第27話 籠から出る時
「ニック! 会いたかった!」
「オレもだ。一週間ぶりだな。これ、土産だ。マカロンって言うらしいぜ。最近出来た新作の菓子だ」
「ついに売り出したんだ。やった! 試作品は食べたけど、商品を食べるのは初めて。売れてる?」
「スッゲェ行列だった。三時間並んだよ」
「おお……大人気じゃん。やったね! これでまた資金が増えるわ」
孤児院は、資金調達の為に店をしている。新商品のアイデアは私も出してる。今回は、マカロンを提案してみたのだ。他にも、国王陛下と結託してあちこちに娯楽施設を作ったりした。
ニックと団長さんが、国王陛下に会わせてくれたのだ。
アーケードゲームとか、クレーンゲームとか大人気みたいよ。魔法を駆使して作り上げた。作るのめっちゃ楽しかったわ。
「神殿は閑古鳥が鳴いてるぜ。愛梨沙の言う通りだったな。魔物が減って安心すれば、市民は娯楽を求める。娯楽で金を使うようになったら、神殿に行く奴は減る。神殿は高額な寄進を当たり前のように求めるからな。次第に勿体ないと思う人間が増える。神様の後押しもあったしな。神殿は今まで通り傲慢な態度を取り続ける。人々の心が離れかけた時に、もっと市民に寄り添う、無理に寄進を求めない場所が出来れば……市民の支持はそちらに向かう」
「暮らしに不安があれば、宗教に縋る人は多い。けど、暮らしが安定していて楽しみがたくさんあれば宗教に縋る人は減る。私が暮らしてる国がそうだったわ。正月に神社に行って、クリスマスにパーティをして、葬式は仏式。厳格に戒律を守る人もいたけど、少数派だった。それが良いか悪いかは分からないけど、選択肢は多い方が良いわよね」
「それがすげぇんだけどな。オレ達は、自由に生きて良いなんて思わなかった。生まれながらに与えられた役割を全うして生きる。それが当たり前だったから」
この世界は身分社会で、自由なんてない。ニックは平民で、団長さんは貴族。ニックは団長さんより強いのに、出世できない。
でも、誰もそれを疑問に思わない。
貴族が上に立つのは当然だから。平民だから、騎士になれただけでもありがたいから。
そりゃ、団長さんは凄いよ! アリサちゃんも幸せそうだし、仕事も出来るらしいし、ニックの方が強くても、団長さんもかなり強いみたいだし、団長さんは実力で今の地位を勝ち取ったんだと思う。けど、どうしても納得できない。ニックは団長さんより強いのに隊長にもなれないっておかしくない? ニックよりはるかに弱くて、仕事が出来ない貴族の隊長さんとかゴロゴロいるらしい。ニックやダリスさんは強いから団長さん直属の部下なんだって。それでも、隊長さんの方が偉い。ダリスさんから話を聞いて、騎士団はどうなってんのって質問責めにしちゃったわよ。
そのあと、自分抜きでダリスさんと話したってニックが嫉妬して大変だったけど……。奥さんのマリアさんも居たんだから、嫉妬する事なんてないのにね。
私は、ニックの言葉に過去の歴史を思い出した。
「当たり前を変えるって難しいんだよね。誰かに言われないと自由が存在する事すら気が付かないんだよ。明治時代に自由民権運動が起きた時みたいなもんよ」
「へぇ。愛梨沙の国でも色々あったんだな」
「私は歴史の授業で学んだだけで詳しくないけどね。先人の努力が、今の私達の暮らしに直結してる。いい事も、悪い事もね」
「……確かにそうかもな。自由にしろっていきなり言われてもどうして良いか分かんねえ。けど、ちょっとずつ人々は変わってるぜ」
「そこは神様パワーよね。私達の世界は、人が自由を訴えた。けど、当然反発する人もいっぱいいたわ。自分達の特権を維持したい人達は市民が自由を求めるなんて困るだけ。徹底的に潰そうとする。けど、言い出したのが神様ならそんな反発はない」
人々の信仰心を利用した。国王陛下も、神殿も……神様の言葉には逆らわない。
「神様の演技は見事だったな。愛梨沙が結界にこもって力を付けないと神様を呼べないって事にしてくれたから、愛梨沙はシスターコリンナから逃れられた。ま、それも愛梨沙の入れ知恵だけどな」
「あら、私は聖女として人々に正しい道を示してるだけよ」
自由が正しいのか、それは分からない。けど、私は自由が好きだ。街の人達だって、前より生き生きとしてる。だから、これでいい。
「ははっ。さすが愛梨沙だ。そうだ。これおふくろからだ。良かったら食ってくれってさ。無限収納に入れておけよ。そしたら腐らないしゆっくり少しずつ食べな。おふくろ、すっかり元気になったんだ。孤児院でバリバリ働いてる。アリサ様から、副所長を任されたんだって張り切ってるぜ」
ニックのお母さんは、ずっと寝たきりだった。けど、今はすっかり元気になったそうだ。
本当に良かった。
私が世界中の人を癒してしまったから、神殿に人が殺到した。神殿は、お金を取れるだけ取ったらしい。けど、神様は人々に自分を敬わず自由に暮らせと伝えた。
お金を無理に払う必要はないと言い切ってくれた。
私はニックと一緒に、神殿の影響力を削いだ。
人々は、神様は敬うけど自分達の楽しみも大切にしてる。神殿に通う人は減った。神殿の偉い人達は結界に篭り自分達の権力を維持する事に必死で、目の前の危機を指摘した人達を追い出した。
今頃になって寄進が少ないと騒いでも遅い。自分達の権力を過信して孤児院にいちゃもんをつけた事も神様に指摘してもらう。明日神様を呼んだら、孤児院を褒め称えて貰うように打ち合わせ済みだ。
神殿は、求心力を取り戻したくて必死になる。シスターコリンナが、私になんとかしろと詰め寄る未来が想像できる。私が神殿の為に魔物を消す旅に出ると言えば、喜んで送り出してくれるだろう。ニックとは、街の外で合流する予定だ。あと少しで、私は籠から出られる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます