第8話 稲田家の闇 中編
鍋島と今西はカフェから出て車を停めてある駐車場まで歩いていく。
「さっきの女性は誰ですか?」
今西が聞いてきた。
「拓人の同級生の田原昌大の家にいた女性だ。それと吉村さんと佐竹さんがその家を訪ねていた」
鍋島が言うと今西は考えだす。
「あの女性、見たことがあるような……」
今西は言うが、思い出せないようだ。
「そういえば、さっきどうした?」
今度は鍋島が今西に聞いた。
カフェで佐伯のケーキを食べている時に感じた不信感があった。
「栗元って名前を思い出したんです」
今西が言うのを聞いて鍋島も栗元という名前を考えた。
鍋島は思い出した。
栗元はヨットハーバーの従業員の名前だ。
「栗元悟志。ヨットハーバーの従業員を思い出しました。そしてあのヨットハーバーの経営者は稲田貴子でした。更に、あのヨットハーバーが出来たのはたしか三十年くらい前です」
今西はタブレットを操作しながら言う。鍋島は今西の話を聞きながら過去に一度だけ取材した内容を思い出す。
当時はあまり気にしていなかったが今、考えると疑問に思う。
佐伯の話と澤谷の話を聞く限り、栗元が怪しいと思う。
稲田貴子と栗元悟志とはどんな関係なのか。
経営者が稲田貴子となっているが、実質取り仕切っているのが栗元悟志だった。取材内容は簡単なものだ。この街の紹介でヨットハーバーの取材をしたが、顧客のほとんどが栗元の学生時代の友人で他県在住の人たちの為、この街にあまり関りがなかったためその後取材することはなかった。
澤谷の疑問がわかった気がした。
「佐伯さんからのメッセージではないかと思ったのですが、考えすぎですかね」
今西が苦笑いをしながら言う。
「そんなことないと思う。澤谷さんもヨットハーバーに疑問を感じていたから」
鍋島は澤谷から聞いた話を伝えた。
「佐伯さんは何か知っているのでしょうか?」
今西が聞いてくる。
鍋島はその可能性を考える。
「佐伯さんはホテル星華にきて三十年くらい経っている。おそらく当時のことも知っているはずだ」
鍋島が言うと今西も納得する。
「じゃ、ヨットハーバーに行ってみますか?」
今西の言葉に鍋島は躊躇する。
「取材として行った方が良い気もするが」
鍋島が言うと今西も理由があった方が話を聞きやすいと納得する。
その時、所長の若林から電話が入った。
「今すぐ帰ってこい」
鍋島と今西はヨットハーバーが気になったが、若林の言われた通りに戻ることにした。
ヨットハーバーに行くにも理由が必要だ。
その理由を作る為にも若林に許可を貰わなければいけない。
二人は車に乗り込み今西は車を走らせた。
事務所に着くと若林と橋本が待っていた。
「ちょっとこれを見てみろ」
若林が言うと橋本がパソコンを操作して映像をだした。
鍋島と今西は画面を見ていると一艘のヨットが湾の境目を滑るように動いているのが映し出された。
鍋島が昨夜撮った映像だ。
「昨夜の映像を当日に使えないかと見ていたら見つけました」
橋本が言う。
鍋島は画面を見て気がついた。
その場所は澤谷が言っていた海流の境目にあたる場所だ。
ヨットに乗っている人物はその境目をゆっくり進み途中、停まったと思ったが暫くすると再び動き出しヨットハーバーに戻って行く様子が写っていた。
「あと、これも見つけました」
橋本は別の映像を見せてきた。
それは今西がカメラを串田さんの山に設置して調整していた時のものだ。
先程と同じ場所を動くヨットが写っているが途中でヨットが動きを止めて乗っていた人物が海から何かを引き上げているのが写っている。ヨットがヨットハーバーの方へと動き出した後、海上に何かが浮かんでいるのが見えた。
鍋島は澤谷の疑いはこれだと思った。
「ヨットハーバーの取材を許可して下さい」
鍋島が言うと若林は行ってこいと言った。
若林も怪しんでいるようだ。
鍋島と今西は早速、車に乗りひとまず警察署に向かった。
今西が言っていた鑑識に話を聞く為だ。
鍋島たちは捜査状況が知りたかった。
警察署に着くと昨夜の鑑識担当者が出迎えてくれた。
「向こうで話しませんか?」
