第3話 偽物
「偽物、ですか」
涼は困った様に眉根を寄せながら頷いた。
「色んな人が私のこの姿を写真や動画に撮ってネットに載せて、フォックスガールと呼んでるのは知ってます。自分の姿を自分で見るのは恥ずかしいので見ないようにしてるんですが、でも、学校で友達が見せてくるので、そういう時は仕方なく見てます」
その恥ずかしさはその格好故なのか、格好の問題ではないのか、どちらだろうかと気になったが口には出さないでおいた。
「そうした動画や写真は毎日のように見せられるんですが、数日前から身に覚えのないものも混ざるようになりました。そこに写ってる人もこの格好に似てるんですが、助けた覚えのない人が一緒に写っていたり、行った事の無い場所にいたり……何より、お面が猫じゃなくて狐なんです!」
「……はあ」
猫である事に強いこだわりがあるようだ。
「偽物も今のところは悪い事はしてないっぽいんですが、今後もしないとは限らないじゃないですか。何か悪い事をしたら、変な噂が広まる様な事をされたら、もしフォックスガールの正体が私だと知ってたら……そう考えると、凄く不安で……」
「なるほど。それは確かに不安ですね」
偽物が何故フォックスガールの真似事をしているのかは不明だが、もし本物が犬飼涼であると知っている場合、彼女の評判を落とす事だってできる。高校二年生である美香が先輩と呼んでいるのだから、彼女は三年生。つまり受験生だ。大学入試に影響が及ぶ可能性だってある。
(……受験生がこんな事してて大丈夫なのか? 受験勉強は?)
そんな考えも浮かんだが、隅に置いておく。人の事を言えるような人間ではない。
「では、その偽物を捕まえて、フォックスガールの真似をしないように忠告すればいいですか?」
「お願い、してもいいですか?」
「はい。それが仕事ですから」
私がそう言うと、涼はほっとしたように胸をなでおろした。
「よかった……。あ、でも、お」
「ああ、そうそう」
私は何か言いかけた涼の言葉を無理矢理遮った。
「羽山さんも以前依頼してきたんですが、依頼料を払う代わりにうちでちょっとした手伝いをやってもらってるんですよ。なのでバイト代は無いんですが、それでよければ犬飼さんも、調査の手伝いをしてもらえませんか? フォックスガール……いえ、キャットガールの活動範囲は、ご本人である犬飼さんがよく知っていますから、協力していただけると助かります」
「え……いいんですか?」
「犬飼さんがそれでいいと仰るのであれば」
「は、はい! 大丈夫です! ありがとうございます!」
驚きと喜びが入り混じった顔で、涼はぺこりとお辞儀をした。
もちろん本来は依頼人から報酬を受け取るものである。しかし意図してここに来た訳でもない未成年相手に前金は幾らだの、後で幾ら貰うだの言える程肝は据わっていない。それにたぶん、後で色々貰える気がする。
「それではこちらも偽物フォックスガールについて調べてみますので、犬飼さんも偽物について何か情報を得ましたら、こちらまでご連絡ください。事務所に直接いらっしゃる場合は事前に一報くださると助かります」
そう言って私は涼に名刺を渡した。この名刺には魔法が掛かっていて、これを持っていればいつでも事務所に来られるのだ。
名刺を受け取った涼は再度「ありがとうございます」と言って頭を下げ、麦茶の残りを飲み干してから事務所を後にした。
「いやー、びっくりしました。フォックスガールの正体が犬飼先輩だなんて」
涼が事務所を出てから、それまで黙っていた美香が口を開いた。
「でも何であんな格好してるんでしょうね。せっかくここに来たんですから、聞いてみればよかったのに」
なんて事を頬を膨らませて言う。
「ううん、確かに気になるけど……。でも、それは犬飼さんのプライバシーに関わる事だし、依頼との関係性が出てくるか、犬飼さん本人が私達に言う気にならない限り、無理に聞くのは駄目だよ」
「はぁい……」
とは言え依頼自体その格好──フォックスガールの事だ。関係性が無いとは言い難い。しかし何の理由も無く魔法少女の格好をして人助けをする人なんていないだろう。きっと何か事情があるはずだ。だから、本人が喋る気になるのを待つのが現時点では最適解だ。
「ところで、お腹空いてない? もしよければ家でご飯食べてく?」
「いいんですか!? 食べます食べます!」
「じゃあ今から作るから、ちょっと待っててね」
「はーい!」
こうして私は二人分の食事を作り、美香と共に昼食を食べた。学園の王子様、犬飼涼がどんな人物なのかを知る為にも。
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