あなたの呼び名はなんですか 【KAC2023】

佐藤哲太

あなたの呼び名はなんですか 【KAC20235】

 マァッチョ〜なの〜スリ〜ムなの〜どっちが好きなの〜〜〜?


 

 おっと失礼。

 これはある種、究極の選択。

 俺が好きかどうか、という話ではない。

 これは主に女性から男性に対しての問いである。

 そして往々にして偏見込みで私見を述べさせていただけば、99%の女性はこの問いを聞かれた際、普遍的な答えを持ち合わせていない。

 個人の嗜好なのだから、当然その時々の状況に寄るのだろうということは、容易く推測できることなのだが。


 話を変えよう。

 俺こと鈴木誠、高校2年生、身長172センチ、体重52キロ、A型、右利きには、彼女がいる。

 俺にとっての人生初彼女で、学校では昨年に続き今年も同じクラス。校内でも割と知られた恋人同士だという自負はある。

 彼女との馴れ初めは、出席番号がかなり近かったことから、席が前後だったことから始まる。

 彼女の名前は鈴木愛美。

 ローマ字表記ならSuzuki Maまで俺と同じという、そりゃもう前後に決まってるだろという感じである。

 彼女は、最初は正直うざかった。

 何か事あるごとに俺の背中をつつき、どうでもいいことを聞いてくるから。

 やれ今日の占いは何位だったとか、今日は登校中に何匹の犬を見たとか、なぜうちのクラスの時間割は国語の次が英語率が高いのかとか、俺に答えられないようなことまで、高一の時は色々聞かれたものだ。

 だが、ある日なんでそんなに色々聞いてくるのかと尋ねたところ、さらっと「君に興味があるから」と言われ、俺の中のドキのムネムネが……じゃなくて、胸のドキドキが始まった。

 いや、まぁなんせ高校に入って割と序盤に、彼女いない歴=人生の俺にそんな展開がやってきたのだからね、そこから愛美のことが気になりだしたのは、必然だったと言えるだろう。


 そして相手への興味は高まっていき、元からそこそこ可愛いなと思っていた顔も、気になりだしてからは世界一可愛いのじゃないかと思うようになり、あっという間に俺は彼女に恋をしたのだ。

 身長148センチと小柄な体に、ちょっと眠そうな眼差しに、俺の手のひらよりちょっと大きい程度の小顔な輪郭に、小さめの鼻とちょっとアヒル口な唇に、右目の下の泣きぼくろ。

 いやぁ、マジで本当可愛いの限りがそこにあると、いつの間にか思い込んでいたんだよね。


 だから俺は、告白をした。

 ベタだが、夏休みに地元のお祭りに誘って、浴衣ではなく私服姿の彼女とデートをし、その日の帰る途中に、告白したのだ。

 「好きです。付き合ってください」、と。

 そこで返ってきたのは——


「私、マッチョよりスリムな人が好きなの。もう病的に、ガリガリな人。なってくれる?」


 との言葉。

 だが、もう彼女にゾッコンラブファイアーだった俺は、二つ返事で——


「余裕」


 と答え、そこから3ヶ月で、65キロだった体重を落としてやったのである。

 いやぁ、あの日々は大変だった。


 だが、そんな俺に彼女はいたくご満悦で、それはもう俺くん大好きってモードを炸裂させてくれた。

 それは二人の時だけじゃなく学校にいる時もだったので、俺と愛美カップルの知名度ったらね、学年を超えて学校中に広まったくらいである。


 え? どれくらい大好きモードかって?

 そりゃもう、とりあえず一緒にいる時はいつでもくっついてくるし、TPO関係なく俺のことは「すーちゃん」呼びだし、うちに泊まりにくることもざら、という具合である。


 だから言ってしまえば俺は、幸せだったのだ。


 だが、お気づきだろうか?

 今俺が「だった」と言ったことに。


 そう、今俺たちには危機が迫っている。

 いや、俺に危機が迫っているのだ。


 これは、GW突入前日の今日、愛美と俺との間に行われた会話である。


「すーちゃん」

「ん?」

「なんですーちゃん、そんなガリガリなの?」

「……は?」

「不健康すぎ。肉食ってる?」

「え、いや、あんまり……」

「ダメだよそれ。わたし、マッチョな人が好きなんだけど」

「……は?」

「マッチョ、筋肉、素敵よね。わたし小さいから、腕一本で持ち上げられたら惚れちゃうかも」

「え、いや、ちょ、え?」

「ということで、わたしガリガリな男なんか視界にいれたくないの。いつ死ぬのかドキドキするようなお付き合いはイヤ。別れましょ」

「いやいやいやいや! えっ!?」

「なに? 鈴木くんそんなに私に未練たらたらなの?」

「いや切り替え早!? 何それ、愛美の空間だけ数秒で数日進んだレベルの変化だよ!?」

「何そのツッコミ、言葉の裏もないスカスカなワードセンスね、鈴木さん」

「いや、だから、え!?」

「何? 出席番号が私の一つ前の方」

「いや……ああもう! 分かった! 分かったから! マッチョなるから、ちょっと待って!」

「では3ヶ月ということで」

「パンプアップってそんな簡単じゃない気がするけど、頑張ります」

「頑張ってね、鈴木さん」

「そこは鈴木さんなのね!?」




 と、いうことで、今に至る。


 ……結局マッチョとスリムは、どっちがいいのだろうか?

 いや、今の俺に選択の余地などない。


 ……鍛えるか、筋肉。







 後日談。


 数ヶ月のパンプアップにより、俺は見事な筋肉質に変貌を遂げた。

 そして無事に愛美の愛情を取り戻し、呼び方も「まーちょん」に変化した。

 

 ……まーちょん、まーちょん、まっちょん、まっちょ、マッチョ……


 え……。


 すーちゃん、すーちゃん、すーやん、すーやむ、すーりむ、スリム……?


 いや、まさかね。





 後日談の、後日談。


 マッチョになった、半年後、俺は同じ流れでスリム化命令をくだされた。

 そして俺は再び肉体改造を図り、見事なスリムボディを手に入れた。

 そして呼び方が「まっちん」に変わった。


 まっちん、まっちん、まっち、マッチ、マッチ棒……


 いや、まさかね。

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