鑑識担当者は警察署の裏手に今西と鍋島を誘った。
「昨夜の遺体はまだ特定できていませんが、可能性のある人物と拓人の父親ではないかと思われる人物が浮上しました」
「それは誰ですか?」
今西が聞く。
「遺体の可能性は田原昌大で拓人の父親はヨットハーバーの従業員の栗元悟志です」
「田原昌大?」
鍋島が聞き返す。
先程見てきたことや聞いてきたことが繋がり始める。
「どうして父親が栗元だと思うのですか?」
今西が聞いている。
「栗元は拓人が生まれる頃、稲田家から援助されてヨットハーバーを作って従業員になっています。実質は経営者のようで、その理由は拓人の父親ではないかと吉村さんたちは考えているようです」
「それだけで父親と言うには弱くないですか?」
今西が聞く。
「拓人が生まれる前、大学生が行方不明になったのですがその当時その男性たちと一緒に東京から来ていたのが栗元悟志でした。その男性たちはよく稲田貴子と遊んでいたと言う近隣住民の証言と過去の捜査資料から判明しました」
鍋島たちは驚く。
「その行方不明になった男性はどうなりましたか?」
鍋島が聞く。
「捜査は打ち切りになり行方不明のまま未解決事件になっています」
「その行方不明の男性が拓人の父親ではないですか?」
鍋島はその男性が佐伯が言っていた拓人の父親の可能性が高いと思った。そして栗元悟志の関係が気になった。
「拓人が生まれる前に頻繁に稲田家の前当主と亡くなった顧問弁護士が会っていたのが栗元悟志なんです。吉村さんたちは栗元が貴子のお腹の中の子供だと思い、身を引くように前当主と顧問弁護士は交渉していたと考えています」
鍋島はあり得ると思うと同時に行方不明になった坂井敏行のことが気になる。
「吉村さんたちは田原昌大と栗元悟志のDNAを取りに行きました」
鍋島は田原昌大の家に吉村たちがいた理由がわわかった。そしてあの家にいた女性のことも気になった。
「それともう一つ、田原昌大の家に女性がいたそうですが、その女性は稲田貴子が入院している病院の看護師で深屋京子です。その女性が稲田拓人がいた別荘に行っていたのがわかりました」
鑑識担当者からの話に鍋島は少しずつ繋がり始めた想像を整理する。
鍋島は深屋京子の自宅住所を聞いた。
深谷京子は駅前のマンションに住んでいると言われた。
その後、今西が運転してヨットハーバーに行き、事務所が見える駐車場に車を止めた。
「深谷京子ですが昨夜、貴子が入院している病院の駐車場にいました」
今西の言葉に鍋島は驚いた。
確かに串田さんの山からは貴子が入院している病院は見える。
駐車場からは澤谷さんが言っていた方向の海が見える。
深屋京子はどうしてあんな時間にいたのか?
「栗元悟志の血液型はなんだと思う?」
鍋島は先程の鑑識の話を思い出す。
「怪しいですよね。父親の為の会社を用意したと考えるのが妥当だと思いますが、どうでしょうか」
二人がヨットハーバーを見ているだけなのは聞き込みに行く理由がなかったからだ。若林から取材の許可を貰ったが、何をどう話せばいいのか考えていなかった。その為、二人でただ遠くから見ているだけだった。
鍋島は先程の鑑識担当者の話から拓人の父親の可能性をどう聞き出すかを考えていた。
その状況が動いたのは事務所から出てきた人物と目があったからだ。
「あっ!」
最初に声を上げたのは今西だった。
事務所から出てきたのは刑事の吉村。
少し離れたところにいても吉村は鍋島たちの乗った車を認識すると乗っている人物をすばやく確認した。その為、鍋島と今西は吉村と目があってしまった。
「見つかりましたね」
「逃げることも出来ないな。こっちが調べていることも気づいているだろうし」
二人は諦めて車の中で待った。
運転席側に吉村が来て、助手席側に佐竹が来て窓ガラスをノックした。
仕方なく鍋島と今西は窓ガラスを下げる。
「少し、お話をしませんか?」
吉村の誘いを断ることが出来ない状況なのは一目瞭然で、二人は諦めて車を降りた。
車から離れて歩く吉村の後を鍋島と今西がついて行き、その後ろを佐竹がついてくる。
鍋島はもはや逃げる事も出来ない状況でどんな話が出てくるのか少しの期待を持ちつつ吉村の後をついて行く。
