90%と10%

桔梗 浬

僕の心の割合

「聞いたよ~ゆう!3組の飛鳥ちゃんの告白断ったんだって?」

「相変わらず早耳だな。」

「そりゃ~、いろいろゆうのこと聞かれるもん。」


 部活の帰り道、僕は幼馴染の早川 あゆむを自転車の後ろに乗せ家路に向かっている。


ゆう、次の試合はいつ?」

「練習試合が明日あるよ。」

ゆうも出るの?」

「うん。僕も出るけど…なんで?」


  あゆむを家の前で降ろして、僕は怪訝な顔で あゆむを見つめる。

 

  あゆむはクラスの中でも目立つ存在で、男子の間でも人気がある。僕だって、クラスの男子から あゆむの彼氏のこととか聞かれるから、結構モテルんだと思う。


 僕は幼いころから あゆむを知っているけど、化粧をした あゆむより、そのままの彼女の方がかわいいと思う。


「明日、山下先輩もでるよね!?」

「うん。たぶん。」

「よし、試合見に行ってあげる♪ ほどほどに頑張るのだぞ。」


 じゃ~また明日。と言って あゆむは家の中に消えていった。あーゆー時の あゆむは、山下先輩を気に入ってるってことだ。わかりやすい。僕の心はちょっとチクっとする。


「山下先輩ってかっこいいよね~。あの腕!あのお腹!見た~?? 顔もいいんだけど、何て言っても筋肉がすごい!お腹なんて割れてるよー。あ~んかっこいい♪」

あゆむは、あーゆーのがタイプなのか?」

「そりゃ~女の子だったら、誰もが憧れるでしょう~。それにバスケの才能もすごいしさ~。」


 あゆむは練習試合のAチームにいる山下先輩を見て興奮している。確かに均衡のとれた体。キュッキュッというシューズの音とともに足の筋肉も盛り上がり、汗がキラキラひかってる。カッコイイって純粋に思うよ。それにあゆむの顔がキラキラしていて、本当に可愛い。


「ね~あゆむ。明日映画観に行かない?明日は部活もないしさ。チケット姉ちゃんからもらったんだ。」

「えっ?何々?いいよー。明日ね。」


 本当に聞いてるんだろうか…。ま、僕たちはよく一緒に買い物もするし、美味い物を食べにも行く。だからあゆむにとっては日常なんだと思う。でも僕にとっては…。



 翌日僕はウキウキな気分で、約束の時間より1時間も前に到着していた。だけど…あゆむは約束の時間に来なかった。


あゆむ?今どこ?待ってるけど?」

「あ、ごめん。山下先輩に誘われて~。ゆうに連絡してなくてごめんね。この埋め合わせはまたするから!あ、ごめん。もう出かけるから。またね。」


 僕はボーゼンとする。だってチケットは自分で購入したものだったから。それだけじゃない。あゆむはよく待ち合わせに平気で遅れてくる。でも僕はひたすら待ち続ける。馬鹿みたいだ。


『宮本、今暇?映画観に来ない?トップガン観たいっていってたろ?』(送信)


 僕はあゆむに腹を立てるというよりも、何も言い返せない自分に腹をたてていた。山下先輩にあって僕にない物はたくさんある。あの滑らかな筋肉も、割れた腹筋も…。僕にはない。


 だから僕はあゆむの代わりに、同級生の宮本 拓馬を映画に誘った。こいつとは馬が合うんだ。一緒にいてらくだし、楽しい。


『お、いいね。30分後くらいに到着できると思う。それでいい?』

『待ってるよ』(送信)


「お前さ~、早川とどんな関係なんだ?」

「え?あゆむのこと?」


 僕たちは映画を観てゲーセン行って、ファミレスでフリードリンク中だ。けっこう長い時間を過ごせて、安上がりだから宮本とよくここに来る。

 

