もし重度の筋トレオタク作家がラブコメを書いたら

しぎ

編集者の悩み

「先生、何度も言ってるじゃないですか。ヒロインの趣味を筋トレにするのは止めてください」


 本当に、何度これを言っただろう。私はPC画面の前でため息をつく。


「だから今回は控えめにしましたよ。身長も180cmぐらいですし」

「高校一年生の女子が178cmは普通にかなり目立つレベルで大きいです。これで黒髪ロング眼鏡の目立たない図書館入り浸りキャラはギャップがでか過ぎます」


「自分が高校生の時の女子はこれぐらいの背丈感だったんですけど……時代ですかねえ」

「先生だけですよ。それに先生そんな昔を懐かしむ年齢じゃないでしょう」


 PC画面に映る先生の巨大な上半身。筋骨隆々という言葉が似合いすぎる肩は、画面の横幅に収まりきっていない。



 この人はライトノベル作家の鉄野てつの きん先生。あ、もちろんペンネームだ。

 小学校の頃から欠かさず続けてるという筋トレが生み出した身体を持つが、決してスポーツ経験があるとか、自衛隊にいたとか、海外で傭兵やってたとかは無いらしい。ちなみに兼業作家で、本業のことは教えてくれない。あんな身体をしていながら顔出しNGという謎のギャップ持ちだ。


 主人公が筋肉で全てを解決するという異世界転生モノでデビューしそこそこ売れ、2作目は本人たっての希望でラブコメがやりたいということになり、たまたま手が空いていた私が編集担当としてつくことになったのだが……



「あとこれは前作から思ってたんですけど、主人公ジム行き過ぎじゃないですか? いくら夢がボディービルダーだからって、これじゃあ宿題とかしてる暇無いですよね」

「大丈夫ですよ。もともと勉強をちゃんとする系の設定は無いですし、腕を鍛えれば宿題を書くスピードも飛躍的にアップします。僕もそれでずっと授業を乗り切ってました」


 そう、この先生は色々と基準がおかしいのだ。

 多分、冗談じゃなく本気で筋肉はすべてを解決すると思ってる。

 バトルありチートありの異世界モノならそれでも良かったが、普通に現代日本の高校が舞台のラブコメではそうはいかない。


 なんの脈絡もなく主人公の帰宅部男子が身長190cm、体重90kgは無理がありすぎる。

 ヒロインの一人である幼馴染はそれとほぼ同身長で吹奏楽部。悩みは反抗期の弟としょっちゅう喧嘩になることらしいが、喧嘩の内容がやばそうな気しかしない。

 細かいシーンでも、主人公が調理実習でミカンを握りつぶしたりとか、転校生のヒロインが登場一発目で教室のドアをぶち抜いたりとか、もう無茶苦茶だ。しかもそういうのは一切作品の売りでは無いから不味すぎる。

 本当にプロットを吟味して直させて良かった。主人公が筋トレ好きだったりと、若干不自然に残った設定も無くはないが、なんとか1巻は無難な内容で売り出すことができ、数字は残せて2巻刊行の運びとなったが……


「すると先生、もしかしてこの『彼の夏服の白いシャツが、彼が動かす上腕二頭筋に合わせてわずかに振動する』ってのも自身の経験からですか?」

「はい。彼はまだこの程度ですが、彼の尊敬する伝説のボディービルダーMは、筋肉の動きのみでシャツを破ることができます」

 漫画かよ。


 やっぱり2巻でもプロットをちゃんと見て良かった。せっかくキャラクターの平均身長を160cmぐらいにしたのに、また180cmぐらいに上がるところだった。


「そんなキャラを甘々ラブコメに出してどうするんです……念の為確認しますが、ギャグ要員多く出すとストーリーがブレますよ」

「全員真面目も真面目ですよ。ヒロインは皆真剣に考えて、主人公との付き合い方を変えていきます。安易に身体で落とすとかは、僕は嫌いなので」


 ……はあ。

 私は自室の一角に飾った、1巻の発売記念ポスターを見る。

 筋肉要素を消したい私と、残したい先生のせめぎあいの結果生まれた、乳も尻も女子高生離れした大きさのヒロイン三人を見ながら。



 ……SNSを見る限り、売れた理由の9割9分は身体である。

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