ヨットハーバーの事務所が見えなくなるところまで来ると吉村が振り返った。
「稲田拓人のことを調べていますよね。それに先程は田原昌大の家を訪ねていましたよね」
やはり見つかっていたのだと鍋島は悪あがきはやめる。
「拓人の同級生だと聞いたので行ったのですが、会えませんでした」
的をついた内容に返す言葉もなく頷くしかなかった鍋島たちはどんなことを聞かれるのか心配になってきた。
「田原昌大は数日前から行方がわかりませんでした」
吉村は最初から責めるつもりなどなかったようで、表情を変えることなく話を続けた。
「栗元悟志は現在、行方不明です。何かご存知ないですか?」
吉村の言葉に鍋島たちは驚く。
「なにもわからないです」
鍋島が言うと吉村はため息をついた。
鍋島は栗本悟志と稲田拓人がどう関わっているのか気になる。
「昨夜、串田さんの山にいましたよね」
鍋島は驚く。
「この周辺の防犯カメラで判明しています。そして栗本悟志がその時間、ヨットで海に出ていたのが判明しています。今日はそのことを聞きに来たのですが、一足遅かったようです」
吉村の話に鍋島は眉間に皺がよる。
「遅かった?」
「事務所のデスクの上に遺書がありました」
「昨夜、見つかった遺体は死後二日経っていました。殺されて昨夜までヨットハーバーの事務所の冷蔵庫に入れられていたようです」
吉村の説明を聞いて鍋島は疑問に思う。
「栗元悟志はどうしてあの死体を事務所にいれていたのですか?」
鍋島が聞くと吉村はまだ操作中だと前置きして話してくれる。
「稲田拓人の父親の可能性が高いので調べているのですが、もう一人稲田拓人の父親候補がいたのです」
吉村の話に疑問に思う。
「もう一人は誰ですか?」
鍋島はダメ元で聞いてみる。
「坂井敏行で、三十年くらい前に一時期、この街に滞在していた人物です。しかし、稲田拓人が生まれる前に行方がわからなくなっています」
吉村の話は先程、鑑識担当者から聞いた話と同じだ。
「その坂井は逃げたのではないですか?」
鍋島が聞く。
「稲田家の前当主が坂井を排除しようとしていたのは掴んだのですが、ご存知の通り稲田家の前当主と顧問弁護士は亡くなっていまして、稲田貴子は会えていません。稲田洋平はまだ稲田家に関わりがなかった為、詳細はわからないと言っています。そのため、その後を知っている人はいないのでわからないのです」
吉村の話に鍋島はあり得ることだと思った。
先程の鑑識担当者の話からも行方不明になったとしか言わなかった。
稲田拓人の父親が坂井敏行だとして、稲田家の前当主は認めないとしたら、坂井敏行の代わりに洋平が拓人の父親になったとしたら辻褄があう。
しかし、前当主から排除されたとしても貴子が言い張れば稲田家の婿に収まることは可能だったはずだ。それに当時ではこの街の大地主の婿は魅力的ではなかったのか?
ここでも疑問が残った。
佐伯の話では拓人の父親は亡くなっているはずだ。それと拓人の父親候補の坂井敏行と一緒に遊びに来ていた東京の大学生の一人が栗本悟志のはずだ。以前、取材した時にそんな話を聞いたことがあった。
栗元悟志が拓人の父親でないのなら稲田貴子はどうしてヨットハーバーを栗元悟志に提供したのかも疑問が残る。
「ヨットハーバーの経営に栗元が関わるようになったのはどうしてですか?」
鍋島がきく。
「前当主が決めたことだと稲田洋平は言っていますが謎が残ります。栗元悟志が拓人の父親なら稲田家に婿として入れば洋平が離婚してまで貴子と再婚することはなかったはずです」
吉村の話も一理あると鍋島は考えた。
「それと昨夜の遺体から繊維片が見つかりました。それがどうやらこのヨットハーバーで使っている網と同一ではないかと思い、預かってきました。これから検証をします」
吉村はニコリと笑う。
「結果を……」
鍋島が言いかける。
「明日、署の方へ来てください」
吉村が言った。
鍋島は必ず行くと言い事務所に戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます