第11話 ボーイフレンドと恋の相談をしました。

家に帰って、洗面台の鏡に映った自分の顔をまじまじと見た。


涙をこすった眼のふちが赤くなっている。


あーあ。


響さんの前で泣いちゃった。


響さん、どう思っただろう。


きっと情緒不安定な女だって、変な女だって・・・そう思われた。


響さんから頼まれたことが、心に重くのしかかっている。


響さんは、自分の我欲の為に、人の幸せを引き裂くような人間なんかじゃないって、そう思いたい。


でも、じゃあなんで勇吾君と文香さんを別れさせようとするの?


私には全然わからない。


けれど約束を反故にすることも、私には出来ない。


意を決して、スマホに勇吾君の電話番号を表示させる。


大きく息を吸って、吐いて、そして通話ボタンを押そう・・・と思った瞬間、スマホの着信音が鳴った。


「わわっ!」


着信元はまさかの勇吾君からだった。


私はすぐに通話ボタンをタップした。


「もしもし。」


「あ~もしもし。メイメイ?」


「うん。・・・勇吾君どうしたの?」


心なしか、勇吾君の声が弱弱しく感じた。


いつもはそのハスキーな声で元気よく話すのに。


「えーとさ。ちょっと会えないかな。相談したいことがあって。」


どきん、と胸が跳ねた。


もしかして響さんと文香さんのこと?


でも、今ここでそれを問いただすことは止めた。


ちゃんと勇吾君の顔を見て話し合いたい。


「良かった。私も勇吾君に話したいことがあったから。」


「そうか。じゃあ駅前のファミレスで。あそこ、今イチゴフェアやってるからさ。メイメイ、イチゴ好きだろ?」


「うん。わかった。いつにする?」


「そうだな。今度の金曜日の夜はどうだ?」


金曜日の夜は響さんがフィットネスクラブに来る日・・・。


でも今は響さんに会わせる顔がないし、会いたくないから丁度良い。


「うん。大丈夫。仕事が終わったら直行する。多分、7時くらいには着けると思うから。」


「オッケー。俺もそれくらいになるわ。じゃあ、その時に。」


「わかった。じゃあね。」


通話終了のボタンをタップすると、ごろんとベッドに寝転び、目を瞑った。


今夜はもう何も考えたくなかった。





金曜日の夜。


私はファミレスの窓際の席で、ドリンクバーの野菜ジュースをストローで吸っていた。


ドリンクバーの飲み物の原価が一番高いのは、野菜ジュースだって誰かが言っていた。


でも本当は元が取れなくても、甘いココアが飲みたい。


しばらくすると、紺のスーツを着た勇吾君がハンカチで汗を拭きながら、私の前の席へ座った。


「お待たせ。」


「ううん。私も今来たとこ。」


いつも休日のラフな格好しか見ていないから、スーツの勇吾君は新鮮だった。


「ふーん。勇吾君、一応ちゃんとした格好で通勤してるんだ。まあまあイケてるじゃん。」


私が冷やかすと、勇吾君は何をいまさらと言った顔でジャケットを脱いだ。


「これでも一応都会で働く、エリートサラリーマンなんだぜ?」


「ほほう。じゃあ、今夜はエリート様にゴチになりますか。」


「ちょっと待ってくれよ。まだ給料日前なんだからさぁ。」


「冗談だって。」


「メイメイと話すのは気楽でいいよな。文香さんには給料日前だからって愚痴なんてこぼせないよ。」


「ちょっとぉ。私にも文香さんと同じくらい気を使ってよね。」


私達はそう言って笑い合うと、タブレットでそれぞれの食べたいメニューを注文した。


勇吾君はステーキセット、私はミニサイズの海老ドリア。


勇吾君と昨日のバラエティ番組の話をしていると、軽快な音楽を鳴らしながら、店内をゆっくり走るロボットが、注文の品を届けてくれた。


「メイメイ、そんだけ?」


勇吾君が私の海老ドリアを見て、眉間を寄せた。


「うん。ダイエット中だから。」


「ふーん。たしかにメイメイ、痩せたな。」


実はもうダイエットの目標体重には到達していた。


それは皮肉にもフィットネスクラブでの成果というより、響さんの件で食欲が落ちたことによる結果なのだった。


でも笑顔が上手く作れない今の私は、果たして綺麗だと言えるのだろうか?


