第2話 ボーイフレンドに彼女ができました。

その日の勇吾君との待ち合わせ場所は、駅前のファーストフード店だった。


注文してからメニューを作り始めるその店は、私と勇吾君のお気に入りだ。


同い年の清水勇吾シミズユウゴ君とは高校生の時に、たまたま同じスーパーでアルバイトをしたことがきっかけで仲良くなり、気付けばもう5年越しの付き合いになる。


定期的に連絡を取り合っては一緒に飲みに行って会社の愚痴を言ったり、くだらない話をすることが出来る、私にとっては貴重な異性の友達、大切なボーイフレンドだ。


典型的な犬顔で、爽やかな笑顔が母性本能をくすぐるタイプ。


勇吾君の底抜けに明るくて裏表のない性格が好きだったし、今もその気持ちは変わらない。


それが友人としてなのか、異性としてなのかははっきりと意識していなかったけれど。


ただ一緒にいるとすごく気楽で、もしかしてこの長い人生を勇吾君とずっと一緒にいることになるかもしれない、などと楽観的に考えていた。


「メイメイ。この前のキングオブ☆漫才、観た?」


「観た観た!めっちゃ面白かったよね!」


「俺、あの優勝したコンビ好きなんだよ。ネタがシュールでさあ。」


「私は3位のネタが好きだな。あれは名人芸の域に達してるね。」


「あれ、メイメイ、前髪切った?」


「うん。少し切り過ぎちゃったんだけど。」


「全然。いいカンジだと思うよ。」


「良かったぁ。」


私と勇吾君はトマトが挟まったハンバーガーをムシャムシャと食べながら、しばらくお互いの近況を報告し合った。


話がしばし途切れた時に、勇吾君は突然スマホに写ったある女性の写真を私に見せた。


長い髪の毛先をカールさせ、赤いルージュが似合う、大人っぽい女性だった。


「誰?この人。」


私が聞くと、勇吾君はにやにやと嬉しそうに口元を緩めた。


「それ聞く?聞いちゃう?」


勇吾君はいつもの少し掠れた声でおどけてみせた。


「この人は俺の会社の取引先の担当さんの知り合い。綺麗だろ?」


「うん。綺麗な人だね。」


私はこの後に勇吾君から聞かされる言葉を予想し、心でため息をついた。


また勇吾君の片想いが始まったか・・・。


勇吾君は猪突猛進でちょっといいなと思ったら、なんのアプローチもせずにすぐに告白してしまう。


しかし勇吾君のことを何も知らない相手の女性は、何も知らない男の告白に呆れ果て、そして勇吾君はあっけなくフラれる。


その繰り返しを私は何回見せられてきたのだろう。


そしてフラれてやけ酒につき合うのはいつも私の役目なのだ。


「今度はその人に告白するの?」


私は呆れた顔で勇吾君を見ながらフライドポテトをつまんだ。


「いや。もう告白した。」


「え?」


「なんと!オッケーを貰いました!!」


「へ、へえ・・・。」


私は内心の動揺を悟られないように笑顔を作ると、いつもより少し高い声で勇吾君にエールを送った。


「やったじゃん!良かったね。」


「ああ。ありがとう、友よ!」


「何て人?」


私の問いに、勇吾君は無邪気な笑顔で話し始めた。


「彼女、山口文香ヤマグチフミカさんって言うんだ。俺よりふたつ年上で、仕事が出来るキャリアウーマン。でも優しくて気遣いが出来て本当にいい女なんだ。俺が告白したときも、私も清水さんの事可愛くて気になってましたって言ってくれて。ひゃっほーってカンジ?」


勇吾君は浮かれてそう言ったあと、フライドポテトを5本まとめて掴み、口の中へ詰め込んだ。


私だってそんな馬鹿っぽい仕草をする勇吾君を、ずっと可愛いと思っていたのに。


「それにさ、文香さんって」


「なあに?まだ惚気る気?」


私がやれやれと言った顔で答えると、勇吾君はスマホ画面をスライドして文香さんの全身が写った写真を見せつけてきた。


文香さんは身体にフィットした黒いワンピースを綺麗に着こなしていた。


そのくびれた細い腰、スカートの裾から伸びた形の良い足、まるでモデルのように完璧なスタイル・・・。


女の私から見ても、その姿はうっとりしてしまうくらい色っぽかった。


「どう?めちゃくちゃスタイルいいだろ?」


「そうだね。素敵。」


「こんな素晴らしい女性が俺の彼女になってくれたんだぜ?これぞ青天の霹靂ってやつだよ。な?メイメイもそう思うだろ?」


「はいはい。おめでとう。」


「なんだよ。本当にちゃんと喜んでくれてる?」


「喜んでるって!お祝いに、ここのお勘定、奢ってあげる。」


「サンキュー!!」


嬉しそうな勇吾君を尻目に、私は勇吾くんに置いてけぼりにされたようで淋しくなった。


でもどう考えても私に勝ち目はなかった。


顔の美しさもスタイルの良さも・・・そしてきっと性格も良いオトナな女性で、きっと少年のような勇吾君を優しく包み込むのだろう。


「私も痩せてスタイルが良くなったら、素敵な男性と恋でも出来るのかなぁ?」


私が何気なくそう言うと、勇吾君が急に真面目な顔をした。


「メイメイはそのままでいいよ。スタイルなんて関係ない。お前はいい女だ。うん。俺が保証する。」


「・・・・・・。」


それならどうして私を選んでくれなかったの?


そんな言葉を飲み込み、私はストローでオレンジジュースを吸い込むと、何てことないような素振りで言った。


「それじゃあさ。こうやって私と会うのも控えなきゃね。」


「え?なんでだよ。」


勇吾君が黒目がちの丸い瞳を大きく見開いた。


「当たり前でしょ?彼氏が自分以外の女性とふたりきりで会ってることを文香さんが知ったら、嫌な気持ちになるに決まってるじゃない?」


「考えすぎだよ。俺とメイメイは友達じゃん。ていうか親友だろ?俺はメイメイに何でも話してきたし、メイメイだってそうだろ?疚しいことなんてなにもしてないんだし。たまにメシ食うぐらいいいじゃん。」


「駄目だよ。私が彼女の立場だったら嫌だもん。」


「文香さんのことだってメイメイに相談したいんだよ。女の気持ちは女が一番よく判るだろ?いや、それ以上にメイメイと会えなくなるなんて嫌だ。これからも俺と会ってくれよ。なっ!お願い!!」


そう胸に手を合わせて頭を下げる勇吾君に、こんなにも頼まれたら断れるわけがなかった。


「判ったから!たまになら会ってもいいよ。だから頭上げて?ね?」


これから勇吾君に文香さんとのあれやこれやを聞かされる羽目になるのか・・・。


でも友達なら、勇吾君の幸せを祝福してあげなきゃだよね。


私は自らの小さくしぼんだ心を見ないふりをして、勇吾君の恋の応援団長になったのだった。



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