き立てている。


響さんもコットンのグレーのジャケットにストライプのカッターシャツが良く似合っている。


私は目の前で頬杖をつきながらふたりの様子を伺う、勇吾君のスーツ姿を見て言った。


「男の人はいいよね。スーツを着ればどんなフォーマルな場でも溶け込めるもの。」


勇吾君はその視線を私に移した。


「メイメイだって今日は綺麗な恰好してるじゃん。可愛いよ。」


「・・・ありがとう。」


私はガラス窓にうっすらと映る、従姉の結婚式の時に着た、白いシンプルなワンピース姿の自分を見た。


首には成人式の日に両親から貰ったティファニーのネックレス。


本当だったらこんな風に大人っぽく着飾った私を、他の誰よりも響さんに見てもらいたかった。


なのにどうしてこんな離れた席で、他の女性との逢瀬を楽しむ響さんを盗み見るなんてことをしなければならないんだろう。


私達がしてることって、ただ自らの傷ついた心に、塩を塗るだけの行為なのではないだろうか?


でもここまで来たからには、最後まで見届けなければ。


そしてこの終わりを告げた恋心を甘いカクテルで飲み干してしまおう。


私はカクテルグラスの中のホワイトレディを少しだけ口に含んだ。


私と同じくジンフィズに口を付けた勇吾君が、私の方へ身体を乗り出した。


「メイメイ。二人が席を立ったぞ。追いかけるか?」


「・・・うん。」


響さんと文香さんはラウンジバーを出ると、エレベーターの前に立った。


しばらくするとエレベーターの扉が開き、ふたりは乗り込んだ。


再びエレベーターの扉が閉じる。


エレベーターの表示が一つ下の階で止まった。


「行ってみるか。」


勇吾君の言葉に私も無言で頷く。


駆け足で一つ下の階へ降りる。


駱駝色の絨毯が引かれた長い廊下を、腕を組みながらふたりは歩いている。


その後ろ姿を、私と勇吾君は息を切らしながらみつめていた。


そしてふたりはある部屋の前で止まり、扉を開け、中へ入っていった。


その扉が閉じられたと同時に、私の恋も終わったと思った。


「フエッ・・・エッエッエーン・・・」


「おいっ!メイメイ、こんなところで泣くな。」


勇吾君が慌てて私の口を塞ぐ。


「だって・・・だって・・・」


「仕方がないだろ?これが現実。さ、帰ろうぜ。」


「エッエッエッ・・・ン」


「おい、泣き止めよ。あとでいくらでもやけ酒につき合うし、奢ってやるから。」


「エッエッ・・・」


「・・・メイメイ、俺と付き合わない?」


「え・・・?」


私は勇吾君の照れくさそうな顔をみつめた。


ずっと可愛いと思っていたその笑顔。


「勇吾君・・・。」


「ま、考えといてよ。」


私と勇吾君は、しばらくその場に立ち竦んでいた。


すると廊下の向こう側から、派手なペイズリー柄のシャツを着た目つきの悪い男が、ポケットに手を突っ込みながら歩いて来た。


その姿はどう見てもチンピラにしか見えず、この高級ホテルの場には似つかわしくない風貌だった。


あろうことにその男は、響さんと文香さんが入った部屋の扉を開け、入っていった。


「え・・・どういうこと?」


「まさか・・・3P?」


私と勇吾君が顔を見合わせていると、さらにスーツを着た男2人がエレベーターから降りて来て、そのチンピラの後を追うように、同じ部屋へ入っていった。


「ええー?!どういうこと??」


かすかに男達の怒鳴り声が聞こえてきた。


そしてその声は次第に大きくなっていった。


「動くな!じっとしてろ!」


「うるせえ!このデコスケが!!」


「いいから黙って歩け、コラ。」


しばらくすると、スーツの男達に、チンピラ風の男と文香さんが身体をガッチリと掴まれながら、部屋の外へ出て来た。


そしてその手首には銀色に光る手錠・・・。


最後に響さんが、4人の後を追うように、部屋から出て来た。


響さんはその鋭い眼光を、ふと私達の方へ向け、驚愕の表情をした。


「芽衣・・・?!勇吾君も。」


響さんが早足で私達の元へ駆け寄って来た。


「こんなところで何をしてる。」


「あの・・・えーと。」


勇吾君がしどろもどろで頭を掻いた。


「もしかしてふたり・・・デートか?」


「違うっ!違います!!」


私はあわてて、響さんに向かって両手を振った。


「芽衣、目が赤い。泣いたのか?」


「えっと・・・・・・。」


「・・・話したいことは色々あるけど・・・今はちょっと手が離せない。後日ゆっくり、な。」


響さんはそう言って、その大きな右手で私の頬を優しく撫でたあと、さきほどの4人を追いかけて走って行った。

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