「関係って、ただの幼馴染だけど?」

「ふ~ん。」

「なんだよ。」


 ジュルジュル―とジンジャーエールを飲み干した僕に宮本が、僕が一番聞きたくなかったことを告げる。


「早川、山下先輩と付き合ってるって噂きいたぞ。」

「ふ~ん。」

「気にならないのか?」

「別に。あゆむが誰と付き合おうと僕には関係ないよ。それより、僕も筋肉つけたいんだよね。シックスパックって言うの?あーゆーのやりたい。」


 僕は宮本に動揺しているのを悟られたくなくて、違う話をする。


「腹直筋っていうのを鍛えるといいみたいだぞ。Google先生が教えてくれたw」

「おぉ~そうか。宮本も一緒にトレーニングしないか?」

「いや。俺はいいわ。筋肉なんかに興味ない。」

「ふ~ん。」


 僕はあゆむに喜んでもらうために、あゆむの隣に相応ふさわしい人間になるために、腹直筋っていうのを鍛えることを誓った。宮本も一緒にやればいいのに、と僕は真剣に思ったんだ。


 宮本と別れてファミレスから自宅に帰る途中にあゆむの家の前を通る。ジンジャーエールを飲みすぎた僕は、あゆむの家の前で二人を見かけた。先輩に送ってもらったあゆむが家の前にいる。


 僕の心臓はドックンドックン大きな音を立て始める。何事もなかったように二人の横を通り過ぎるなんて、僕にはできない。そんな勇気はないチキン野郎だ。


 二人は何を話しているか分からなかったけど…。二人の距離はだんだん近づいて…。

 僕は目を疑った。山下先輩とあゆむが長いキスをしてる。まるで映画のワンシーンみたいに、とても奇麗なキスだった。僕は見てはいけないものを見てしまったし、あゆむがとっても幸せそうに顔を赤くしている姿が愛らしくて…。涙が込み上げてきたんだ。


 あゆむの隣を歩くのは僕じゃなかった。背も低いし全体的に細い僕は先輩にかないっこない。最初から分かっていたんだ。でも…。でも…。


 気づいたら、僕は宮本の家の前にいた。家に帰るためにあの二人の横を通ることが僕にはできなかったんだ。


 胸が張り裂けそうだった。大きなおはぎを丸飲みしたみたいに窮屈で、心なんて要らないって。本気で思ったんだ。


 宮本はコンビニの袋を振り回しながら上機嫌で帰ってきた。僕の顔を見ておろおろして、部屋にあげてくれた。両親は仕事で遅くなるらしい。ガキのころから鍵っこだったんだよね。と初めて聞いた。僕と同じだ。


「何かあったのか?」


 宮本はファンタのペットボトルを僕に渡して、飲めよって言う。僕たちは宮本のベッドを背にしてテレビを見るような恰好になる。


「ごめん。帰りにあゆむと先輩を見かけちゃってさ。なんか邪魔しちゃ悪いかな~って思ってw」

「それで俺んちにくるか?」

「迷惑だったか?ごめん。」


 宮本はポテチを宴会開けして楽しそうにしている。


「いや。別にいいよ。どうせ父ちゃんも母ちゃんも帰りは遅いしな。」


 ポテチを勧められて、お腹いっぱいだったけど僕もつまみ食いをさせてもらう。


「お前、早川に惚れてるんだろ?」

「…。」

「俺は別にお前が誰を好きになってもいいんじゃないかな?って思うよ。どうせなら告っちまえよ。玉砕したら俺が骨拾ってやるから。」


 テレビのチャンネルを変えながら宮本は僕にそんなことを言う。僕はあゆむのことが好きなんだろうか? わからない。でも先輩に取られてしまったって思うし、さっきから胸が苦しい。


「僕がもし、もしもだよ。あゆむのことが好きだとして、それを彼女につたえたら、今までの関係が壊れちゃうんじゃないかって…。それが怖いんだ。壊れるくらいなら、僕は今のままでいいんだ。」

「お前な~。別にお前がそれでいいならいいんだけどさ。振り回されて疲れないのか?」


 疲れる?疲れるってなんだ?


「ま、そうゆう俺もお前に振り回されてるって気がするけどな。」

「何だよそれ。」


 何だよ。僕は頭が混乱する。宮本がいると楽しいし、心が休まる。だから僕は宮本を頼りにしている。それはダメなのか?


「もっとさー素直になってもいいんじゃねーの。お前見てるとさ、ホント時々イラっとするんだよね。」


 な、何を言ってるんだ?僕が何をしたんだ?あゆむの事で頭がいっぱいだっていうのに、そんな言い方しなくたっていいじゃないか。

 僕は唇を強く噛みしめて、涙を堪える。宮本の前であゆむのことで泣くなんて馬鹿げてる。話を変えなくちゃ。話を変えて…。


「ほれ。口から血でてる。」


 宮本がティッシュを渡してくれた。僕はあまりにも唇を噛みしめていたから、血が滲んでいた。鉄の様な血の味がする。百円玉みたいな味。舐めたことないけど。


 ガツンっ。


「痛っ。」


 僕はびっくりした。宮本の顔が近づいたかと思ったら、奴の歯が僕の歯に当たる勢いで激突してきた。痛みが全身に響き渡るような骨が骨とぶつかったような感覚。


「あ、ごめん。」


 宮本が謝ってる。何が起きたんだ?

