第7話 デートに誘われました。

「それでは今日も自分のペースで無理なく身体を動かしていきましょ~!」


鏡張りのスタジオの正面で蛍光ピンクのブラトップを着たスタイル抜群の女性インストラクターがそう声を張り上げた。


私もヨガマットの上で呼吸を整える。


「足の裏全体で大地をしっかり踏みしめて~」


「背筋を伸ばし肩の力を抜いて~」


「ゆっくり鼻呼吸をしましょ~」


スー、ハー、スー、ハー。


「腕は天井に伸ばして~」


「股関節は柔らかく~」


スー、ハー、スー、ハー。


私はインストラクターの指示通りに、猫のポーズをとったり、英雄のポーズをとったり、三角のポーズをとったりした。


激しい動きは一切ないけれど、じんわりと汗が出ていい運動になる。


それに身体の隅々がしなやかになっていくようで、このヨガのクラスは私のお気に入りになっていた。


今日もつつがなくヨガのクラスを終えスタジオを出ると、響さんが私に「よお」と声を掛けた。


「お疲れ。」


「お疲れ様です。」


響さんの額にも汗が光っている。


きっと激しい筋トレを終えたばかりなのだろう。


「芽衣、大分身体が柔らかくなってきたんじゃない?」


「そうかも。」


「立木のポーズでもよろけずに綺麗にバランス保ってたし。」


「ぎゃっ!見てたんですか!」


「ああ。しっかりと。」


「恥ずかしいから見ないでください!」


「はははっ」


たしかにここのスタジオはガラス張りだから、見られてもおかしくないのだけれど。


「今日もメシ行くか?」


「はい。」


「じゃあ、いつものところでな。」


「はい。じゃあ、あとで。」


響さんはタオルで汗を拭きながら私に軽く手を振ると、トレーニングルームを出て行った。


するとそれを見計らったように、派手なヒョウ柄のスパッツを履いた、常連の中年女性である晴山ハレヤマさんが私に話しかけた。


「アンタ、最近、あの男前と仲良しだわね。」


「はい。お友達になりまして。」


「友達ィ?そうは見えないけど。あれはきっとアンタの事狙ってるね。」


「まさか。だって友達になって欲しいって言われたんですよ?」


「アンタ、馬鹿だねえ。そんなの口実に決まってるだろ?男ってのは臆病な生き物なんだよ。徐々に近づいて、頃合いを見計らってパクっと食っちまうって手法なのさ。」


「食われませんってば。私、美味しくありませんから。」


「そんなことないさ。アンタはボインちゃんだし。」


晴山さんは私の胸の辺りをしばらくじっとみつめた。


「あはは。晴山さん、ボインちゃんって死語ですよ?」


「じゃあ今どきの言葉で言うけど、あの男は絶対におっぱい星人だね。」


「・・・・・・。」


突然変なことを言わないで欲しい。


響さんは私を妹みたいに思っているんだから。


きっと女としては見られていないんだから。


「ま、それはそれとして。」


晴山さんは急に小声になり、私の耳元で内緒話をするように話し出した。


「あの男には気を付けた方がいいかもね。」


「え?なんでですか?」


怪訝な顔をする私に、晴山さんはさらに小声で言った。


「ここだけの話だけどさ。」


「はい。」


「あの男、反社かもしれないよ?」


「反社?」


「ヤクザものってことだよ。」


「ええー?まさか!ひび・・・澤乃井さんは紳士だし、指だってちゃんと5本づつありますよ?」


「私は聞いちゃったんだよ。あの男がスマホで通話しているところをさ。あの男、何を話していたかと思えば、覚醒剤がどうだとか、あの野郎首を洗って待ってろだとか。ああ、怖ろしい。」