お互いの食事が終わり、勇吾君はコーヒーを、私はせっかくのイチゴフェアなのでイチゴのヨーグルトをデザートに食べることにした。


そのヨーグルトはイチゴの果肉がたっぷり入っていて、酸味があるのに甘さもしっかりあって、とてもファミレスのメニューとは思えなかった。




「んっ。美味しーー!!」




「ははは。出たよ。メイメイの美味しーー!!コールが。」


いつまでもこんな軽口を叩き合っていたいけれど、そろそろ本題に入らなければならない。


私は自分から話の糸口を切り出した。


「勇吾君、あのさ・・・」


「なに?」


「文香さんとは上手くいってる?」


「何だよ。藪から棒に。そういうメイメイはどうなんだよ。澤乃井さんと順調なのかよ。」


私はとっさに勇吾君に頭を下げた。


「ごめん。勇吾君。私、あなたに嘘付いてた。」


「あ?」


「私と澤乃井さんは、本当は付き合ってないの。」


「なんだって?」


「私に彼氏がいれば、文香さんは安心するかと思って、それで澤乃井さんが彼氏のフリをして付いて来てくれたの。」


「・・・・・・。」


「それでね。勇吾君、怒らないで聞いて欲しいんだけど。」


「なんだよ。」


「文香さんと別れた方がいいんじゃないかな?」


「は?」


「文香さんと勇吾君はその・・・釣り合わないっていうか・・・。」


「・・・・・・。」


勇吾君の沈黙に耐えられず、私は首を大きく横に振った。


「・・・やっぱり私に説得なんて無理!澤乃井さんにお願いされたの。勇吾君に文香さんと別れた方がいいって言ってくれって。」


「ああ。なるほどね。」


勇吾君は私の言葉を聞いても、驚いた顔ひとつ見せずに、うつろな目を私に向けた。


「やっぱり、そういうことか。俺がメイメイに相談したかったのも、そのこと。」


「やっぱりって・・・」


「いや、文香さん、澤乃井さんと連絡取り合ってるみたいだからさ。」


「それ、本当?」


「ああ。デート中、文香さんがトイレに立った時に、テーブルに置いた文香さんのスマホにラインメッセージが表示されたんだ。その発信元は澤乃井さんからだった。」


「そうなんだ・・・。」


やっぱり響さんと文香さんは、連絡先を交換している仲なんだ。


勇吾君という第三者からその事実を知らされて、私の心は沼の底に沈んだようにずっしりと重くなった。


それまではほんのわずかな期待があった。


もしかして、ふたりのことは私の考えすぎなんじゃないか・・・と。


私の行き過ぎた妄想かもしれない・・・と。


「で、でも、ラインで連絡を取り合うくらい、ありえることかも。友達として・・・とか。」


私は勇吾君を励ますために、そんな詭弁を述べた。


でも私だって、心の底では響さんと文香さんの仲を認めていた。


「ふん。友達だって?いい歳の男と女だぜ。やることやってるに決まってんだろ?」


「・・・やだ。」


「え・・・?」


「そんなの、本当は認めたくない。」


「メイメイ?」


「だって・・・私まだ、澤乃井さんに・・・響さんに、ちゃんと自分の気持ちを伝えてない。」


両手で顔を覆って俯く私に、勇吾君は立ち上がって私の隣の席へ座り、私の肩を抱いた。


「メイメイ・・・澤乃井さんを本気で好きなんだな。」


「うん・・・。」


「そうか。よしよし。」


勇吾君の肩にもたれて、私は涙をこぼした。


「メイメイ。もし、澤乃井さんと文香さんの決定的な瞬間を目撃したら、澤乃井さんのことをきっぱり諦めることが出来るか?」


「・・・決定的な瞬間って?」


「二人がホテルの部屋へ入るところ・・・とか。」


「え・・・?」


私が顔を上げると、勇吾君が真面目な表情で私をみつめていた。


「実は・・・そのラインの文章が目に入っちゃったんだけど・・・そこに二人で会う日にちと時間、そしてホテルの名前まで書かれてたんだ。」


「・・・・・・。」


「もしメイメイさえ良ければ、当日そこへ俺と一緒に行かないか?そうすれば少なくともこんな猜疑心に悩まされずに済むだろ?」


「・・・勇吾君はそれでいいの?文香さんを諦められるの?」


「たしかに澤乃井さんが言う通り、俺と文香さんは釣り合わない。俺は文香さんが望むようなラグジュアリーな空間を演出してあげられない。本当はそんなこと、とっくに判ってた。だからメイメイは俺の心配なんてしなくていい。」


「勇吾君・・・。」


「日付は来週の土曜日。時間は夜の7時。ふたりの待ち合わせ場所は赤坂にあるAホテル。メイメイ、よく考えて決心がついたら、俺に連絡くれないか?」







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