第3話 アドバイス
岡﨑弘子は考えていた。
「確か、目隠しされて・・・消しゴムの匂いを当てるっていうのをやった気がするんです。」
「あとは!?てか、何で覚えてない訳!?」
岡﨑は出題された内容をはっきりと思い出せなかった。前日、徹夜で有隣堂に篭って勉強をしていたのだ。普段は8時間きっちり睡眠を取っているので、徹夜は心底辛く感じた。当日の朝、10分仮眠を取った後に起きられただけでも奇跡だった。
「今からでもやってみましょうか。匂いがついた消しゴム、売ってたと思います。今から匂いを覚えたらいけます。ちょっと取って来ます。」
何年か前の岡﨑がフラフラと、文房具売り場へ消えて行った。
「ザキさんすごいよ!これ、うまくいったら文房具王になれんじゃん!」
ブッコローが興奮気味に羽をバタつかせている。
「そうですね。念願です。」
岡﨑は冷静さを保ちながらも必死に嗅がされたのは何の匂いの消しゴムだったか思い出していた。イチゴだったか、メロンだったか・・・。そもそも消しゴムだったっけ?そんなことを延々考えていると、もう1人の岡﨑が帰って来た。
「うちにあるのはこれで全部ですね。」
両手に収まる程の、カラフルな消しゴム達からは人工的なフルーツの匂いが放たれていた。
何年か前の岡﨑はブッコローに手荒に目隠しをされ、順番に消しゴムの匂いを嗅がされた。羽が鼻に当たって少しくすぐったい。
「うーん・・・オレンジ?」
「ブブー!バナナでした!」
「・・・イチゴ?」
「ブブー!これはスイカ!てか、スイカの匂いの消しゴムって誰が買うんだよ!?」
かれこれ1時間、岡﨑はブドウの匂いの消しゴムしか嗅ぎ分けられずにいた。
「・・・やばいですね。」
「ヤベーよザキさん!どうすんの!」
「ブドウは特徴的だから何となくわかるんですけど、後は全部同じに感じますね。」
「あちゃ〜」
消しゴムの匂いを嗅ぎ分けるのは思っているより難しかった。それに、何個も消しゴムの匂いを嗅いでいると何が何だかわからなくなってくる、吸いすぎて頭がくらくらすると岡﨑は思った。
「これは他の手を考えるかぁ〜。ザキさん、他に何か思い出した?」
「それが全然思い出せません。」
何年か前の岡﨑が必死に消しゴムの匂いを嗅いでいる間、岡﨑は必死に出題された問題を思い出そうとしていたが、全く思い出せなかった。
「じゃあさ、もうとにかく何かしらの知識を入れとくってのはどう?有隣堂しか知らない世界に出てくる知識もきっと役に立つっしょ!」
「あぁ、いいですね。」
ブッコローは意気揚々と何年か前の岡﨑に語り出す。
「・・・んで、玉しきは1枚33円で上品なやつ、キュリアスIRは1枚55円でツヤツヤしててエロいやつね!」
「あはは、意味わかんないです」
何年か前の岡﨑は困ったように笑っていた。それとは対照的にブッコローはかなり熱のこもった説明を繰り広げている。
ブッコローは、あれ、俺こんなに文房具のこと詳しくなってんじゃん、うけるぅ!と思いながらも、どうやったら岡﨑に勝ってもらえるのか、必死に考えていた。
「玉しきはねー、100年後の玉しきっていうのもあるんスよ!ね、ザキさん」
「あれはとてもいい紙ですね。」
岡﨑はうっとりとした顔で文具プランナーの福島さんのことを思い出していた。福島さんとは〝プロが愛用する厳選文房具の世界〟で対決をした仲だ。彼女の厳選した文房具はどれもセンスに溢れていた。
「後はガラスペン、あれ確か日本発祥なんスよね?」
「そうですね。」
「え、それは知りませんでした。」
「えー!以外!ザキさん昔から知ってると思ってた!」
「えへへ、実はYouTubeの撮影するって言われてから調べたんですよね。」
岡﨑は少し俯き、照れながら右手で眼鏡をくいっと上げた。
「今やガラスペンとインクは大ブーム巻き起こしてるからね!」
「へぇー。そうなんですか。」
私たちもそのブームの火付け役の一部だから!とガラスペンについて熱く語っているブッコローの話に、何年か前の岡﨑は目をキラキラと輝かせている。
ブッコローはこんなに文房具に熱くなるミミズクだったっけ?と思いながらも、岡﨑は作家の川口さんのことや新店舗の準備でガラスペンを集めたこと、ブッコローとガラスペンの書き比べをしたことを思い出していた。
間仁田さんと文房具検定対決した時、何を出題されたっけ?
あの時、ブッコローにすごく馬鹿にされて悔しかったなぁ。
そういえば、ヴィレッジヴァンガードの長谷川さんと対決した時の、あみだくじ柄のマスキングテープ、無くなったから買いに行かなきゃ・・・。
そんなことを考えていると、だんだん瞼が重くなってきた。
そうだ、私、今すごく楽しい。岡﨑は意識が遠のいていくのを感じた。
「ザキさん、ちょっと!寝ちゃダメだって!もう時間ないんだから!」
ブッコローが茶色の羽をバサバサと動かしながら、半分寝かかっている岡﨑をグラグラ揺らした。
「私、文房具王になり損ねて良かったかもしれません。」
「はぁ!?」
「だって、今の私、楽しいんだもん・・・。」
岡﨑の目はもう完全に閉じていたが、顔は満足そうに笑っていた。
確かに文房具王になれなかったことはとっても悔しかった。でも、もし私が文房具王になっていたら、今の〝有隣堂しか知らない世界〟は無かったかもしれない。ブッコローとこうやって一緒に不思議な体験をしていることも、他店のバイヤーさんたちと文房具対決することも、世の中にはこんなにたくさんおもしろい文房具があるってことも知らなかったし、こんな楽しい体験はできなかったのかも。
「でも、A4用紙のサイズは覚えておいて・・・。」
岡﨑はそれだけ言い残し、眠ってしまった。
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