第5話 現地調査

 夏はアイスが美味しい。

 カップのバニラアイスを食べ終えた頃にはぽつぽつと返信が来ていた。正確に言えば二件。一応書いておくと、大量に返事が来るほどこの街に魔法使いは住んでいない。私含めて五人だ。返事待ちはあと二件。仕事中だろうからすぐには来ないだろう。

 返信が来た二件に何が書かれているかを確認する。

『この場所は栄町の商店街付近じゃないかな? 翠ちゃんもフォックスガール出待ちチャレンジしてるの? 頑張ってね!』

『これたぶんうちの近所だわ』

「……」

 出待ちチャレンジなんてあるのか。当人にとっては迷惑であろう。

 とりあえず偽物の出没場所が二ヶ所分かった。私が四人に送ったメールは四つとも別の動画を添付した。運が良ければ出没場所が四つ分かる。今判明した二ヶ所(二人目の家の場所は把握している)を地図で確認すると、どちらも涼——キャットガールの活動範囲外。南の方にずれている。学校や事務所からも遠い。通りで映像に写っている場所に心当たりが無い訳だ。

 ちらと時計を見た。時刻は午後3時過ぎ。まだまだ外は暑いが、夕飯の買い出しに行くには丁度良い時間だろう。いつも行くスーパーよりも遠い場所なら、尚更今行くのがいい。初めて行く商店街であれば、目移りして時間が掛かる可能性もある。さあ早く出掛けよう。

 私はそう自分に言い聞かせ、冷房の効いた快適な部屋から出た。

「……あっつい」

 快適な部屋に戻りたい気持ちを抑えながら、玄関を出て自転車に乗った。


 汗を滲ませながら自転車を漕ぐ事30分。本来ならもう少し短い時間で着くのだろうが、初めて来る場所であるから道を逐次確認していたら時間が掛かった。

 辿り着いたのは栄町の商店街。買い物客でそれなりに賑わっている。私は自転車を降りて適当な場所に停めた。

 スマートフォンを取り出して偽物フォックスガールの動画を再生させる。この動画が撮影された場所は、この商店街付近らしい。動画の背景と同じ場所がないか、歩きながら探す事にした。

 動画内で一番特徴的なのは赤茶けた太い柱。商店街の出入口に設置されるような門の柱だろう。しかし出入口は一つじゃない。私が今いる場所も出入口の一つだが、どうもここではなさそうだ。他の出入口を目指そう。

 商店街には様々な店舗が建ち並んでいる。米、肉、魚といった食品を売る店もあれば日用品を取り扱う店もあり、喫茶店も数件ある。案の定目移りした。だが今は動画の場所を探すのが先だ。コロッケを一つだけ買って食べながら探そう。

(……あれ?)

 一瞬“本末転倒”の四文字が頭を過った。

(いや、ほら、自転車漕いで体力使ったから。回復させないと、ね)

 謎の言い訳をしながらまた歩き出す。

 私が入ってきた入り口とは反対側の場所に件の柱が建っていた。他の建造物も動画内に写っているものと同じ。ここに偽物フォックスガールが出現したのだ。

 だからと言ってここで待っていればすぐに偽物が現れる。なんて都合のいい事が起きる訳がない。だがここが偽物の活動範囲内であるならば、いずれはまた姿を見せる可能性はある。だから私はこの柱にそっと手を触れ、魔法を掛けた。

(フォックスガールが現れたら教えてください)

 手から柱へと、私の魔力が移っていく。この柱は何十年もずっとここに建っていて動く事は無い。それに高さもある。毎日この景色を見て、道行く人々の話し声だって聞いている。そういう“モノ”は、魔力さえ込めれば監視カメラや盗聴器の役割を与える事ができるのだ。探したいものが分かっていれば、それが現れた時に虫の知らせの様に自分の魔力が反応する。

 来た道を戻りつつ、商店街の出入口に建っている柱全てに同様の魔法を掛けた。自転車置き場まで戻った時には、自転車の籠が一杯になる程荷物も増えていた。食材だけでなく、美味しそうなお菓子も買い込んでしまったからだ。三日くらいは籠城できそうだ。

(……)

 またしても“本末転倒”という言葉が頭を過ったが、やる事もちゃんとやったのだから別にいいだろう。これらはついでに買っただけだ。

 今食べる用にアイスを買ってもよかったかもしれないな。なんて思いながら自転車の鍵を開け、家に帰ろうとしたその時。虫の知らせの様なものを感じると同時に騒ぎ声が聞こえた。

「えっ……マジで?」

 こんなにも早く功を奏するのか⁉

 再度自転車を停め、買ったばかりの荷物に盗難防止魔法を掛ける。商店街に駆け込むと、その中程で騒ぎは起きていた。人だかりが出来ている。

「てやぁっ!」

 人混みの中から甲高い掛け声が聞こえてきた。次いでドスンという重いものが倒れる様な音と、「ぐえっ」というカエルが潰れた様な声。

「観念したか窃盗犯」

「こ、ここまでするこたぁねぇだろうがよ!」

「その言葉、そっくりそのままお返しするぞ。か弱い女性を狙って盗みを働くこたぁねぇだろうがよ」

 高い声の後に、しゃん、という鈴の様な音。周囲の人々は、ある人はスマートフォンのカメラをそこに向け、またある人は渦中の人物の名を呼ぶ。

「フォックスガールだ!」

「すげぇ! 本物初めて見た!」

 輪の様になっている人だかりの真ん中。そこにいるのは尻もちをついた男性と、魔法少女の様な水色の服装に身を包み、顔には狐のお面、手には錫杖という何とも風変わりな格好をした少女。

(本物だ……)

 その少女の声、背丈、髪型、服装、お面の耳の長さ、そして何よりもその身に纏う“魔力”を見て私は確信した。

(本物の、偽物フォックスガールだ)

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