第6話 ボーイフレンドの彼女に会うことになりました。

「え?今、何て?」


土曜日の昼下がり、私は勇吾君とコーヒーショップのオープンテラスでランチを食べていた。


勇吾君から早速「相談したいことがある」と呼び出されたのだ。


ランチ代を奢ってくれるなら、という条件付きで、渋々ここまでやって来た。


「だからぁ。文香さんがメイメイに会いたいって言うんだよ。」


「ええ?やだよ。」


私はそう即答した。


「なんで私が勇吾君の彼女と会わなきゃならないの?意味がわかんない。」


私はそう口を尖らせると、アイスコーヒーをストローでズズズッと啜った。


「大体、なんで文香さんが私のことを知っているの?」


「それは俺がメイメイのことを文香さんに話したから・・・」


「私、あれほど忠告したよね?彼女に私と会うことを話さない方がいいよって言ったよね?」


「メイメイと会ってることは話してないよ。ただ、たまにメイメイのことを話題に出すってだけで。」


「私のどんなことを話題に出してるの?」


「メイメイと一緒に観た映画の話とか、メイメイが好きな漫画の話とか。」


「だからどうしてそんな話題になるの?!」


「・・・・・・。」


勇吾君の話を要約するとこうだ。


晴れて文香さんと付き合うことになったはいいけれど、勇吾君は年上の女性とどんなことを話したらいいのかさっぱりわからない。


そこで女性が好きそうな話をしようと、私が好きな漫画や映画の話をしたそうだ。


すると文香さんにどうしてそんな女子が好きな漫画を知っているの?と問い詰められ、ついつい私の名前を出したらしい。


それを聞いた文香さんは勇吾君の女友達である私に興味を持ったのか、それとも敵対心からなのか、私に会いたいと言い出したのだそうだ。


「メイメイ、頼むよ。文香さんって意外と頑固でさ。言い出したら最後、絶対に引かないんだ。」


「知らないよ、そんなの。」


きっと文香さんは勇吾君の一番近くにいる異性である私がどんな女なのかを見定めたいんだ。


自分が勇吾君の彼女だとマウントを取りたいんだ。


そして文香さんは私を見て、勝ち誇った顔をするんだ。


どうして私がそんな惨めな目に遭わなければならないの?


「メイメイ、お願い!」


さっきから勇吾君は同じ言葉を、何回も繰り返して頭を下げ続けている。


私はひとつ大きなため息をついたあと、仕方なく言った。


「・・・わかった。会うよ。文香さんに。」


そんな私の言葉を待ち受けていたかのように、勇吾君の顔はぱあっと明るくなった。


「ありがとう!メイメイ。恩に着る。」


「文香さんに勇吾君の悪口、いっぱい言っちゃうからね。」


「いいよいいよ。どんどん言ってくれ。」


こうして私は勇吾君の彼女である文香さんに会う事を、約束させられたのである。





「・・・というわけなんれすよぉ。」


フィットネスクラブ終わり、私は澤乃井さんと夕食を共にしていた。


今日はお刺身が美味しい海鮮居酒屋での食事。


澤乃井さんとの食事は、これでもう5回目だ。


澤乃井さんは安くて美味しい居酒屋を沢山知っていて、毎回違うお店に連れていってくれる。


効率の良い脂肪の落とし方や空腹にならないヘルシーな食べ物に詳しくて、私のダイエットにとても有益な話をしてくれたりもする。


澤乃井さんは職場の使えない後輩の愚痴も冗談まじりによくぼやいている。


先日も後輩A君に、残業をする同僚達の為に栄養ドリンクを買ってくるようにと頼んだら、そのお金を全部使って高級すっぽんドリンクをたった3本しか買ってこなかったので、頭を引っ叩いたそうだ。


私はその話を聞いて、お腹が痛くなるほど笑ってしまった。


そして私が、今若い女子に人気なスイーツや流行の動画を教えてあげると、澤乃井さんは興味深そうに私の話を熱心に聞いて頷いてくれるのだった。


今夜、私は久しぶりに少しのアルコールならいいかと気を緩めてカルピスサワーを飲んでしまったせいか、いつもより酔ってしまっていた。


「・・・それで、そのお客さんがどうしても電子レンジが動かないって言い張るから、私ダメ元で言ってみたんれす。お客様、コンセントにプラグは差し込まれてますか?って。そしたら、あらぁ、これが原因だったのね~って。もう、そこから~?って感じれした。」


