ダイエット中だけど甘い恋を食べてもいいですか?

ふちたきなこ

第1話 ダイエットを決意しました。

「ふんふふふふー ふふふふふーふふ♪」


あいみょんのヒット曲を鼻歌で歌いながら、お鍋の中でグツグツと煮えるホワイトシチューをゆっくりとお玉でかき混ぜる。


すると白くてとろみのあるシチューの合間から、ニンジンやジャガイモの欠片が顔を出した。


小皿に少しだけシチューとジャガイモを掬って、味見をする。


ジャガイモはほろりと口の中で柔らかく崩れ、シチューの味もまろやかに仕上がった。


うん。夏でもホワイトシチューはやっぱり美味しいな。


私は皿に二人分のシチューを取り分け、ダイニングテーブルに並べた。


冷蔵庫から先に作っておいたアボカドサラダを取り出し、それもホワイトシチューの皿の横に置く。


「順。ご飯出来たよー。」


私はリビングのソファーでスマホのアプリでゲームに興じる、3歳年下の弟に声を掛けた。


いつもはだらだらとゲームを中断せずにいるのだけれど、今日はお腹が空いていたのか、すぐにダイニングテーブルの椅子に着席した。


順のアーモンドの形をした茶色い瞳が、テーブルの上に並ぶ料理を捉えた。



いつも思うことだけれど、我が弟ながら、なかなか整った顔をしている。


「おっ。美味そう!芽衣ちゃんの手作り?」


「うん。市販のルーを使わず、小麦粉とバターと牛乳で作ったんだよ。心してお食べ。」


私は順の茶碗に大盛りの白飯をよそって手渡し、自分の分もよそうと、椅子に座った。


「いただきます!」


ふたりで声を合わせて挨拶をすると、早速食事を始めた。


順は食べ盛りの20歳、沢山食べて貰わなきゃ。


私は麦茶で喉を潤したあと、スプーンでホワイトシチューを掬い、口の中へ入れた。



「んっおいしーー!!」



食べるのが大好きな私は、毎日のようにこの言葉を唱え、そして食べ物を咀嚼する。


しかし順は白飯を箸で口に運ぶ手を止めて、私がもう一品用意したおかずをじっと眺めた。


「芽衣ちゃんさあ」


「ん?」


「どうしてここに唐揚げがあるわけ?」


テーブルの中央にはこんがりと揚げたての唐揚げが、山のように皿に盛りつけてあった。


「え?順、ニンニク味の唐揚げ、嫌いだったっけ?」


私が不思議そうな顔をすると、順は大きくため息をついた。


「そうじゃなくて!シチューも唐揚げも主菜でしょ?そんなに食べきれないよ。」


「なに言ってるの。若い男子が。これくらいぺろりと食べなきゃ。」


私は油でテカった唐揚げを箸で挟むと、その肉の塊にかぶりついた。


「バターがたっぷり入ったシチューと油ギッシュな唐揚げのコンボ。見てるだけで腹がもたれる・・・。」


元々胃下垂でいくら食べても太らない順だけど、最近は体型を気にしているのか、昔ほど食べなくなってしまった。


私は順の猫っ毛な黒髪の頭を人差し指で突いた。


「文句言うなら無理に食べなくてもいいよ?明日の私のお弁当のおかずにするから。」


「ええ?夕飯に唐揚げ食べて、次の日の弁当も唐揚げ食うわけ?」


順がげんなりとした顔を見せた。


そんな順の様子など気にもとめず、私はスマホから母のLINEアカウントを開いた。


「昨日、お母さんからラインが来たの。なんだかんだで上手くやってるみたい。」


「ふーん。どれどれ?」


順がスマホ画面を覗き込んだ。


そこには父と母が農作物に囲まれて、満面の笑みを浮かべている写真が映し出されていた。


「うわっ。茄子がいっぱい!」


「お父さんとお母さん、もうすっかり土地になじんでるね。」


「今度遊びにおいで、だって。」


「わー行きたい!」


父は祖父から引き継いだ洋食屋を35年間経営していた。


美味しいカレーを食べさせてくれる店として度々雑誌やテレビ番組でも取り上げられるほどの人気店だったのに、ある程度のお金が貯まったといって、一昨年の春に常連客に惜しまれながら店を閉めてしまった。


そして父が選んだ第二の人生とは、母と一緒に自然の豊かな土地で野菜を作り、田舎住まいをするというものだった。


都会で生まれ育った両親にそんな暮らしが出来るのか、私達姉弟は心配だったけれど、たった一回きりの人生だし、そんなに言うなら挑戦してみれば?と四国の暖かい土地へと送り出した。


最初こそ苦労したようだったけれど、一年も経つと軌道に乗って、土地の人達にも仲良くしてもらっているとのことだった。


両親は私達の元へ、とれたて野菜や土地の特産物などをしょっちゅう送ってきてくれる。


その野菜を使って作る料理は、また格別なのだ。


けれど私や順が両親と一緒に田舎へ行く、という選択肢はなかった。


順は第一志望で受かった大学を辞めることなんて出来っこなかったし、私もせっかく就職できた会社をそう簡単に辞めるわけにはいかなかったのだ。


だから今現在、家族4人で暮らしていた4LDKのマンションに、残された私こと久保田芽衣クボタメイとその弟久保田順クボタジュンはふたりで暮らしているのだった。





夕飯が終わり後片付けを済ませると、私はコンビニで買ってきておいたフラッペを冷凍庫から取り出した。


新商品の「焦がしキャラメルバナナ味」である。


凍ったフラッペをレンジでチンして溶かし、ストローでその甘い氷菓を口へ吸いこむ。


私は順が座るソファの隣で、今日二回目の至福の声を上げた。




「うーん。おいしーー!!」




私の声を聞いた順が、ギョッとした顔で私を二度見した。


「芽衣ちゃんって、美味しいもの食べると、すごくテンション高いよね。」


「だって美味しいものは私の元気の源だもん。」


「それにしても・・・夕飯あんだけ食ったのに、フラッペまで・・・。まだお腹一杯にならないの?」


「だって甘い物は別腹だよ?」


私はストローでフラッペをかき回し、またもやズズズッと吸い込んだ。


そんな私を順は呆れた顔でみつめた後、またもやハアッとため息をつき、それから意を決したように大真面目な声を出した。


「芽衣ちゃん、言いにくいけどハッキリ言うよ。」


「・・・なに?」


「芽衣ちゃん、太ったんじゃない?」


「え?」


「最近、芽衣ちゃんの顔、丸くなったよ?心なしかウエストのくびれも無くなってきてるし。」


「・・・ええ?順ってば、冗談キツイなあ。もう!」


私は頭をかきかき、笑ってごまかそうとした。


しかし順は冷静な声で、私に問いかけた。


「毎日、体重チェックしてる?」


「・・・してないです。」


「ちゃんと確かめた方がいいよ。」


「・・・ハイ。」


言いたいことだけ言うと、順は「じゃ、僕、仕上げなきゃならないレポートがあるから。」と自分の部屋へ帰っていってしまった。


・・・たしかに最近、タイトスカートのホックがちょっとキツイなあとは思っていた。


でも・・・私、そんなに丸くなった?


私はお風呂に入ったあと、裸のまま恐る恐る体重計に乗ってみた。


デジタル体重計が私の体重を正確に数字としてはじき出した。




「えええーー!」




私は頭を抱えて体重計の上にしゃがみこんだ。


う、うそでしょ。


私のこれまでの人生の最高体重を更新してしまっている!!


でもでも・・・もしかして何かの間違いかもしれない。


今度はそおっと体重計に乗ってみた。




「いやあ!」




なぜか500グラム増えてしまった。


「ど、ど、どうしよう・・・。」


どうしようもこうしようも、これから自分がなすべきことは、誰に言われずともわかっていた。


「・・・ダイエットしなきゃ・・・。」


私は壁に片手をついて項垂れながら、そうつぶやいた。



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