第33話 別れと、覚悟

私は、おばあちゃんに洗いざらい話した。おじいちゃんが死んだ事はなんとなく分かってたみたい。おばあちゃんは泣かなかったけど、しばらく黙っていた。


みんな、おばあちゃんが口を開くまで黙っておばあちゃんを見守っていてくれた。


「……樹さんに会えないなら……生きている意味はないねぇ……」


分かってた。こうなるって知ってた。なのに……私は聖女なのに……何も出来ない。


聖女召喚なんかするからだ。あんなもののせいで……。神殿への憎しみが、込み上げる。しまったと思ったけどもう遅い。私の身体から黒い靄が溢れ出す。


「愛梨沙!」


ニックが、私を抱きしめて口付けをしてくれると体を纏っていた黒いモノが消えた。相変わらず私は不安定で、こうしてニックに支えられないと生きていくのも難しい。聖女をやめてしまえばい良いのだろうけど……そう思った瞬間、神様が口を開いた。


「愛梨沙、聖女を辞めるのは待て。桔梗を、元の世界に帰す」


「……帰れるのかい?」


「愛梨沙の持つ聖女としての全ての力、我の持つ神としての全ての力を合わせても……桔梗を帰すのは難しい。じゃが、あちらの世界の愛梨沙の存在そのものを消すのなら……桔梗を元の世界に返せる」


「馬鹿な事言わないで! 孫を犠牲にして帰りたいなんて思わないわ! それに、樹さんのいない世界に帰っても仕方ない!」


「話は最後まで聞け。愛梨沙よ。元の世界に帰りたいか?」


「……帰りたい気持ちはある。けど、帰らない。帰りたくない。ニックのいない世界は……嫌」


「じゃが、両親に心配をかけるのは嫌なんじゃろう? 祖父のように、自分を探し続けるのは辛いんじゃろう?」


「なんで……それを……」


「オレが神様に相談したんだ。勝手にごめんな」


「ニックの話を聞いてからずっと考えておった。桔梗を帰す代わりにあちらの世界の愛梨沙の存在を消す。それくらいの対価を払わねば桔梗を帰せぬ。もちろん、桔梗が召喚された時に戻す。樹と過ごす事は出来るじゃろう。歴史は変わるが、愛梨沙の存在が消えて上手く馴染む」


「そんな事、出来るの?」


「我が神として使える最後の奇跡じゃ。奇跡を起こせば、我は神ではなくなる。ただの人になり、生きて死ぬ」


「……神様は、それで良いの?」


「元からそのつもりだったのじゃ。気にするでない。桔梗を助けられなかった罪滅ぼしじゃ。我がいなくなれば、神殿は本当になくなる。崇める神がおらぬのだからな。人々は神がおらぬとも逞しく生きる。一年間で、人々の意識を変えた。我は人として生きるが、いなくなるわけではない。多少のフォローはできる。決めるのは愛梨沙、そして桔梗じゃ」


「……愛梨沙が帰る事は、出来ないのかい?」


「できる。その場合、桔梗は帰れぬ。桔梗の存在が消えて、こちらの世界で生きる事になる」


「なら! 愛梨沙を帰しておくれ!」


私は、おばあちゃんの言葉に首を振った。私が元から存在しなくなるのなら、お父さんやお母さんに心配をかける事はない。


「……おばあちゃんを、帰して。お願い、神様」


「駄目よ愛梨沙! 存在がなくなってしまったら愛梨沙は……!」


「安心せぇ。今、我々の目の前にいる愛梨沙は存在し続ける。あちらの世界との繋がりが消えて、今ここにいる愛梨沙が独立するようなモノじゃ」


「……けどっ!」


「私は元からあの世界に存在しない。だから、お父さんやお母さんが心配する事もない。そういう事でしょ」


「そうじゃ。もちろんこのまま、この世界でニックと過ごせる。聖女としての力を全て使い切るので、聖女ではなくなるがの。決めるのは、愛梨沙じゃ」


「私の気持ちはもう決まってる。おばあちゃんを、おじいちゃんの所に帰してあげて。おじいちゃんね、死ぬまでおばあちゃんを探してたの。みんな諦めてたのに、おじいちゃんだけは諦めなかった。死ぬ間際まで、おばあちゃんの名前を呼んでた。それに、お父さんも寂しかったって言ってた。お父さんとお母さんの間に産まれる子が私じゃなくなるのは残念だけど、私はこの世界から離れたくない。おばあちゃん、私ね、ニックが大好きなの。ニックと離れるのは、どうしても嫌なの。お父さんやお母さんが悲しまないなら、あっちの世界の私は……清川愛梨沙は消えても良い。ううん、消えて欲しい。私はここで、ニックと生きたいの」


おばあちゃんに、ニックの自慢をする。おじいちゃんもかっこよかったけど、絶対ニックの方がかっこいい。そう言ったらおばあちゃんは怒ってしまった。そうだよね。おじいちゃんもかっこいいもんね。


話すうちに、おばあちゃんの覚悟も決まったようだ。


「……分かった。ニックさん、愛梨沙を頼みます。泣かしたら、許しませんから」


「絶対、幸せにします」


「ねぇ神様。アタシは愛梨沙の事を覚えていられるんだろう?」


「……ああ。忘れたいなら……」


神様がチラリと私を見た。記憶を消す事は出来る。だって、私の魔法を使えないように封印したのは、神様とニックだもの。二人が許可すれば、私はまた……魔法が使える。


だけど、おばあちゃんは神様の言葉を遮って笑った。


「嫌よ。愛梨沙が存在した事を、アタシだけは覚えてる。そうすれば……愛梨沙は消えない。でしょ?」


そう言って笑うおばあちゃんは、とっても綺麗で思わず見惚れてしまう。


おじいちゃん、おばあちゃんはかっこよくて、素敵な人だね。おじいちゃんの言った通りだ。ボロボロ涙を流す私の頭を、おばあちゃんがぐしゃぐしゃに撫でる。


「愛梨沙もアタシと同じだね。そりゃ、こんないい男から離れられないわよねぇ」


「でしょ。ニックはとっても素敵なんだから! だから安心して。私はこの世界で、ニックと生きる。おばあちゃんは、おじいちゃんと幸せになって」


「ありがとうねぇ。ニックさんのおかげで、可愛い孫がアタシみたいにならなくて済んだよ。アタシにも護衛騎士が居たんだけどねぇ。話した事もないし、いつの間にかいなくなってたよ。アタシが三百年もこうしていたのなら、もうとっくに死んでるんだろうねぇ。けど、ニックさんより樹さんの方がかっこいいよ。いくら可愛い孫でも、これだけは譲れないねぇ」


おばあちゃんはそう言って、元の世界に帰った。神様と私で、ありったけの力を注ぎ込んだ。ずっとふよふよ浮いてた神様が、床に足を付けた。


この世界から、神様がいなくなった瞬間だった。

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