「ははっ。それはだるいわ。」


澤乃井さんは私の職場での愚痴を、笑いながら聞いてくれていた。


「芽衣、飲み過ぎ。」


「久々のアルコールなんれす。」


「でも、酔っている芽衣も可愛い。」


「・・・澤乃井さん、そうやって何人の女の子を口説いてきたんれすか?」


「口説いてないよ。可愛いなんて芽衣にしか言ってない。」


そんな甘い言葉を耳元で囁かれ、私の胸がドキドキと高鳴る。


「友達になって」なんて言ったくせに・・・自分はトクベツなのかもって自惚れてしまうよ。


「・・・そんなの嘘れす。」


「本当だって。」


私は蕩けそうな気持ちを隠すために、陽気な声で話題を変えた。


「・・・・・・そういえばこの前、友達の勇吾君に・・・・・・」


酔った勢いでついつい口が滑ってしまい、勇吾君からの頼まれごとについて、澤乃井さんに打ち明けてしまった。


澤乃井さんは少し不機嫌そうな顔をしながら、黙って私の話を聞いていた。


そして私が話し終わると、開口一番に言った


「なんかその勇吾ってヤツ、情けねえ男だな。」


「・・・え?」


「そんなの彼女にビシッと言ってやればいいだけの話だろ。俺の交友関係に口出しすんなって。」


「それはそうなんですけど・・・。」


そう相槌を打ちながらも、私は何故だか自分が叱られたような気持ちになり、一瞬で酔いが醒めた。


「・・・でも勇吾君は優しいから、彼女にキツく言えないんじゃないかな。」


「そんなのは優しさなんかじゃない。ただの優柔不断だろ?いくら彼女に頼まれたからって芽衣に負担をかけさせようとするなんて、俺は許せないな。」


澤乃井さんの私を思いやる言葉が嬉しかった。


「・・・でも、勇吾君とは長い付き合いなので、助けてあげたいって気持ちもあるんです。」


すると澤乃井さんは核心をついた質問を私に投げかけた。


「芽衣は、その勇吾って男が好きなの?」


「えっ?」


私は思ってもみなかった言葉に、うろたえてしまった。


でも嘘はつきたくなかったので、本当のことを白状した。


「・・・もしかしたら好きだったのかもしれません。文香さんのことを聞いてショックだったのは事実です。あ、でも今はもう全然・・・なんですけど。」


「そっか。」


澤乃井さんは腕を組んで少し考え込んだあと、隣に座る私の顔を覗き込んだ。


「俺が付いていってやるよ。」


「・・・え?・・・それはどういう・・・?」


「だから、俺が彼氏のフリをして君に付いていくってこと。」


「彼氏の・・・フリ?」


「ああ。芽衣に男がいれば、勇吾君の彼女だって、勇吾君と芽衣の仲を邪推する必要がなくなるだろ?」


「あっ・・・なるほど。でも・・・澤乃井さんにそんなくだらないこと頼むの申し訳ないです。」


私がそう言って両手を振ると、澤乃井さんはその手をギュッと掴んだ。


「くだらなくなんかない。俺なら芽衣に少しでも嫌な思いをさせたくないって思う。」


「・・・あ、ありがとうございます。」


私は思いがけない澤乃井さんの熱量のある言葉を浴びて、頬が赤くなった。


「それと、芽衣にお願いがあるんだけど。」


澤乃井さんが私の手を握りしめたまま、私の目を見た。


「はい。」


「俺のこと、ヒビキって呼んで。」


「え・・・?でも」


「勇吾君のお願いは聞いて、俺のお願いは聞いてくれないの?」


澤乃井さんが眩しいものを見るような瞳で、私をじっとみつめた。


そんな顔でそんなこと言うなんてずるい。


そんなの・・・断れるわけないよ。


「わかりました。響さん。」


私がそう言って微笑むと、響さんも嬉しそうにやっと笑った。

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