第11話 契約魔法

 鎖に繋がれた黒色の指輪から、魔力が溢れだす。

「何、この匂い……嗅いだことない。どこの神様……? この辺りのじゃないよね」

 その魔力を感じ取った偽物が、困惑した様に言った。

「この辺りどころか、この世界の神様ですらないんですよ。以前異世界の神様と知り合う機会がありまして、別れ際に貰いました」

「どんな機会だよ⁉」

 ツッコまれたが、無視して私は続ける。

「あなたはここの神様に願いを叶えてもらっているので神様との繋がりがあるようですが、それを一旦切って、犬飼さんの使い魔……いや、魔法少女の隣にいる妖精さんポジションになってもらいます」

「いくらなんでもそんな事できる訳」

「できないと思っていたら端からやりませんよ。できると信じればできるので、やるんです。魔法を使うのに一番大切な事は、魔法を信じる事ですから」

 ——偽物の狐を捕まえて。

 指輪にそう願うと、黒色の魔力が偽物を取り囲んだ。偽物は焦る様な動きを見せたが、しかし抵抗できないと判断したのか次第に大人しくなっていった。

「犬飼さん、この子の腕を掴んでください」

「えっ? あ、はい!」

 目の前の状況についていけず呆然としていた涼が、名前を呼ばれた事で我に返り、偽物の腕を取った。

「それでは犬飼さん、私がこれから言う事を復唱してください」

「はい」

 涼が緊張した面持ちで頷いた。

「汝、我が命に従い」

「汝……我が、命に従い」

 魔力が、涼と偽物の二人を取り巻き始める。

「我が忠実なる僕となれ」

「我が、忠実なる、僕となれ」

 二人を包んだ魔力が強い輝きを放つ。

「汝の主はこの私、犬飼涼である」

「汝の主は、この私……犬飼涼である!」

 光が弾け、眩しさに目を閉じると、次に目を開けた時には偽物フォックスガールの姿は無かった。その代わり、涼の手には何かが握られていた。

「これは……」

 握られているものは、手のひら大の狐のぬいぐるみの様に見えた。顔には小さな白いお面がついている。

「それは偽物のフォックスガールです。契約魔法で犬飼さんの使い魔になったので、持ち運びのしやすいサイズにしまし……わっ」

「ひゃっ!」

 涼の掌の上でぬいぐるみが急に動き出した。ぐるぐると回ったかと思うとピタリと止まり、私と涼の顔を交互に見て、こう喚いた。

「もう! 本当に魔法少女の隣にいる妖精みたいな大きさになっちゃってるじゃん!」

 小さな体でぴょんぴょん跳ねながら喋る姿は実に可愛らしい。

「こらー! 笑ってないで元に戻してよ!」

「犬飼さん、どうしますか。元に戻してほしいそうですが」

 やったのはあなたでしょ、という可愛らしい声が聞こえてきたが無視をした。何故なら彼女の処遇の決定権を持っているのは、私ではないからだ。

「わ、私が……決めるんですか?」

「ええ。犬飼さんが、この子の主ですから。元の姿に戻したければ、そう願うだけで戻るはずです」

「わ、分かりました……」

 緊張した面持ちの涼が、ふーっと息を吐く。

「元の姿に、戻してください」

 涼がそう言うと、ぬいぐるみサイズだった狐が一瞬で人間の少女の姿に戻った。

「神の使いであるこの私にこんな事するなんて、神様が」

「いや、あなたは神の使いじゃないでしょう」

 戻って早々に文句を言われたが、さっき私の話を遮られたお返しだ。彼女の話を遮って私は自分の話を続けた。

「あなたが本当に神の使い……この狐の像が元の姿であるなら、契約魔法を結んだ際に、こっちの像の姿が変わるはずなんですよ。でもそうはならなかった。それに対の像からは特にこれといって魔力は感じられない。あなたはただ単にこの像をねぐら代わりに使っていただけ……といった所でしょうか?」

「ぐう……」

 どうやらぐうの音しか出なかったようだ。

「神様から力を授かったのは確かでしょうが、だからと言ってここの神社の狐だと嘘をつくのは駄目ですよ。神様の目の前で騒いだ分も含めて、一緒にお詫びしましょう」

「う……反抗する気が起きない……」

 それは契約魔法が十分に効いている証拠だろう。

 私、偽物フォックスガール、ついでに涼の三人で本殿の前に並び、詫びの意味も込めてお参りをした。我ながらお参りで詫びるのはアリなのかと疑問に感じたが、まぁ、こういうのは気持ちが大切なのだ。きっと。

 参拝が終わってから、私は神社の外にいる五人を呼び寄せた。美香と、魔法使い仲間達だ。

「犬飼先輩、おはようございます!」

「おはよう……。羽山さんも魔法使いなの?」

「翠さんに教わってる最中なので、まだ見習いですけどね。あ、翠さん。これありがとうございました」

 美香が指に嵌めていた白色の指輪を渡してきた。それを受け取った私はペンダントの鎖を首から外し、そこに指輪を通す。もう一度首にかけ直していると、偽物がじーっと指輪を睨んでいるのに気がついた。

「……どうかしましたか?」

「『どうかしましたか?』じゃないよ。それも異世界の神様からの贈り物? 道理で出られない訳だよ……」

 彼女の言った通り、この白色の指輪も異世界の神から貰ったものだ。偽物が万が一神社から逃げようとした時の為に結界を張りたかったのだが、神社には神社特有の結界が既に張られている。その上から更に結界を張るには、強い魔力と一人でも多くの人数がいる。だからこの街に住む魔法使い仲間達と美香を呼び、強い魔力を有するこの指輪を使い、結界を張ってもらった。実際に逃げようとした偽物が出られなかったので大成功だ。

「翠ちゃん、この子がフォックスガール?」

「職権乱用してまで会うとは流石だね」

「これが本物か~」

「写真撮ってもいいですか?」

「あ、皆さん待ってください。この子は偽物で……」

 人が増えた分だけ賑やかになった。涼が本物のフォックスガールである事を知らない魔法使い達が、偽物のフォックスガールに群がろうとする。私は涼が本物である事や、本物は猫のお面をつけている事、今しがた偽物を涼の使い魔にした事等を簡単に説明した。したのだが……。

「でもこの子もフォックスガールの活動してるんだから、本物みたいなものでしょ」

「そうそう。舞台で言うダブルキャストみたいなものだよ」

「これからもフォックスガールとして動き回るなら、それはもう本物って言っても嘘じゃないよ」

「二人もいるなら二人一緒にいる所を写真撮ってもいいですか?」

「どんだけ写真撮りたいんですか……」

 こう言われてしまったから、本物か偽物か問題は、何だかどうでもよくなってしまった。

 私は涼に向き直る。

「犬飼さん」

「はい」

「偽物のフォックスガールはこの通り、犬飼さんの使い魔……もしくは妖精さんポジションになったので、犬飼さんが危惧する様な事は起こしません」

「……はい」

「犬飼さんはこれまで通り、キャットガールの活動を一人でしても構いませんし、この子を代わりに活動させてもいいですし、何なら二人で活動するのもアリです。それは犬飼さんにお任せします」

 涼は考え込むような顔をして、一点を見つめた。その視線の先にいるのはフォックスガール。

「あの子と、二人で……二人で話し合って、考えてみます」

「分かりました」

「ありがとうございました。魔法探偵さん」

 お辞儀をする涼に、私も会釈を返した。

「どういたしまして」

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