第28話 ラスボスの事情

「わたくしが! 聖女様について行きますわ!」


神様に提案してもらい、私が魔物を倒す旅に出る事は承認された。だが、面倒な事になった。シスターコリンナがついて来ると言い出したのだ。


いや無理。


ほんとに無理。


いくら安心魔法があっても無理。


だから思わず、シスターコリンナの発言を否定した。


「嫌です。シスターコリンナが付いてくるなら私はなにもしません。この人だけは無理。私に近寄らないで」


落ち着け。シスターコリンナを憎んではダメだ。ニックと魔道具でテレパシー会話をしながらなんとか気持ちを落ち着かせる。


『愛梨沙、落ち着け。オレもすぐそっちに行く』


『ありがと。大丈夫。私は聖女、間違いを正すのが仕事だから』


『オレはシスターコリンナをぶっ殺したいくらいだけどな』


『ニック、落ち着いて!』


『安心しろ。オレは落ち着いてる』


『声が怖いのよ!』


『……ようやくいつもの愛梨沙になったな。すぐ行く。シスターコリンナへの対策は考えてある。安心しろ』


ニックの声を聞くと、安心する。落ち着け……安心魔法を掛ける無量大数して、ようやくいつもの自分に戻る。シスターコリンナが鬼の形相で私に近づいて来たから、魔法を使って動きを止めた。


「なっ……こんな魔法……教えてないのにっ……!」


「魔法はイメージなんだから、なんだってできる。神殿長が本をくれたでしょう? 読めって言ったのは貴女よ」


「……だって……アンタは文字を読めない筈でしょう……! あの女だって……わたくしが魔法を教えるまで字が読めなかった……!」


「あはは! 翻訳の魔法くらい自力で考えるわよ。情報は生命線。神殿は敵だらけなんだから」


「……敵なんて……どうして……わたくしは聖女様の……」


「教育係。いや、洗脳係だっけ? 洗脳に成功したって自慢してたわよね。正直、危なかったわ。けどね、私には味方がいた。だから、耐えられた」


ニックが、国王陛下と見た事がない綺麗な女の人を連れてテレポートして来た。女の人はどこかで見た事があった気がするけど、思い出せなかった。すぐさまニックに駆け寄り、手を繋ぐ。これで大丈夫。もう怖くないし、誰も憎いと思わない。


「お前……! 聖女様とは話してないと……!」


ニックに詰め寄ろうとしたシスターコリンナは、私の魔法で動けない。他の人達も、私達に近寄らないように魔法でガードする。神殿長は、ニックの後ろから現れた国王陛下を見て、真っ青な顔をしてる。


シスターコリンナの様子が、どんどんおかしくなっていく。目を潤ませて、少女のように微笑んでいる。


国王陛下が、ゆっくりと口を開いた。


「お久しぶり。今はシスターコリンナだったかな。話は聞いてるよ。聖女様を懲罰だと言って虐待したそうだね」


「違う……違うのです……わたくしは……貴方の為に……」


「君はいつも、そう言うね。けど、私が頼んだ事はないよね?」


「……わたくしは本当は王妃になる筈だったのに……」


泣きじゃくるシスターコリンナに、国王陛下はピシャリと言った。その声は威厳があり、恐怖を感じる。


「誰がいつ、君を王妃にするなんて言ったんだ。確かに私は、聖女様に一目惚れして彼女を口説いた。婚約者候補の令嬢達には、悪い事をしたと思ってるよ。……けどね、君は婚約者候補にすらなっていない。ニックから話を聞いて、急いで父と母に確認した。過去の資料も探したよ。君を婚約者候補にした事は一度たりともない。君が私と結ばれる未来は、最初から無かったんだよ」


「わたくしはずっと……貴方様をお慕いしておりましたわ。父も、わたくしが王妃に相応しいと……」


会話の通じないシスターコリンナに、国王陛下は冷たい。


「だから、私の妻を殺そうとしたのか?」


国王陛下が、綺麗な女の人を大事そうに抱き寄せてシスターコリンナを睨みつけた。シスターコリンナが奇声を上げる。


誰かが王妃様だと呟いた。


『思い出した! シスターコリンナの頭の中にいた綺麗な女の人……王妃様だ!』


『やっぱりそうか。愛梨沙から話を聞いて、シスターコリンナを調べたんだ。けど、情報がなくて。しょうがねぇから、オレが知ってる中で一番情報収集が得意な奴を探して頼んだ。情報料は高かったけど、ようやく情報が集まったよ。シスターコリンナは、元々公爵令嬢だったらしい。けど、実家は王妃様を暗殺しようとして取り潰されたんだと。首謀者の父親は処刑。オレはその頃まだガキだったし、あんま詳しくねーんだけど王妃様のお慈悲で、他の者達は処刑を免れたって聞いてる。本当なら、王妃様の暗殺未遂なんて一族郎党処刑だよ』


『じゃあ、シスターコリンナはその後神殿に入ったって事……?』


『多分な。神殿に入る時は、今までの名前や経歴を全部捨てるんだ。だから調査に時間がかかったんだけど、昨日ようやく分かった。おまけだとか言って、ヤベェ情報も持って来たから急いで対処してたから遅くなったんだ。悪ぃ』


『ううん。大丈夫。ヤバい情報って何?』


『シスターコリンナと神殿長はな、愛梨沙を貴族に売ろうとしたんだよ』


『え……売るって……どういう事?!』


『愛梨沙が自分達の言いなりだと思い込んでる馬鹿どもは、資金援助と引き換えに愛梨沙を結婚させるつもりだったらしい』


『え、無理無理。なんで結婚?! 絶対嫌だから!』


ニックの腕をギュッと掴むと、頭を撫でてもらえた。嫌悪感が消えて、安心する。


『愛梨沙はオレの恋人なのに……本当……許せねえよなぁ。だから、キッチリ分かってもらう事にしたんだ。神殿の求心力は下がってる。この光景だって愛梨沙の魔法であちこちで見られてんだ。もう神殿は終わりだよ。それにな、オレも限界だ。こんなとこに、愛梨沙を置いておけるか』


そう言って笑うニックは、カッコよかったけど悪役のような笑みを浮かべていた。

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