第9話 提案

「えっ⁉ もう偽物見つけたんですか⁉」

 涼が驚いて目を見開いた。

「それに偽物から聞いたってどういう事ですか? 何で偽物がそんな事知って……まさか、ストーカー⁉」

「ううん。違うよ」

「……⁉」

 どこからともなく高い声が聞こえてきた。だが辺りには私達以外の“人”の気配は無い。

「私はただ毎日見て、聞いてただけ。あなたがここに来て、お参りしていくのを」

「ど、どこ……⁉ 誰……⁉」

 涼は立ち上がって辺りを見回したが、彼女にはいつもと変わらない神社の風景が見えているだけで、その気配には気づいていない。気づけない。

 彼女が見当違いな場所に目を向けていると、狐の像がこちらを向いてウインクした。

(ウインクされても困るんだけどな……)

 しかしそんな私の気持ちもお構いなしに、狐の像からはどんどんと魔力が溢れだし、次第に人の形へと変化していく。

「こっちだよ、本物さん」

 涼が振り返ると、そこには魔法少女の様な服装に狐のお面をつけた、偽物のフォックスガールがいた。何のつもりか知らないが、もふもふとした狐の尻尾を生やしている。

「え……え⁉ あ、あなたが、偽物……? いつの間に、ここに……?」

「最初からいたよ。ここに」

 そう言って偽物は狐の像を指す。

「いや……え、は?」

 当然ながら涼は事態を飲み込めず、偽物と像を交互に見て、それから助けを求めるように私に視線を寄こした。流石にこれは助け舟を出さねばなるまい。

「この子が偽物のフォックスガールです。で、恐らくはその狐が元々の姿……ですよね?」

「うん。大体そんなところ」

「……全然何言ってるのか分かんないんですけど」

 困惑の表情を浮かべる涼。無理も無いだろう。突然の偽物登場。おまけに狐の像が元の姿と言われても、普通はすぐに理解できる方がおかしいのだ。

「有り体に言えば、この世界にも魔法が存在するんですよ。アニメや、ゲームや、映画の世界のように」

「え……?」

「隠していて申し訳ありませんが、実は私、探偵は探偵でも、魔法探偵なんです。魔法関連専門の、魔法使いの探偵」

「探偵さん、何言って……」

 どんどんと涼の眉根が寄っていく。

「急にこんな事言われても信じられないのは分かりますが、本当なんですよ。しかもうちの事務所、魔法使いじゃない一般の人は、魔法絡みの悩みを抱えてないと来られないように魔法を掛けてあるんです。昨日来る時に、何か違和感とかありませんでしたか? こんな道あったっけ? とか、何で他に家が無いんだろう、とか」

 私がそう聞くと、思い当たる節があるのか涼は「あっ……」と小さく声を漏らした。

「犬飼さんが魔法少女の格好をしていても、本物の魔法使いではない事は、ご自分が一番分かっていると思います。なので私は犬飼さんが事務所に来て、お話を聞いた時から、偽物の方が本物の魔法使いか、妖精や妖怪といった、ファンタジー側の社会に属するものだと確信しました」

「はぁ……」

 話の半分も理解していなさそうな顔で涼が頷いた。

「で、偽物はこの様に尻尾まで生えているので、人間ではなく妖怪の類い……ですか?」

 確認するように偽物を見ると、彼女は不満そうに頬を膨らませた。

「妖怪とは失礼だな~。ここは稲荷神社だよ。稲荷神社の狐だよ。つまり! 私は神の使い!」

 と言って偽物フォックスガールは舞うようにくるりと回った。

「あなたは毎朝ここに来て、今日も誰かの助けになれますようにってお参りしていくでしょ? それ聞いて、今時こんなよく出来た子いるんだ~って感激しちゃったの。だから神様にあの子のお手伝いをさせてくださいって頼んだんだ」

「神様に……って、ここの?」

 そう言って涼はすぐそばの本殿を指す。

「そう。この神様。でね、神様がいいよ~って言って、私に力と人間の姿をくれたの。あなたと同じ、フォックスガールとして活動する為に。どうどう? そっくりでしょ?」

「確かにそっくり……だけど、私、本当はフォックスじゃなくてキャットなんだけど……」

「えっ……」

 涼の言葉にショックを受けたのか、先程まで元気一杯に動きながら喋っていた偽物が動きを止めた。

「嘘でしょ……あれは誰がどう見ても狐でしょ……。皆フォックスガールって呼んでるし……私狐だし……。それにああいうお面って普通は狐じゃん……」

 人間誰もがフォックス──もといキャットガールに抱く勘違いは、神の使いであろうが同様らしい。今度は涼がショックを受ける番になった。

「せっかくお姉ちゃんが可愛い猫のお面作ってくれたのに……」

(朝の清々しい空気が一気にどんよりと……)

 思いもよらない方向に進んでしまった。軌道修正しなければ。

「お二人とも、今は狐か猫か問題は一旦置いておきましょう。犬飼さん、あなたは偽物が悪い事をしたり、変な噂を流されたらどうしよう、と心配していましたよね」

「は、はい」

「偽物の狐さんの方は、悪い事をする気は無く、フォックスガールとして彼女の活動の手伝いをしたいんですよね」

「うん」

 二人が頷いたのを見て、私も頷いた。

「では、私から一つ提案させていただきます。お二人の間で契約を結び、お二人でキャットガールとフォックスガールの活動をされてはいかがでしょうか」

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