第10話 話し合い
「契約……ですか?」
ポカンとした顔で涼が首を傾げた。
「はい。互いにこれをしては駄目、あれはしてもいい、といった事を取り決めるんです。偽物が魔力を持った人間以外のモノであるならば、その方が」
「ええ~、別にいいでしょ、契約なんて」
話の途中で割り込んだ偽物が唇を歪めさせて言った。
「悪い事もしないし、変な噂も流さないもん。だって、私はお手伝いしたいだけだから」
「ええ、ですが」
「言ったでしょ、私は神の使いだって。そんな狐が悪い事をすると思う?」
「思うから言ってるんです」
息をのむ音が聞こえた。
「狐だから悪だと思っている訳ではありませんが、神だから善だと思っている訳でもありません。神として崇めるからもう悪さはしないでくれ、といった感じで祀られている神だっているでしょうし。それに善悪の尺度なんて人によって変わるものですし、人外であればもっと違ってくるのではないかと思います」
「悪い事をしたのに、悪気は無かったって言ってくるみたいなやつ、ですか?」
涼の質問に私は頷いた。
「犬飼さんはこの神社で、誰かの助けになれるように、とお参りしてたんですよね? 実際世間でも、フォックスガールの存在は犯罪者を捕まえたり、困っている人を助けたりするヒーローの様に認知されています。ところで犬飼さんは、錫杖をどの様に使ってますか?」
「え? えーっと、お姉ちゃんから貰った時に、相手とはなるべく距離を取った方がいいって言われたので、あれ一本分以上の距離を保つのに使ってるって感じです」
「では、あれで攻撃はしてないって事ですね?」
「はい。相手が男の人だと私よりも力が強いので、逆上されたら反対に私が攻撃されちゃいます……。強度もそんなにないですし」
「ああ、その気持ちは分かります。力のある男性を相手にするのは怖いですからね。で、偽物さん。昨日あの商店街で泥棒と対峙した時、錫杖で攻撃してましたよね」
隣で涼が「えっ……」と小さく驚きの声を上げた。
「人から物を盗む方が悪いんだから、攻撃されたって自業自得でしょ? それの何が悪いの?」
当たり前の事なのに、何故非難されなければいけないのか。そんな顔で——いや、お面をつけているから見えるのは口元だけなのだが——偽物が言ってきた。
「私は相手が悪人であるからといって、攻撃していい理由にはならないと思っています。犬飼さんはどうですか?」
「え? そう、ですね……私も、別に攻撃したい訳じゃないし……」
「犬飼さんもこう言っているので、相手を攻撃するのは無しで」
「ええ~、つまんないでしょ、それじゃあ」
またしても文句を言ってきた。イライラしているのを感じる。彼女が纏う魔力が少し刺々しい。
「だって、犯罪者だよ? 悪い人だよ? そういう人をやっつけるのが、人助けに繋がるんでしょ? 痛い目みせれば、もう悪い事するのやめようってなるでしょ」
「あなたの言っている事が理解できない訳ではありませんが、犬飼さんは、そうした場合に復讐される恐れがある事を危惧しているんです」
「復讐しに来たら、今度はもっとボコボコにしちゃえばいいじゃん。あ、そっか。本物さんはただの人間だから、そこまでの力が無いんだね。じゃあさ、私だけでよくない? フォックスガール」
そう言って偽物は涼に歩み寄った。
「あなたの分まで、いっぱい人助けしてあげるよ」
「え、でも……」
自分より背は低いが妙な迫力のある偽物に気圧されて、涼はたじろいだ。
「そういう訳で、私は早速フォックスガールとして街へ繰り出すのであった~! じゃあね~!」
偽物は姿を消し、神社から出ようとした。が……。
「あだっ!」
上空から痛がる様な声が聞こえてきた。
「ちょっ……え、何これ……出られないんだけど……」
またすぐ人間の姿に戻り、私の前に現れた。口をへの字に曲げている。
「ねぇ、あなた何したの?」
「私は何もしてませんよ」
「ああ、そう。じゃあ質問を変えるね。外にいる魔法使い達に何させてるの?」
「結界を張って、あなたがここから出られないようにしてもらってます。あなたが逃げられないように」
視界の端で涼が目を見開くのが見えた。
「何それ。それじゃあまるで私が悪い人みたいじゃん。ま、人じゃなくて狐だけど」
尻尾をふらりと揺らす。
「何でそんな事するの?」
「あなたを良い狐だと判断するだけの材料が無かった事と、魔力の強さが主な理由です。魔力が強いという事は、それだけ良い事にも、悪い事にも使えるという事です。あなたの中ではその力を良い事に使っている、という認識でも、本物のフォックスガール……いえ、キャットガールの犬飼さんにとっては、100パーセント良い事ではありません。ですよね?」
涼はおずおずと頷いた。
「なので、あなたが嫌がろうが、あなたがフォックスガールの手伝いをしたいと願った以上、本物である犬飼さんの意見を尊重してもらう為にも契約を結んでもらいます」
「ふん。神様でもない、大した魔力も持ってないあなたにそんな事」
「できますよ」
「っ……」
偽物が私の胸元を見て驚いた表情を浮かべた。正確に言えば、そこにあるペンダントを見て。そのペンダントは昨日付けていた偽物の魔法のアイテムではなく、本物の魔法のアイテム。
「私もちょっとだけ、神様の力が使えるんですよ」
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