異世界小噺 『鋼鉄の凸とイリジウムの凹』

宇枝一夫

童貞の女神様、それはサキュバス

 サキュバス。


 それは男の夢の中に現れ、交わり、そして精を摂取する《夢魔》とも呼ばれる悪魔。


 その名を聞くと“キュン!”となる童貞男子のなんと多いことか!


 しかし、彼女たちは、魔界における雇われ悪魔。


 昆虫界の働き蜂のように……。


 人間界で社畜と呼ばれるビジネスパーソンのように……。


 週刊連載を持つ漫画家のように……。


 日々、会社のノルマや顧客の依頼を達成する為、その体に鞭を打っているのである……。


 ― 魔界にある、中堅サキュバス派遣会社、《ザメム》 ―


 ここは多くのサキュバスを登録しており、依頼者クライアントである魔族、魔物のリクエストにより、様々な男の精を契約サキュバスによって摂取させ、顧客に販売しているのである。


 ― ザメムの社長室 ―


 「え~先月の《精摂取せいせっしゅ》第一位は、《テムガ》さんです! おめでとう!!」


 “パチパチパチパチ!”


「あざっす! あざぁ~っす!」


 女社長から有給その他が書かれた目録と、魔界の通貨である丸い《魔光石まこうせき》を袋一杯にもらったテムガは、満面の笑みを浮かべていた。


 得意げに会社内を闊歩するテムガだが、《噂と陰口の花園》と呼ばれる給湯室では……。


“一位ったって、引きこもりの童貞から搾取した、《一つ星》の精でしょ?”


 精にはランクがあり、一つ星から七つ星まで存在する。


 星が多い精ほど高く売れるが、七つ星はそれこそ王子、または王族の嫡男の精であり、滅多に出てこない超ウルトラ激レアの精である。


“だからテムガさんが摂取した精は、高貴なメデューサ様やラミア様じゃなく、低俗な雌オーガや雌ミノタウロスが飲むって話よ?”


“昔は五つ星の精を搾り取ってたみたいだけど、ああまで堕ちたくはないわね……”


“しかも、未だに《契約者》ゼロ! ホント、男なら誰でもいいのかしら?”


 契約者とは、風俗店における“ご指名”みたいなモノ。


 この世界の男はサキュバスと契約すれば、ムラムラした時にサキュバスが現れ、精を摂取してくださる、なんともうらやまけしからんことわりが存在する。


 サキュバスにとって、安定して精を摂取できる契約者を見つけるのも、給料や出世に響いてくるのである。


 しかあぁぁ~し! いつの時代、どの世界も、女は男を選ぶモノ。


 当然、サキュバスにも選ぶ権利があり、いくら願ってもサキュバスが現れず、夜な夜な枕を涙で濡らしている男が夜空の星の数以上に存在しているのだぁ!


 そして、テムガはそんな男から精を摂取して一位になった、サキュバスなのに冴えない男からは女神様に見える悪魔なのである。


 ― 夜中 ―


 テムガは黒いビキニ姿で黒い翼を羽ばたかせながら、自分が縄張りにしている《王都セシル》の上空を飛びながら、同僚達の陰口を思い出していた。


「先月はボーナスと有給目当てに手当たり次第、童貞から精を摂取したけど、ここいらでせめて三つ星程度の精を搾り取らないとな……」


 サキュバスの人事評価ならぬ“悪魔事評価”には二種類あり、簡単に言うと摂取した精の《量》と《質》で決まる。


 ここで言う質とは、先ほど説明した、精のランクである。


 星の多い精ほど顧客に高く売れ、さらに、そんな精を持つ男を堕落させたサキュバスとして、会社内どころか魔界内の地位、格付け、序列にも影響されるのである。


「このまま手当たり次第摂取して魔光石を稼ぐのもいいけど、いつまでも“現場”でこき使われたくないしな……」


 テムガは、いつの間にか消えていった同僚たちを思い出す。


「そこいらの魔族の男で妥協したくないし……。《魔王ディミルド》様の側室は無理でも、せめて取引先の社長か重役の息子に見初みそめられるぐらいは……」


 そんな未来設計図に思いを巡らせていると、いつの間にか王都の外、辺境の地、《ハメン》の上を飛んでいた。


「いっけねぇ~。こんな誰もいないところを飛んでも意味ないや〜」


 さらに眠気も襲ってくる。


「ふぁ~あ~……。やっぱ疲労が溜まっているな……。有休とボーナス使って、《溶岩温泉》でゆっくりして……旅館の部屋に《インキュバス(淫魔)芸者》呼んで……ゆっくりするか……あれ?」


 テムガの下腹部の《淫紋いんもん》が、七色に輝き始めた!


 ― ちなみに薄い本では、サキュバスが欲情すると淫紋が輝くが、この世界の淫紋は、欲情した男を探知する、いわばレーダーの役割をしている。


 さらにその色によって、《若さ》、《濃さ》、《量》、《絶倫力》、《早い遅い》、《高貴》、《高潔》を表していた。 


 色の数=星のため、サキュバスたちは淫紋の輝きによって精を摂取する男を選ぶのである ―


「な、なんだこれ!? 七色全部輝くなんて……ま、ま、まさか王子か王族の子でもいるのかぁ!? でもこんな辺境で……やっぱ疲れて……」


 しかし、《精のこう》がテムガの鼻をくすぐる。


「このまったり(1)として芳醇、(2)な香り……。コク(3)と旨み(4)がありながら爽やか(5)で一本キリリ(6)と肺を貫き、さらに子宮を満たす(7)香り……」


 香りですら、七つ星の精であると保証していた。


「あの屋敷からだ!」 


 テムガの淫紋と鼻は、森に囲まれた、こぢんまりとした屋敷を見つけた。


「王族の別荘か?」


 疲れが吹き飛んだテムガは、屋敷を旋回しながら、精の香の出所を探るために近づく。


「あの部屋か? えっ? まだ子供ぉ!?」


 月明かりに照らされたベッドには、金髪で丸顔の少年が寝ていたが、頬を染め息を荒くして、体をよじれさせていた。


「あはぁ♥️ これは、《男の子のおねしょ》の最中かなぁ〜♥️ ひょっとしたら《初モノ》だったりしてぇ〜♥️」


 テムガは、部屋に向かってゆっくり飛行する。


「あたしが搾り取らないと成績にならないけど、下着にこびりついた七つ星の精、味見しちゃいまぁ〜す♥️」


 だが、屋敷の庭で声が聞こえ赤く光ると、赤い玉がだんだん大きくなり、それがテムガに近づいてきて……。


「えっ?」


“ドグワアァァン!”


 すぐ側で爆発した!


「うわあぁぁぁ……」


 きりもみしながら落ちるテムガの体は、屋敷の庭に“ポテッ”と墜落した。


 “モロ出し”は免れたが、ビキニがボロボロの姿でノびていると、杖を持ち、フードを被った男が走ってきた。


「懲りもせず“また”来たのかぁ! この暗殺者アサシンめぇ! ワシの目の黒いうちは、《へイネス坊ちゃま》には指一本触れさせ……ん? この“御方”は……?」

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