第8話 自己紹介と、幼い少女

「そういえば自己紹介をしていませんでしたね。オレの名前はニック・カスティールです。騎士団に所属しています。聖女様のお名前を伺ってもよろしいですか?」


名前……心がじんわり暖かくなった。


「私……私の名前はっ……」


「ど、どうされました?! どうして泣いておられるのですか?」


誰も、私の名前を聞かなかった。

みんな私の事を、聖女と呼ぶ。

けど、私は聖女になりたくてなったんじゃない。


神様なんてクソくらえ。


ぐちゃぐちゃになった気持ちは止まらなくて、また心がザワザワしてきた。そしたら、ニックさんが美味しそうなクッキーを渡してくれた。


「……その、今度聖女様に渡そうと思っていたクッキーです。女性に人気だそうですよ」


真っ赤な顔でクッキーを渡してくれるニックさんを見ていると、ザワザワした心が落ち着いた。


「ありがとうございます。私の名前は、清川 愛梨沙です。さっきは取り乱してごめんなさい。こっちに来てから名前を聞かれたのが初めてで……嬉しくて」


そう言うと、ニックさんは黒い笑みを浮かべた。


「神殿の奴ら……許せねえ」


低い声と、恐ろしい殺気。それでも、ニックさんが怖いとは思わなかった。


「もう良いんです。脱走しちゃったし。あの、逃げたらマズイですかね?」


「神殿は躍起になって愛梨沙様を探すでしょう。しかしご安心下さい。オレが守ります。オレは愛梨沙様の護衛騎士ですから」


「……でも、ニックさんにご迷惑をおかけしてしまいますよね?」


「聖女様は大切にされるべきお人です。神殿がおかしいのです。愛梨沙様が気になさる事はありません」


黒い笑みを浮かべたニックさんは、そう言って笑った。だけど……心を読まなくても分かる。


私が逃げたら、この人に迷惑をかけるんだ。お母さんと二人暮らしなら、お母さんを危険に晒すかもしれない。それは、嫌だ。


今なら……戻れる。まだ幻影は残ってる。


「あの……ニックさんはこれからも私の護衛騎士でいてくれますか?」


「もちろんです」


「なら、戻ります。大丈夫。幻影を使えば痛い事はありませんから。また、神殿で会いましょう」


「愛梨沙様?!」


そのまま、ニックさんの家を飛び出して透明化で隠れる。ニックさんは必死で私を探してくれている。聖女、なんて呼ばない。愛梨沙様と、私の名前を呼んでくれる。


優しい人だと思う。


神殿に戻るのは嫌だけど、この人が困る方がもっと嫌だ。魔法で工夫して、過ごしやすい環境を作ろう。


そう思って歩いて神殿に戻る途中で、女の子の泣き声が聞こえた。


小さな女の子が、泣いていた。服もボロボロだし、身体中泥だらけ。もう夜だ。こんな時間に、子どもが……どうして。私は透明化を解除して、女の子に近寄った。


「どうしたの?」


勇気を振り絞って話しかけた。


「おなか、すいたの……」


あああ! わかる、わかるよ! お腹空いたらツラいよね!!!


「ごめんね、お姉ちゃんもご飯は持ってないの」


女の子があからさまにガッカリする。そうよねー、でも、今のわたしなら助けられる。


「だけどね、ほら」


安心させる為に、手を握り光を少しだけ出して癒しをかける。あとついでに安心魔法もプラスする。


「どう? お腹減って苦しいのなくなったんじゃない?」


「うん! ありがとう!」


よく見るとボロボロだねこの子。浄化もかけよう。びっくりした様子だけど、服もキレイになったね。うん、かわいいかわいい。


シスターコリンナは教えてくれなかったけど、浄化魔法は便利なのよね。癒しの魔法は、服の傷まで直せるけど汚れは取れない。汚れを取るのは浄化魔法だ。おかげで、放置されてても身体は臭くない。ファンタジー好きで良かった。


「大丈夫? おうちまで送ろうか?」


「おうち、ここ」


「え?!」


ここって、橋の下ですけど?!

話を聞いてみると、少し前まではお母さんとここに住んでいたそうだが、ある日お母さんが動かなくなったんだと説明してくれた。


「そんな……」


今まで見たことない現実に、頭がガンガンする。


「でもね、お母さんがごはん用意してくれてたから平気だったよ。でも、昨日でご飯なくなったの。だからね、お腹すいて泣いてたの。お姉ちゃんのおかげで助かったよ。ありがとう。ねぇお姉ちゃん、なんで泣いてるの?」


わたしは、女の子を抱きしめてずっと泣いた。神様お願い、この子がしあわせになるようにして。ちゃんとお腹いっぱいご飯食べられるようにして。痛いのも、苦しいのも、無しにして。


気がついたら、神様に祈っていたらしく、眩しい光を放っていた。私は夢中で、気が付かなかった。


「聖女様、何をなさっているのですか?」


ラスボスが、鬼の形相で現れた事に。

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