ほんまかいな

夏空蝉丸

第1話

 春休み前の放課後、部室に行くと先輩がダンベルを持ち上げていた。理由はわからない。ここは体育会系の部活ではなく文芸部。しかも先輩は女性だ。


「柔よく剛を制す。知ってる?」


 ダンベルを上げ下ろししながら聞いてくる。が、本当に質問しているわけではない。俺が黙っていると、先輩は続けて質問を投げかけてくる。


「それがどうした? って思った? なら、この言葉は知ってる? 筋肉は全てを制す」


 何だそりゃ。聞いたこと無い。って反射的に口にしそうになるが、へそに力を入れて口を噤む。


「つまりね、小説は筋肉なの」


 でたー、先輩の理解できない三段論法。なにが『つまり』なのだ。何も詰まってなどいないぞ。


「既に亡くなられているかの有名な三沢さんも言ってるじゃない。筋肉はエルボーって」

「それを言うなら、三島由紀夫じゃないんですか? 病弱だと文章も弱々しくなるみたいなことを言って体を鍛えたんですよね」

「何にせよ小説を書くなら鍛える必要があるってこと。ひ弱だったり軟弱だったりでは長時間の執筆に耐えられないから」


 まあ、言わんとする所はわからなくもない。人間の集中力を持続させるためには体力が必要だ。その体力をつけるために筋肉が重要なことは言うまでもない。とは言え、先輩がやっていることは、あまりにも唐突であまりにも無計画すぎる。


「どうしてダンベルなんですか?」


 俺が質問すると先輩はやれやれ。というような表情をする。


「腕の筋肉を鍛えるのが優先だとなぜわからない。小説を書くために必要なのは脳でもあるが、手だ。字を書くのも手だし、キーボードを叩くのも手だ。足は第二の心臓とも言うが、足を鍛えたとて小説を書くことにそれほど効果があるとは思えないよな」


 それはそうだが……。俺は何か違和感があった。全てが誤魔化しのように感じて先輩に近づくと、テーブルの上に『二の腕ダイエット』と書かれた本が置かれていた。

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