第8話 稲田家の闇 後編
カフェを出て向かった先はヨットハーバーだった。今西が運転して事務所が見える駐車場に車を止めた。
「栗本悟志。ヨットハーバーの従業員を思い出しました。そしてあのヨットハーバーの経営者は稲田貴子」
今西の言葉を聞きながら鍋島は過去に一度だけ取材した内容をタブレットから取り出した。
経営者が稲田貴子となっているが、実質取り仕切っているのが栗本悟志だった。取材内容は簡単なものだ。この街の紹介でヨットハーバーの取材をしたが、顧客のほとんどが他県在住の人たちでこの街にあまり関りがなかったためその後、取材することはなかった。
「栗本悟志の血液型はなんだと思う?」
「怪しいですよね。父親の為の会社を用意したと考えるのが妥当だと思いますが。どうでしょうか」
二人がヨットハーバーを見ているだけなのは聞き込みに行く理由がなかったからだ。取材と称しても突撃するのもよかったが後々、問題になりかねない。その為、二人してただ遠くから見ているだけだった。
その状況が動いたのは事務所から出てきた人物と目があったからだ。
「あっ!」
最初に声を上げたのは今西だった。
事務所から出てきたのは刑事の吉村。少し離れたところにいても吉村は鍋島たちの乗った車を認識すると乗っている人物をすばやく確認した。その為、鍋島と今西は吉村と目があってしまった。
「見つかりましたね」
「逃げることも出来ないな。こっちが調べていることも気づいているだろうし」
二人は諦めて車の中で待った。
運転席側に吉村、助手席側に佐竹が窓ガラスをノックした。
仕方なく鍋島と今西は窓ガラスを下げる。
「少し、お話をしませんか?」
吉村の誘いを断ることが出来ない状況なのは一目瞭然で、二人は諦めて車を降りた。
車から離れて歩く吉村の後を鍋島と今西がついて行き、その後ろを佐竹がついてくる。
ヨットハーバーの事務所が見えなくなるところまで来ると吉村が振り返った。
「稲田拓人のことを調べていますよね」
的をついた内容に返す言葉もなく頷くしかなかった。
吉村は最初から責めるつもりなどなかったようで、表情を変えることなく話を続けた。
「栗本悟志がDNA鑑定に協力してくれました」
「では、拓人の父親は栗本悟志ですか?」
「栗本悟志は稲田貴子からそう聞いているようです。ただ、聞いているだけで確証はないと言っていました」
「貴子が結婚前に付き合っていたのは栗本悟志ですよね。それなら、拓人の父親で間違いないと思うのですが」
吉村が苦虫を嚙み潰したような表情をした。
「結婚前の貴子は複数の男性と付き合っていました。その為、拓人が本当に栗本悟志の子供だとまだ、断定できないのです」
「どういうことですか?」
相手は栗本悟志だけではなかったのか。
「この街のお姫様だそうです。私には理解できませんが、彼女は若いころから自分が欲しいと思ったものは何でも手に入れていたようです。それが他人の恋人でも」
「略奪ってことですか?」
「ニュアンスが少しだけ違います。父親が娘の我儘を聞いて金や権力で奪ったというほうが正しいようです」
鍋島と今西は次の言葉が出てこなかった。
二人がこの街に来たのはかれこれ十数年前。その時から不思議に思っていたことがあった。
この街の住人の年齢層だ。
なぜか六十前後の男女が極端に少なく、その子供の年齢層である三十代、二十代もあまりいなかった。だた、四十代の夫婦の世帯が大半を占めていた。
「六十前後の人たちがいないのは稲田家のせいでしょうか?」
「ほぼ、正解だろうな。貴子のせいで恋人を奪われたり、嫌がらせを受けたりしてこの街から逃げ出した者もいたとか。貴子に目をつけられていない者まで、いつか同じ目に遭うかもしれないとこの街を離れていった者もいたらしい」
遠くの海を眺めながら話す吉村自身も納得できないようで真剣な顔に変わっていた。
「大地主だから出来たことですか?」
「当時はこの街の大半が稲田家の土地だったらしい。今はその十分の一くらいしかないそうだ」
「土地が減ったのは拓人が起こした事件の示談金で消えたってことですね」
「稲田貴子、拓人親子はこの街では嫌われ者だ。それは二人の自業自得としか言えないが、刑事である自分たちは自分たちの仕事をしなければならない。今まで手出しが出来なかったことに踏み込めるチャンスだと思っている」
吉村の決意が見えた。それなら……。
「確かめてもらいたいことがあります」
鍋島は先ほど松本から聞いた話を吉村に伝えた。
この件は、自分たちが調べるより警察に頼んだ方が早い。吉村は二つ返事で調べてくれると約束してくれた。それと栗田のDNA鑑定の結果も教えてくれるという。
「貴方たちのことだ。これで止めるつもりなどないでしょう。何か分かったら連絡してくださいよ」
しっかりと約束させられた。
鍋島は交換条件として受け取った。
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