第29話 怪しい男

ペタンと座り込んでブツブツ言ってるシスターコリンナと、必死で言い訳する神殿長は国王陛下にお任せして、私とニックは街を出た。


もちろん、私がされた事は洗いざらい国王陛下に話した。すでに話してあるが、神殿長の前で、神様の前で言うのが大事だ。


最後に一言。神様に我は見ておった。聖女の言葉に嘘はないと言って貰えれば終了だ。これで、神殿は神様に見放された。今後神殿を訪れる人はいなくなるだろう。


慌てて逃げようとした貴族達は、ダリスさん達に拘束された。全く知らなかったけど、私はあの中の誰かと結婚する予定だったらしい。ニックが悪い顔をして他にもたくさん罪があったから取り調べられるって言ってたけど、さすがに冤罪って事はないわよね?


『ねぇぞ。上手く隠してたのを暴いたのはオレだから、愛梨沙に手を出さなきゃもう少し生き延びたかもなぁ』


『ま、また心の声が聞こえた?!』


『ああ。バッチリ聞こえたぜ』


拘束された貴族達は、必死で私に助けを求めてきた。ニックは貴族達を睨みつけて、優しく私の頭を撫でてくれた。安心魔法があっても怖かったけど、ニックのおかげで大丈夫になった。


それからすぐ、私はニックと街を出た。


物凄い人達に囲まれたけど、神様が上手く送り出してくれた。ニックと一緒に馬に乗って街を出る。神殿の奴らが大声で騒いで私を引き止めようとしたから、魔法で黙らせた。


ここ一年で、ニックは魔物をずいぶん減らしてくれたそうだ。だからきっと発生源にたどり着ける。待ってて聖女様、今助けてあげるから。


もう二度と、あなたみたいな人を生み出さない。


魔法で調べて、見つけられた聖女召喚の資料は全て処分した。私は結界から動けないからニックが積極的に動いてくれた。調べた限りは、神殿にしか聖女召喚の資料は無かったから、神殿を潰せばもう聖女は呼ばれないだろう。


私みたいに……誘拐される人はもういない。


今生きている元聖女様は、王妃様ともう一人だけ。王妃様はさっき初めて会ったけど、もう一人の元聖女様はニックが連れて来てくれて結界の中で話をした。


時間が経っていてニュースはほとんど覚えてなかったけど、人気の芸能人や、テレビ番組、音楽は私も知ってる最新のものだった。歳をとっても好きな事って覚えてるもんなんだね。中学生の頃に聖女召喚されたらしくて、おばあちゃんと中学生のノリで会話する不思議な体験をしたわ。住んでる場所は全然違ったけど、多分私と同じ時代を生きていたんだと思う。私の前に呼ばれた聖女様が100年前の人だったり、100年後の未来の人の可能性もあるんだろうな。


私達はもう元の世界に帰れない。けど、彼女は結婚して孫もいて幸せだって笑ってた。私もいつか、あんな風に笑えるかな。


ニックは大好きだけど……元の世界への未練がなくなった訳じゃない。


「ニック、好き」


「オレも愛梨沙が好きだぜ。っと……良いか愛梨沙、今から現れる男に近寄るなよ。いざとなれば結界を使え」


突然、ニックが馬を停めた。


ニックは怖い顔をしながら殺気を放つ。馬を停めた木の上から、美しい声が聞こえた。


「やぁ。君が聖女様?」


木から降りてきた男の人は、物凄く綺麗だった。銀髪が太陽の光を浴びて輝いていて、まるで天使のようだ。


「……何の用だ。依頼料は払っただろ。帰れ」


だがそんな美しい天使より、ニックの方がかっこいい。いや待て、そんな事思ってたらまたバレる。ニックの口元が緩んだから絶対聞こえてんだろこれ。


「愛梨沙、今は黙ってろ。良いな」


「はぁーい」


やっぱり聞こえてんな。ニックさん、好き。


『愛梨沙、頼むから心も黙っててくれ!』


え、無茶を言うなあ。心を黙るってどうやんのさ。


『とにかく、余計な事を考えるな!』


『はーい』


ニックの顔ばかり見ていたら、いつの間にか目の前に綺麗な男の人が近寄ってきていた。ニックは殺気を出してるけど、彼はニコニコと人好きのする笑みを浮かべて私に近寄ろうとする。あ、この人はヤバい。思わず魔法でガードしようとすると、彼は私に近寄るのをやめた。


そして、優しく微笑んで手を出した。


「ねぇ聖女サマ。二人旅は不安でしょう。僕、そこそこ強いんだ。良かったら護衛にどう?」


「いらん。オレの方が強い」


「ニックに勝てるなんて思わないよ。けど、大事な聖女様なんだから、守りは多い方が良くない?」


「結構です。私を聖女と呼ぶ人はいりません」


この人は、なんかヤバい。ニックがいらないって言うならいらない。彼は断られても飄々と笑っているし、ちょっと不気味だ。


「名前を教えてくれたら呼ぶよ。僕はルネ。ニックの友人だよ」


ニックが苦い顔をして、ルネさんの言葉を肯定した。


「……不本意だが、友人だ。コイツの情報収集能力はものすごくてな。シスターコリンナの事もルネが調べてくれたんだ」


「なるほど……。初めまして。初対面で失礼かと思いますけど、私の名前……ご存知ですよね?」


ニックは団長さんや国王陛下とも親しい。けど、団長さんや国王陛下ではなくルネさんに情報収集を頼んだ。きっと、ルネさんはかなり優秀な人だ。


そんなに凄い人で、ニックが仕事を頼み、友人と呼ぶのなら……間違いなく私の名前を知ってる筈。私が聖女と呼ばれたくない事を知ってるニックは、信頼できる人には私の名前を伝えているのだもの。


だから、初対面の人でも私の名前を呼んでくれる人はニックが信頼してる人だと分かる。心を読まなくても、ある程度信頼する事が可能だ。でも、この人はまだ信頼出来ない。


そう思った瞬間、ルネさんが口笛を吹いた。

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