第8話 翌朝
翌朝六時半頃。伊里稲荷。
「あれ? 探偵さん……ですよね? おはようございます」
「犬飼さん、おはようございます」
朝からランニングでもしているのか、魔法少女の格好の時とは打って変わってスポーティな服装の涼が汗を垂らしながらやってきた。
「こんな時間から走ってるなんて凄いですね。毎朝やってるんですか?」
「はい。その……」
涼は逡巡する様に目を泳がせ、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「探偵さんは、何でここに?」
「朝早く起きたので、散歩に」
「そうですか……」
探偵と依頼人、という関係性ではあるが、知り合ったのは昨日の事。仲が良い訳でもない為、神社の神聖な空気の中に、何とも言えない微妙な空気が流れる。
「犬飼さん。もしお時間よろしければ、少しお話を聞いてもいいですか?」
「あ……はい。いいですよ」
私は「そこに座りましょうか」と本殿前の数段しかない階段を指し、二人して座った。
「失礼でなければお伺いしたいんですが、犬飼さんは何でフォックス……じゃなくて、キャットガールの活動をされているんですか?」
「それは……」
涼はまたも言い辛そうに目を逸らした。言うかどうか迷っているのだろう。暫くしてから彼女はゆっくりと話し始めた。
「きっかけは、今年の春休みです。部活の後、部活のジャージ姿で家に帰ってる途中にコンビニに寄った時、何か変な動きしてる人がいて、何やってるのか見てみたら、その人、万引きしてて……。そのまま出ていったので、私、咄嗟に追いかけました。陸上部で短距離やってたので、足には自信があったんですよ」
やってた。あった。過去形で話す彼女の顔は、どこか寂しそうだった。
「相手はバレたと思ってなかったみたいなので、私に捕まえられて驚いてました。でも、相手の方が力が強かったので、振りほどかれちゃって……。その後すぐコンビニの店員さんが来て、その人は店員さんにコンビニに連れ戻されたんですけど、その時に、言われたんです。『華桜の陸上部か』って。その一言で、私、怖くなって、足がすくみました」
復讐するのであれば、通っている学校、所属している部活が判明している方が狙いやすい。自分や部活の仲間に被害が出る恐れを、その一言で彼女は感じ取ったのだ。
「なんとか家には帰れたんですけど、怖くて暫く外には出られませんでした。私のせいで迷惑掛けるのも嫌で、部活も辞めました」
「そうですか……」
きっと彼女は正義感が強いのだろう。でなければ咄嗟に万引き犯を追いかけたり、本当は続けたかったであろう部活を辞めたりはしない。
「でも、凄く悔しかった……。悪いのはあっちなのに、何で私が怖がらないといけないの? 何で部活の皆にまで迷惑掛けなきゃいけないの? それに、あの人みたいに悪い事してる人が、この街にもまだいっぱいいると思うと、また悔しくなって……。春休みの間、毎日毎日悩んで、家族にも相談したりして……それで、思い付いたんです。私が復讐してやろうって」
「……復讐?」
「はい。犯罪者のせいで困ってる人は、きっと、私が思ってる以上にいっぱいいるんです。その人達の分まで、私が犯人に復讐してやろうって。でも、私だと気づかれたら振り出しに戻っちゃうので、私だと分からない格好でやる事に決めました。どんな格好にするかは凄く悩んだんですけど、ある日、たまたまアニメで主人公の女の子が変身するのを見て、これだ! って閃きました。これなら誰が見ても、私の方が正しいって分かるって」
復讐とは剣呑であるが、困っている人を助けたい、正しい事をしたいという思いが強く伝わってきた。彼女の声色からは自信の強さが感じられる。
「お姉ちゃんに手伝ってもらって、デザイン考えたり、必要な材料を買ったりして、あの衣装を作ったんです。私のお姉ちゃん、凄いんですよ。コスプレするようなオタクなんですけど、自分でコスプレの衣装作るくらい裁縫上手で、私の衣装を作る時も、こうした方が可愛いとか、もっとここはこうしようとか、色々アドバイスくれて。猫のお面も、お姉ちゃんが作ってくれたんです。ステッキ代わりにって、前にコスプレで使ったっていう錫杖もくれたり」
「良いお姉さんですね」
「……はい」
彼女は嬉しさと恥ずかしさを混ぜ合わせた様な笑顔で答えた。
「完成して、試しに着てみた時は嬉しかったです。何だか本当に魔法少女にでもなったみたいで。探偵さんも知っての通り、学校だと王子だなんて言われるので可愛い格好がし辛かったんですけど、でも、そのお陰で誰が見てもこれが私だなんて分かんないだろうなって思いました」
確かに今目の前にいる、いかにも体育会系です、といった風貌の少女がフォックスガールの正体だとは、誰も思わないだろう。私だって昨日お面を取った姿を見ていなければ、犬飼涼とフォックスガールを結び付けられそうにない。
「初めはあの格好で外に出るのが、すっごく恥ずかしかったです……。何でこんな事しようと考えたの? って自問自答して。見られるのが嫌で、陰にこそこそ隠れて。でも、その時、小さな女の子が走ってるのが目に入って、それを目で追ってたら、その子途中で倒れちゃって。泣き出してるのを見たら、なんだか放っておけなくって、その子の元に行って『大丈夫?』って声を掛けました。その子は私を見て、びっくりしたのか急に泣き止んで『お姉ちゃん、プリウィッチ?』って聞いてきました」
プリウィッチ、というのは今放送している女児向けの魔法少女アニメだ。
「実は、たまたま見て参考にしたアニメがそれだったので、違うとは言い辛くって、そうだよって口走っちゃっいました。そしたら、その女の子がみるみる笑顔になって、何だか私まで嬉しくなって。それで、思ったんです。犯罪者に復讐するんじゃなくて、ただ困ってる人を助ければいいんだって。だって、その女の子に『私はこれから復讐しに行くんだ』なんて、言えないじゃないですか。なので、目の前にいる困ってる人を助ける為に、私はキャットガールになりました。……何か、長々と話しちゃってすみません。なかなかこの話ってできないので」
「全然構いませんよ。こちらがお願いした訳ですし。話してくださりありがとうございます」
犯罪を目撃した事がきっかけだとは思いもよらず驚いたが、彼女なりに葛藤した末にキャットガールが誕生した事がよく分かった。女子高生が犯罪者と相対するのは並大抵の事ではないが、助けたいという想いや、助けた人の笑顔が彼女に勇気を与えるのだろう。
「ああ、ところで犬飼さんはこの辺りに住んでいるんですか? この神社にもよく来るそうですね」
「はい。そうです。ここは小さい頃からお祭りとかでよく来てて、最近は部活で走らない分、自分で走らないとなって思って、朝なら人も少ないですし、ここならちょっと休憩もできますし……って、あれ? 探偵さん、私がここに来るの知ってたんですか?」
「ええ、昨日聞いたんですよ。偽物から」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます