サキュバスメイド誕生!

 ― ※ ―


(……ここは?)


 目を覚ましたテムガの目に写るのは、装飾が施されたベッドの天蓋てんがい


 部屋に残るほんのわずかな精の香が、さっきの屋敷の中だと認識した。


(淫紋はなにも反応していない……なんだったんだ?)


「お目覚めになられましたか? 


 ガウンに身を包んだ体を起こし、声のする方へ顔を向けると、


「当屋敷で執事を務めております、《チエル》でございます」


 テムガに【火球】の魔法を放った白髪の魔法使いが、黒の執事服で身を包み、胸に手を当てていた。


 その左斜め後ろには、黒のメイド服に白のエプロンとカチューシャを着けた女性が立っていた。


「この度は無礼な行いを致しまして、大変申し訳ありませんでした……」


 頭を下げるチエルに


「あぁ……いや、迂闊に近づいたあたしも悪いし、てか、あたしは悪魔だからさ、人間界ではこうなるのは当たり前……。それより、なんであたしの名前を?」


「実は昔、テムガ様には……」


「?」


 チエルは昔話をする。


「ああ、召喚されたのは覚えているよ。あたしなんか召喚されるほどのサキュバスじゃないし、初めてだなぁって。しかも搾り取ったのは五つ星の精。そうか、あの時の若い魔法使いだったのか……」


「覚えてくださり、ありがとうございます。いやぁ、あの時のめくるめく快感は、まるで昨日のように思い起こされます……」


 チエルはシワのある頬を染めながら遠い目をする。


「てかなんで今は執事をしている魔法使いが、五つ星の精だったの?」


「実は数年前までは、王国の魔法局の副局長をしていました。実務はほとんどなく、名誉職みたいなモノでしたが……」


「ああ、だからか〜。それで、昔話もいいけど、あたしをどうする気?」


 テムガは部屋を一望する。


「このお屋敷、こじんまりとしているけど、中は貴族の館以上の装飾。だけど、人の気配はほとんどない。さらに、七つ星の精を感じた子供……」


 チエルのまぶたがわずかに動く。


「“昔の女”だから衛兵を呼ばず見逃してくれるとか……。もしや、あたしにあの子の《筆おろし》をお願いしたいとか……? なんてね、アハハハ!」


 しかしチエルは、恭しく礼を捧げた。


「ご明察恐れ入ります。不躾を働いた身からお願いするのは無礼千万でございますが、どうか我があるじ、ヘイネス様に女性の素晴らしさと、男の悦びを授けてくださいませ!」


「へっ!? いや、いやいや、あの子って相当高貴な生まれでしょ? あたしみたいな下級サキュバスよりも、貴族のお姉さんとか、それこそ、それ専門の高級娼婦、てかそこにメイドさんがいるじゃない!」


「“これ”は私が制作した自動人形オートマタでございます。もはやこの王国では、ヘイネス様の味方はわたくしのみと言っても過言ではありません!」


「……訳ありか。いいよ、聞いてあげるよ。サキュバスは人間界では口が堅いし、なにより、昔の女だからね……」


「ありがとうございます。実は……」


 ― ※ ―


「王様の落胤らくいん!!」


 しまったと、テムガは慌てて口を押さえる。


「ご安心を、この部屋には結界を張っております。ヘイネス様は王様の夜伽を務めた《バジル》様の御子。さらに、王妃様との御子には男子がおらず、三人の姫様のみ……」


「うわぁ~一番めんどくさい状況だね。でもいっそのこと、あの子がお姫様の誰かをめとっちゃえば?」


「側室との御子ならそれも可能ではありましたが、バジル様は私の弟子の魔法使い。今は魔法局に勤めております」


「あちゃ~。それはややこしいわぁ~!」


「下手に娼婦を呼んで夜伽をさせても、万が一、子が授かれば、国を二分することもあり得ます。それゆえ、こんな人里離れた辺境の地で幽閉されているのです」


「うんうん」


「さらに、盗賊や山賊が屋敷を襲撃したとみせかけて、ヘリオス様を亡き者にすることもできます。現に、それらしきモノを何度も撃退しました」


「あ~そんなこと言ってたね」


「それに、この屋敷に幽閉されてからは、バジル様と会えることもなく……」


「……」


「ここ数年、ヘイネス様のも……。精を出すことができるのは、月に一度、本日がその日でした」


「なんか悶えていたけど、あのあとどうしたの?」


「ヘイネス様の精が溜まると私が睡眠の魔法をかけ、こちらの自動人形で“処理”をしておりました」


「……そうか。でもあたしが夜伽どころか、初めての相手をしてもいいの? これって王国への裏切りじゃない?」


「……」


「あ、もしかしてぇ~、その弟子のバジル様に、思いを寄せていたとかぁ~?」


 いやらしくニヤけるテムガに、チエルは無言で返答した。


「ゴメン、謝る……」


「いえいえ、滅相もございません。いかがでしょうか? もちろん、報酬の魔光石も十分に……」


「実はあたし……魔王ディミルド様の子なんだよね……」


「な、なんとぉ!」


「いやいや、母親はディミルド様の側室でさ、側室ったって何万人もいるし、兄弟姉妹なんてそれこそ数え切れないほどいるさ。でも、魔界は力こそがすべて……。戦闘も魔法もダメなあたしはこうしてサキュバスになるしかなかったけど、母親には会おうとしたら会える身分だったさ……」


「……」


「同情や想い人への残り火で“仕事”をするほど落ちぶれてないけど、ボーナスも出て有休ももらったし、骨休みのつもりで一ヶ月、ここでお世話になるわ!」


「あ、ありがとうございます!」


「あ、ヘイネス様の精は、ちゃんともらうからね!」


(七つ星七つ星! ウッシッシ!)


 ― 翌朝 ―


「自動人形のメイド服と下着しか用意できなくて申し訳ないのですが……」


「いいよ、こういう服着てみたかったし」


「テムガ様は表向き、私の弟子と言うことで、しばらく屋敷で働くとヘイネス様には説明してあります。あと、できるだけお肌の露出や淫猥いんわいな香りを出すのは控えて下さい。ヘリオス様のお体のこともありますので……」


「おっけ~! それじゃご対面といこうか!」


 ― ヘイネスの部屋 ―


“コンコンコン”


『はい』


「チエルです。テムガさんをお連れしました」


“ガチャ”


 ドアが開くとテムガは頭を下げ挨拶する。


「チエル様の弟子のテムガと申します。しばらくこのお屋敷で働かせて頂きます。どうかかわいがって下さいませ」


 顔を上げると、


 金髪丸顔、


 白いカッターシャツに赤い蝶ネクタイ、


 草色の半ズボンに白いソックス姿のヘイネスはソファーから立ち上がると、わずかに首を横に傾け挨拶を返す。


「ヘイネスです。よろしくね。テムガさん」


“ズキュ~~~~ン!!”


(きゃ! きゃわいいぃぃ~~~!!)


 テムガのショタ属性が開花した瞬間であった……。

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