「・・・・・・。」


「ま、気を付けな。」


晴山さんは言いたいことだけを言うと、私の背中をばしんっと強く叩き、再び筋トレマシンへ戻っていった。


「痛っ!あのオバサン、力加減ってものを知らないんだから。」


中年女性と言ってもフィットネスクラブで鍛えている人なわけで、その腕力は半端ない。


それにしても響さん、晴山さんからかなり危ない存在として認識されているらしい。


晴山さんはフィットネスクラブ内での知り合いも多そうだし、そんな噂を流されるなんて響さんが可哀想だ。


でも私はそんなこと気にしない。


たとえ響さんが反社だろうがヤクザだろうが、大切な私の友達だもの。





「とりあえず、俺とデートしてみない?」


「へ?」


響さんに突然そう言われ、私はうろたえてしまった。


今夜は珍しくお洒落な洋風居酒屋の個室で、キッシュやらスパニッシュオムレツやらをつまみながら、響さんとの夕食を楽しんでいたところだった。


こんな狭い空間でふたりっきりの時にそんなことを言われたら、口説かれているのでは?と勘違いしてしまうではないか。


「デ、デート?」


「ほら、芽衣が勇吾君の彼女と会うのに俺も付き合うって言ったろ?カレカノのフリをするなら、それっぽく見えるように練習しといた方がいいんじゃないかと思ってさ。」


あの後、勇吾君から連絡が来て、文香さんと会うのは来月の初めの土曜日に決まったのだった。


「でもお忙しいのに、そこまでしてもらうわけには・・・。」


「俺、芽衣を連れて行きたいところがあるんだけど、どう?」


「連れていきたいところ?」


「今度の日曜日の予定は?」


「大丈夫・・・ですけど」


「じゃあ決まりな。俺、車出すから。」


「はい。」


「・・・そうそう。ダイエットの成果は?」


「ええと、2キロ痩せました。」


「おっ。頑張ったじゃん。目標体重まであと何キロ?」


「あと3キロです。」


「そうか。頑張れよ。」


響さんはそう言って目を細めると、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。


でも私はダイエットの話より、デートのことで頭が一杯だった。


・・・響さんてやっぱり大人だな。


サラッと誘って、すぐに他の話題に移れるなんて。


私ばっかりドキドキして馬鹿みたい。


それからの私は、何の話をしていても、胸の高鳴りが抑えられなかった。





「ねえ順~。どれがいいと思う?」


「なんだよ。さっきからうるさいな。」


私はそう言って顔をしかめる順を自分の部屋に引っ張り込み、ベッドの上に並べた3パターンの洋服を見せた。


ひとつは水色のパステルカラーの可愛いワンピース。


ひとつはダボっとしたTシャツにデニムのスカート。


ひとつは濃いパープルのVネックニットシャツに千鳥柄のロングスカート。


「可愛い系がいいかなぁ。それともスポーティで中性的な感じがいい?大人っぽいスタイルもアリかも・・・。順はどう思う?」


「・・・芽衣ちゃん。そもそも僕、何にも聞いてないんだけど。」


「え?何が?」


「まず・・・誰とデートするのさ。僕の知ってる人?いつもの勇吾君?」


「えーと。順の知らない人だよ。フィットネスクラブで知り合ったの。」


「なんて名前?」


「澤乃井響さん。」


「年齢は?」


「私より7歳上って言ってたから30歳・・・かな?」


「ええ?7歳も年上なの?オヤジじゃん!」


「でも全然オヤジっぽくない人だよ?むしろ格好いいっていうか・・・」


「仕事は?何してる人?ちゃんとしてる人なの?」


えっと仕事・・・何て言ってたっけ?・・・晴山さんの話だとアブナイ系の人かも?


「うーん。よくわからない。」


私が適当にそう言うと、順は目を吊り上げた。


「ロクに素性もわからない人とデートに行くなんて危ないよ!僕は反対だからね!」


「大丈夫だって。いい人だから。」


「芽衣ちゃんは隙が多いから心配なんだよ。」


「もう~。シスコンもいい加減にしなよぉ?」


私は順の腰に抱きついた。


「おいっ!芽衣ちゃんの方がブラコンだろ!やめろっ!」


「じゃあ、アドバイス頂戴よ。」


順の腰から手を離した私は、そう言って順を横目で見た。


「・・・デートってどこへ行くの?遊園地に行くなら動きやすい服の方がいいし、お洒落なバーへ行くなら大人っぽい服の方がいいし・・・。」


「どこへ行くのが教えてもらってない。」


響さんは連れて行きたいところがあるって言っただけだった。


「じゃあ、知らない。芽衣ちゃんが自分で考えな。」


順は冷たくそう言い放つと、自分の部屋へ帰ってしまった。


順の言う通りだ。


TPOはわきまえなければならないよね。


私は3パターンの洋服を眺めながら、うーんとつぶやき、頭を悩ませた。




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