第6話 研究所
澤谷は先ほどから沖の船を見ている。いつもなら豪快な会話が出るのだが珍しく無言が続く。あと数年で息子に代を譲ると言っていた男は昼間に見ると明らかに老けて見える。その男が力なく呆然と海を眺める様子に少し心配になってきた。
「昨日から何度も考えたが、おかしいんじゃないかって思うようになった」
「なにがおかしいのですか?」
「あの船、見えるか?」
澤谷が指さしたのは遠くに微かに見える船だ。おもちゃのような小さい船に見えるが実際はかなり大きな船だと想像はつく。
あの船が何だろうと思いながら澤谷と船を交互に見る。
「あの船を挟んで海流が交差するように流れている。だからあの船は丁度、潮の境目にいることになるんだ」
「それがどうしたのですか?」
「うーん。昨日、あの遺体を見つけたのがもっと手前、港に近いところだった」
澤谷は何か考えながら言葉を紡いだ。
「海流に乗っていなかったと言いたいのですか?でもここの海は少し沖に出ればある程度の流れがあるはずですよね」
「確かにそうなんだが、この港を挟んで地形的に突出しているのが星華の裏の崖とあっちの崖くらいだ。そこから落とすとほぼ間違いなく海流に乗ってもっと沖に流れて外傷も多くなるはずなんだ」
澤谷は沖に浮かぶ小さな船を見つめている。
確かに今西が撮った写真からも外傷らしきものも服装の乱れもなかった。だから海に落ちてからあまり時間が経っていないと昨夜は判断されたはずだ。
鍋島は海に浮かぶ小さな船を確認した。あの船が潮の境目で星華のチャペルがある崖を見る。目視でははっきりわからないがあの船と同じ位置に突き出ている。もう一つの崖も同様に確実に澤谷が言っている海流が傍を流れているのが分かる。
「もっと手前であの遺体を投げ捨てた。ってことであっていますか?」
「そうだ。だが、お前さんも知っていると思うがそんな場所はないよな」
澤谷は相変わらず沖の船を見ている。あの場所の手前と言っても漁港や崖などに囲まれていてそんな場所なんてない。
鍋島も澤谷と一緒に沖の船を見る。
「あっ! もしかして船で運んだ?」
澤谷は少し顔を鍋島に向けた。それで答えは分かった。
「あの星華の崖の向こう側に小さいがヨットハーバーがあっただろ。あの日は夕方から夜にかけて風が強かった」
「そのころには漁船はもっと沖の方にいて気づきにくい?」
「そうだな。漁の真っ最中でそこまで気にするものはいないだろ。今朝、他の漁船の者たちに聞いてみたが、怪しい船は見ていないと言っていた」
帆船なら風さえあれば動かすことは出来る。漁のどさくさに紛れて死体を運ぶくらいできそうだ。それか小さなボートでもあれば。
「昨日の見つかったのが拓人なのかはわからないが、あの顔を見ればみんな拓人だと思うだろ。現にわしも拓人じゃないかと疑ったからな」
「でしょうね。親の金でもみ消したのも一件や二件どころじゃないのは俺も知っています」
高校生の時から無免許運転で事故を起こし住民に怪我をさせたとか、暴行事件もあった。その度に貴子や洋平が金で解決してきたと聞く。それほど大きな街ではないからそんな話はすぐに伝わる。だから拓人はある意味この街の有名人だった。
最近は菅田の父が務める研究所で機密情報を盗み出そうとして警察の捜査が行われていた。
今回も金で解決しようとしたみたいだが、研究所は上場企業のグループ会社だ。それも機密情報を盗む行為に金で解決できるはずもなく、警察が介入することになった。
「今までよく狙われなかったですよね。あれだけの悪事を重ねていたらどこかで返り討ちに遭ってもいいような気がするんですが」
「金の力だろうな。それと相手の弱みに付け込むことが得意な弁護士がいたから上手く切り抜けられたんだと思うが、その弁護士は半年前に亡くなったらしい。最後は拓人が友人たちと密猟をしていたことで漁港にやってきたがあまりにも理不尽なことを言ってくるから警察を呼ぶと言ったら渋々帰っていったわ。その後すぐに亡くなったと聞いた」
「密漁までしていたんですか!」
とうとう密漁にまで手を出していたのかと呆れた。
そして稲田家の顧問弁護士だった男を思い出す。何となく近寄りがたい大柄な前当主に目つきの悪い顧問弁護士がいつも傍にいた。
「密漁はダミーだ。本当はあの研究所に忍び込むつもりだったようだ」
「海からですか?」
確かにあの研究所の正面は厳重な警護で簡単には入れない。
以前、鍋島たちも取材を申し込んで中を取材させてもらったがそれも初期の段階であの後数年して再度取材を申し込んだら断られた。
あの時も、身分証を何度も見せてカードを通して建物の中に入った記憶がある。取材内容もかなり厳密に決められていて、予定していたところ以外の撮影は禁じられていた。だからこそ、拓人が忍び込もうとしたと聞いて疑問に感じたのだ。
「海側は有刺鉄線とレーザー、防犯カメラだそうだ。そこをすり抜けようとしたようだが失敗して今度は陸から侵入しようとして警報が鳴ったと聞いている」
「なにを盗み出そうとしたんですかね」
「それは分からないが、あの研究所はすべてがAIで管理されていると警察が言っていた。近々大きな発表があるって噂だが、拓人はそれを狙ったのかもしれないな」
大きな発表というと会社としては重要な内容のはずだ。それを拓人はどうやって入手したのか気になった。
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