 宮本の唇も血がついてる。


「帰る。」


 最悪だ。僕は腕で唇をごしごしして宮本の家を逃げるように立ち去った。言葉通り僕は逃げたんだ。


 今日僕は親友を二人無くした。そんな気分だった。僕にないのは筋肉じゃなくて友達だったのかもしれない。


 僕は家に帰る気も、あゆむの家の前を通ることもできず、駅の反対側に住んでる姉ちゃんの家に転がり込んだ。

 姉ちゃんは何も言わず僕を受け入れてくれた。


「久しぶりだね。お母さんたち元気?」

「うん。」

「何か食べる?残り物しかないけど。」


 姉ちゃんはいつもと変わらず僕に親切だ。姉ちゃんはカレーを温めてくれたからゆっくりゆっくり食べる。唇が痛い。


「何があったか分からないけどさ。無理すんのやめたら? あんたを見てると時々辛くなるよ。」

「ごめん。」


 姉ちゃんはビールを飲みながら、僕の前に座る。6歳も離れているから子どもの頃は話も合わなかったし仲良くはなかったと思う。でも今は姉ちゃんがいてくれて本当によかったと思う。


「僕、ムキムキの筋肉が欲しい。」

「どうして? はぁ~ん。またあゆむちゃんに何かいわれたんだ。馬鹿じゃないの?」

「…。」


 姉ちゃんは僕に麦茶を注ぎながら、僕を馬鹿呼ばわりする。僕はなぐさめてほしかったんだ。それだけだったんだけど…。


「あんたはさ~、生物学的には女の子なんだから。そんなに男どもに張り合ってどうするの?心は男の子なのかもしれないけどさ。見た目なんてどうでもいいじゃん。十分可愛いし、かっこいいわよ。その辺の女の子はあんたを放っておかないでしょうが。」


 姉ちゃんはビールをまた一口飲み、まくしたてる。僕が言葉をはさむ機会を与えない勢いだ。


「それにあゆむちゃんに振り回されすぎ!もっと楽に自分のことを受け入れてくれる人をさがしなよ。それが女でも男でも、姉ちゃんは気にしない。ゆうゆうのままでいればいいんだよ。」

「姉ちゃん…。」


 さすが私!いいこと言うじゃん!って姉ちゃんは上機嫌だ。僕は姉ちゃんの言葉で胸のつかえがすーっと溶けて気持ちが楽になる。僕は僕のままでいいんだ。


「姉ちゃん。ありがと。」

「これ、出世払いね。よろしく!」


 姉ちゃんはかっこよかった。僕の自慢の姉ちゃんだ。


* * *


 6年後。


「あんたたち、いつの間に一緒にくらしてるわけ?しらなかったわ。」

「あぁ。宮本と部屋をシェアしてるんだ。家賃やすくていいところにすめるからな。」

「ふ~ん。」


 あゆむは興味なさそうに、僕と宮本を交互に見ている。


「あ、あたしそろそろ出るね。これから合コンなの。今日は医者と弁護士が集まるのよ。今度こそいい人見つけなくちゃ。じゃ~ね。」


 あゆむは先輩と付き合って半年もせずにわかれていた。おいおい泣かれて僕は慰める役目を仰せつかっていたわけだが…。


「俺たちも出るか。映画みてパフェでも食おうぜ。」

「いいね。僕でっかいイチゴパフェが食べたいかな。」

「よし行こう!」


 人は生物学的に男と女に分類できる。けど心はどうなんだろう? 100%男、100%女っていう人はまれだと思う。僕の心は90%男で、残りの10%は女っぽいところがあるようだ。その数字は時々変化する。


 宮本はそんな僕を受け入れてくれてるし、僕は今僕のことを受け入れて生きてる。我慢せず、背伸びせず心地よい距離感で。


 僕は今とても幸せだ。


END

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90%と10% 桔梗 浬 @hareruya0126

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