第9話 ニック視点1
「ダリス! 頼む! 手を貸してくれ!」
オレは騎士団に駆け込み、仮眠を取っていた親友を叩き起こした。
「どうした? そんなに青ざめて」
「愛梨……聖女様が、脱走なさった」
「なんだと? くそっ! もっと早く動けば良かった……!」
オレは、愛梨沙様……聖女様の扱いがおかしいと感じていた。歴代の聖女様は、召喚されてから祈りを捧げるまで数ヶ月はかかる。
それなのに今回の聖女様は、すぐに祭壇のある部屋に連れて行かれていた。それに、シスターコリンナが懲罰をすると言えば随分怯えておられた。
……まさかと思うが、召喚されたばかりの何も知らない聖女様に懲罰をしたのか?
オレは団長に掛け合い、王妃様に謁見した。王妃様も、元は聖女様だったからだ。だが、王妃様は懲罰を受けた事などないと仰る。神殿の人々は、いつもとても暖かったと。王妃様の話す神殿の様子と、今の様子はまるで違う。本当に同じ神殿なのか、そう疑いたくなるくらい愛梨沙様の扱いはおかしい。
愛梨沙様は、なぜかシスターコリンナ以外と話す事を禁じられている。王妃様は、そんな事無かったと仰る。毎日のように様々な人が来て、聖女のことを教えてくれたり慰めてくれたりしたらしい。
召喚されてからしばらくはそっとしておいてくれた、ほとんど人と話さず部屋に引き篭もっても、三食きちんと届けられていたと……あまりにも愛梨沙様の扱いと違う。
聖女様は、みんなに敬われる存在。国王陛下より尊い存在だ。
オレは昼間しか護衛をしていないが、愛梨沙様はほとんど食事を与えられていないように見える。初めてお会いした日からずっと見守っているが、愛梨沙様はどんどん痩せ細っておられる。
誰もいない時を見計らい菓子や食事を愛梨沙様に渡すと、いつも嬉しそうに食べてくれる。
豪華な食事が当たり前であるはずの聖女様が、オレが渡す僅かな庶民の食事を大事そうに食べる。
間違いなく、愛梨沙様は食事を与えられていない。お辛そうなのに、オレと話す事すら許されない。
あのシスターは、人間ではなく化け物だ。嬉しそうに愛梨沙様を結界の中に連れて行った時の笑顔は悪魔のようだった。中で何が行われているのか分からないが、良くない事をしているのは間違いない。だが、愛梨沙様はオレに心配をかけまいと無理して笑う。
しばらくは様子を見ようと団長と話し合い我慢していたが、愛梨沙様が結界に連れて行かれ、魔法を発動したとお祭り騒ぎになったあの日、おそらく愛梨沙様はシスターコリンナに懲罰をされたのだと思う。
癒しの魔法を使いたいと願うほど、痛めつけられたのだ。
神殿を出る前に、神殿長が大騒ぎしていた声が聞こえた。聖女様が癒しの魔法を使った。本当に今回の聖女は優秀だ。シスターコリンナに任せて良かった。そんな声が響いていた。神殿を追い出されたオレは騎士団に戻ってすぐに団長や仲間達に洗いざらい話して相談した。魔法を発動したのは、自分を守る為ではないか。オレの予想を、みんなが肯定した。
みんな、憤っていた。特に団長の怒りは凄まじく、兄上の力を借りて神殿を調査すると言い出した。団長の家は、公爵家だ。平民のオレは知らない情報網をお持ちだろう。だが、そんな団長でも神殿の調査は難しかった。
神殿は権力も金もある。王家でも手を出せない。
オレ達は神殿の依頼で愛梨沙様の護衛をしている。神殿から護衛など要らないと言われてしまえば愛梨沙様との接点が無くなる。だから、決定的な証拠を掴むまで我慢だ。そう皆で決めて、オレは護衛を続けた。
心配しながら愛梨沙様を見守っていたら、今日もシスターコリンナが愛梨沙様を結界に引きずって行った。もう見逃せん。そう思って止めようとすると、頭の中に愛梨沙様の声がした。
『大丈夫です。あれは幻影なので』
声は聞こえるが姿は見えない。愛梨沙様の指示通り手を握ると、ずいぶん前に訓練で痛めた足が温かくなり治った。いつもありがとうと、優しい声が聞こえた。そのあと、疲労困憊のシスターコリンナが結界から出て来た。チラリと見えた愛梨沙様の幻影は酷い状態だった。幻影だと分かっていても怒りがこみあげる。痛くないと仰るが、そういう問題ではない。
シスターコリンナは、オレに愛梨沙様を見られるとまずいと思ったのだろう。結界から顔だけ出し、オレに帰れと命令した。
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