第8話 甘いデートをしました。

夏の日差しが眩しい日曜日の正午、私は響さんとの待ち合わせ場所に立っていた。


散々迷ったけれど、身体を動かす場所に行く可能性も考えて、デニムのワンピースに黒いレギンスを履いてきた。


足元はお気に入りの、オレンジのスニーカー。


駅のロータリーにある花壇の近くでソワソワしながら立っていると、濃紺のクラウンがゆっくりと私の側で止まった。


運転席の扉が開き、黒いVネックのサマーセーターにジーパンを履いた響さんが降りて来た。


「悪い。待った?」


時計を見ると、まだ待ち合わせ時間の10分前。


緊張の為、30分も前に着いてしまった私の方が悪いのに、気を使わせてしまった。


「全然!私も今さっき来たところです。」


「なら良かった。さ、乗って。」


「は、はい。お邪魔します。」


響さんが助手席の扉を開いて、執事のように助手席へいざなってくれた。


助手席に座った私はシートベルトを閉めながら、さりげなく車内を見渡した。


フロントには「交通安全」のお守りがぶら下げられている他には何も飾りはなく、掃除も行き届いていて、シンプルですっきりとしている。


ただ後部座席に大人用の毛布が丸まっている。


あれは何に使うのだろうか?


私がその毛布をじっと見ていると、響さんが弁明するように言った。


「たまにそこで仮眠するんだよ。夜通し仕事することも多くてね。」


「へえ・・・。大変ですね。」


響さんは一体なんの仕事をしているのだろう?


「ごめんな。煙草臭いだろ?さっきまで一服してたから。今、窓開けるよ。」


「あ、大丈夫です。」


しかしすぐにドアウィンドウが下げられ、涼しい風が車内を吹き抜けた。


「さて、出発するか。」


「どこへ行くんですか?」


「それは着いてからのお楽しみ。」


響さんがアクセルを踏むと、車は勢いよく車道を走りだした。





私達を乗せた車は千葉方面へと向かって行った。


都会の街並みを抜けると、自然豊かな景色が窓の外に広がる。


たくさんの黄色い菜の花が道路わきで私達を出迎えてくれているようだった。


心なしか、窓から入って来る風の空気も清らかに感じられた。


響さんはカーラジオから流れるポップソングに合わせて、鼻歌を歌っている。


「響さん、この新曲、もう知ってるんですね。」


「ああ。芽衣の影響で、最近のヒット曲も聴くようになったんだ。オジサンの頑張りを褒めてくれ。」


「はいはい。よく頑張りました。」


「なんか馬鹿にしてねえか?」


「してませんって。」


そんな軽口を叩きながら、いつのまにか車は高原の中を走っていた。


フロントガラスから赤い三角屋根にピンク色の壁の可愛い建物が見えて来た。


車はその建物の脇で止まった。


「ここが目的地・・・?」


「ああ。」


その建物には看板がかかっていて、どうやらなにかしらのお店らしかった。


思わずその看板に書かれてある店名を、声を出して読み上げてしまった。


「スイーツ☆べじたぶる・・・?!」


「ははっ。なんのひねりもない店名だよな。ここは野菜で作ったケーキやアイスクリームを食わせてくれる店なんだ。」


「そうなんですね。」


「芽衣。ここからは、俺は君の彼氏。君は俺の彼女。いいね?」


「は、はい。」


改めてそう宣言されると、ドキドキしてしまう。


響さんがガラスの扉を押すと、チリリンと鈴の音が鳴った。


私も響さんの背中に付いて、店に足を踏み入れた。


店内には大きなガラスケースがあり、その中に何種類ものケーキやプリンなどのスイーツが並べられていた。


その色も緑や黄色、ピンクとカラフルで、形もとても可愛い。


「わあ・・・。」


私は思わずそれらのスイーツに目が釘付けになってしまった。


「おお。澤乃井。久しぶりだな。昨年の正月以来か?」


店の奥から白いコックの制服を着た、黒縁眼鏡の大柄な男性が顔を出した。


「おう。三好。嫁さん元気か?」


「元気元気。腹に3人目がいるっていうのに、ちっともじっとしてねえんだ。今日もどこかで新鮮な野菜を探しに行ってるよ。」


「ははは。相変わらずだな。」


「ところでこちらのお嬢さんは?」


響さんに三好と呼ばれた男性が、私を興味深げに眺めた。


「ああ。久保田芽衣ちゃん。俺の彼女。」


そうきっぱりと言う澤乃井さんの言葉に、私はやっぱり少しうろたえてしまった。


「ええ?!澤乃井、こんなに若くて可愛い子とどこで知り合ったんだよ。」


「フィットネスクラブ。」


「都会はええな~。そういう出会いがあるんか。えーと芽衣さんだっけ?こんなオヤジのどこが良かったの?」


響さんは挙動不審な私を見てにやにやと笑っている。


「ええと・・・格好良くて、優しくて、好き嫌いがなくて、たまに可愛くて・・・」


「芽衣。もうその辺でいいから・・・。」


響さんが照れたような困ったような顔で苦笑している。


「え?あっ・・・はい。」


そう言った矢先から、私の顔が赤く染まった。


「へえ!お前、恰好良いんか?随分猫かぶっとるの~。」


三好さんがそう言って響さんの肩を小突いた。


「うるせえな。お前は黙ってケーキ作ってろ。」


「ハイハイ。じゃあ、ゆっくりしてってね!」


三好さんはそう言い残すと、再び厨房へ帰って行った。


「芽衣、その調子。文香さんとやらの前でもそのカンジでな。」


響さんが平気な顔でそう言うので、私はちょっと悔しくなった。





「じゃ、芽衣、座ろうか。」


「ハイ。」


私と響さんは、窓際の一番奥の席に座った。


すぐにウエイトレスの女性が、お水とおしぼりを持ってきてくれた。


「三好さんって響さんのご友人なんですね。」


私は水を一口飲んでから、そう言った。


「ああ。高校時代からの付き合いでね。同じ剣道部だったんだ。俺が主将でアイツが副主将。数えきれないくらい喧嘩もしたけど、今では一番の親友かな。」


「へえ。そういうの素敵。」


「三好はパティシエになってしばらくは都心のレストランで勤めていたんだけど、子供が喘息気味だっていうんで、空気が綺麗なこの土地で店を開いたんだ。それからは俺も年に2回くらいは顔を出すようにしてる。」


「いいなぁ。男の友情って。」


「そんな大層なモンじゃねえけどな。そんなことより」


響さんはショーケースの方へ目を向けた。


「ここのスイーツは全部野菜で作られてるんだ。」


「ハイ。ヘルシーですね。」


「そしてカロリーは普通のケーキの3分の1しかない。だから芽衣、今日は思う存分スイーツを食えばいい。今まで大好物の甘いものを我慢してきたんだろ?」


「え・・・?」


「ダイエットもいいけど、たまには甘いモンも食わないと、ストレスでリバウンドするぞ。」


「・・・はい!ありがとうございます。」


響さんは私の為に、わざわざこんな遠くまで連れて来てくれたんだ。


そう思うと、心の中が温かい何かで満たされた。


「じゃあ、選びにいこうか。」


私は響さんの後ろに付いてショーケースの前に移動した。


どれもこれも美味しそうで目移りしてしまう。


なかなか決められない私に、響さんは「ゆっくり決めればいいから。」と言い残し、自分はコーヒーゼリーだけをオーダーして席へ戻って行った。


散々迷ったあげく「ホウレン草とかぼちゃのシフォンケーキ」「トマトのフロマージュ」「にんじんのムース」を頼むことにした。


飲み物はフレッシュなイチゴジュース。


ウキウキな気分で席へ戻ると、響さんは厳しい表情でスマホ画面に目を向けていた。


響さんは時々そういう顔をする。


その瞬間、私が知らない響さんの世界があるのだ、ということを思い知らされる。


私に気付いた響さんはすぐにスマホから視線を外し、柔らかい顔をしてみせた。


「実はウチの父も洋食屋をやっていたんです。」


私の言葉に響さんが耳を傾けた。


「私と弟が小さい頃から店をやっていたので、毎日忙しくてなかなか遊んでもらえなくて淋しくて。運動会も見に来たことなかったんじゃないかな。でも初めて父の店でカレーライスを食べて、その美味しさに世界観が変わってしまうくらい驚いたんです。ああ、ウチのお父さんはこんなに美味しいモノを作ってお客様に食べてもらっているんだなって。」


「・・・・・・。」


「それからは父を見る目が変わりました。そして美味しいものって人を幸せにするんだなってことも学びました。だから私は食べることが大好きで・・・。でも私も一応女子の端くれだから痩せて綺麗になりたいんです。男の人からみたらダイエットなんて馬鹿らしいって思うかもしれないけど・・・。」


「それでいいんじゃない?」


頬杖をした響さんが私を見て、にっこりと笑った。


「美味いモン食って体重が増えたら運動すればいい。しつこいようだけど、俺は芽衣は全然太ってないと思う。けど目標に向かって頑張る芽衣は一生懸命で可愛いと思うよ。」


「か、可愛いとか、あんまり軽々しく言わない方がいいと思いますよ?勘違いします。」


「勘違いしてもいいよ。」


「え・・・?」


そのとき、ウエイトレスが私の前に、三つのスイーツとイチゴのフレッシュジュースを並べた。


どれもこれも美味しそうで、思わずため息が出た。


「お客様、ご注文の品は以上でよろしかったですか?」


ウエイトレスの言葉に私は大きく「はい!」と返事をした。


「さ。食いな。」


「はい!いただきます!」


私は手始めにホウレン草とかぼちゃのシフォンケーキをフォークに刺して、口に入れた。


思ったよりしっとりとしていて、かぼちゃの甘さがほどよく口の中で溶けた。




「んっ。美味しーー!!」




響さんはまたもや忍び笑いをしている。


でもそんなことを気にしていられない。


私はあっという間にシフォンケーキを食べ終わり、トマトのフロマージュに食を進めた。


トマトの味が効いているのに嫌な酸味は消されていて、フロマージュの濃厚な甘みが上手くマッチされていた。


にんじんのムースも甘くてそれでいてさっぱりしていてとても美味しい。


私はあっという間に、3つのスイーツを平らげてしまった。


「美味かった?」


響さんが優しい笑顔で私にそう問いかけた。


「はい!すっごく美味しかったです!」


すると響さんは心底ホッとした表情で息を吐いた。


「・・・良かった。こんな遠くまで連れ出して、芽衣の口に合わなかったらどうしようかと思ってた。」


「そんな・・・。」


「本当に美味かった?芽衣は優しいから嘘ついても美味しいって言いそうだし。」


「美味しくなかったら、こんなに早く完食しません。本当に美味しかったです。響さん、今日ここに連れて来てくれてありがとうございました。」


私がそう言って頭を下げると、響さんも「いいえ。どういたしまして。」と嬉しそうに笑った。



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