第5話 二つの死 後編

 翌日、鍋島と今西は所長から在宅勤務の許可を貰い、昨夜のファミレスに来ていた。


「新聞には出ていないですね。ニュースにもなっていないですし」

「あの状況では公表できないだろう」


 鍋島と今西はファミレスに来るまでの間にありったけの新聞を購入して読み漁った。ネットニュースもくまなく検索したが昨夜のことは出ていなかった。

 検死の結果が午後に出ると連絡が入ったのでそれまでに通常の業務を急ぎこなしていく。


「駅前のイルミネーションの点火式の日程が決まったそうです。取材の日程入れておきます」

「昨日の映像にも少し写っていたな。準備は予定通りってことか」

「そうですね。天気も良さそうなので点火式の撮影にも影響はなさそうです」

「了解!」


 今西からの伝言に鍋島は自分のスケジュールを追加し、取材メンバーを組み立てていく。同時進行で漁業組合に連絡を入れて年末の取材の申し込みをしておく。


 年末に向けての取材内容の確認と企画書の準備を進めていくといつの間にか十一時を回っていた。二人は早めの昼食をとることにした。

 通りがかった店員に注文を伝えた直後、鍋島の元に澤谷から電話が入った。


 昨夜、想定していた内容より衝撃的な言葉が告げられた。澤谷から事情を聞いて電話を切ると今西も電話をしていた。

 会話の内容から鑑識からの電話だ。今西の表情が険しくなっていく。鍋島は悶々としながら待った。


 書きかけの企画書と睨めっこしながら待っていると鍋島が注文した焼きそば定食が運ばれてきた。

 今西はまだ電話中だ。

 急いでパソコンを片付けて鍋島は今西の電話を盗み聞きしながら焼きそばを食べ始めた。

 数分後、今度は今西が注文したカレーライスが運ばれてくると、やっと今西の会話が終わった。電話を切った今西が開口一番に告げたのは澤谷と同じ内容だった。

 今西はカレーライスを食べながら鑑識からの話をしだした。


「昨日の遺体は稲田拓人の可能性もあるとのことです」

「その可能性はどれくらいだ?」

「あの遺体の血液型はBで、稲田洋平はO型、妻の貴子はA型だと分かっているそうです」

「あぁ? なら拓人じゃないだろ」

「それが以前、拓人が大怪我をしたときに血液検査をしたのですが、その時B型だったそうです」

「まて、稲田拓人は洋平の子供ではないのか?」

「洋平と貴子は捜査協力を拒んでいます。もちろんDNA検査も拒否しているようです。それが答えなんじゃないですか」


 O型とA型の夫婦からB型の子供は生まれない。養子なのか貴子と別の男との子供なのか。貴子がDNA検査を拒んだ理由がここにあるような気がする。


「あと、昨夜の遺体は整形した痕があるそうです。それもかなり前のものだそうです」

「整形って。ますます怪しいじゃないか! いや、それよりも別荘にいたのが稲田拓人じゃない可能性もあるってことか」

「今のところ、そういうことです」


 警察は稲田拓人の出生時の調査に取り掛かったようだ。澤谷から聞いた話でも稲田拓人が養子という言葉は出てこなかった。今までそんな噂も聞いたことがない。

 稲田家の前当主は拓人を跡取りだと周囲に言っていたはずだ。そしてあの指輪も。養子とは考えにくい。それなら……。


「稲田家のことを探った方がいいな」


 あの家にはまだ隠されていることがあるはずだ。一人息子が亡くなっているのに両親がそろって捜査協力を拒むことに事情があるのだろう。それが拓人の血液型に関することだと考えた。


「僕は櫛田の爺さんのところに行ってきます」

「分かった。俺は澤谷さんのところに行ってくるよ」


 櫛田の爺さんこと山の持ち主と船長の澤谷は何代も前からこの街に住んでいる人物だ。その為、稲田家のことも何か知っているかもしれない。

 今西も二つの遺体に大きな疑問を感じているようだ。


 二人は急いで食事をかき込んだ。

 食後のコーヒーを飲みながら聞き出す内容の確認と待ち合わせ場所を決めてファミレスを出た。


 鍋島は澤谷がいると思われる漁業組合の建物を目指した。

 午後の時間の漁港は閑散として人もあまりいない。漁から帰ってきた船が港に並んでいる。その中から澤谷の船を確認する。

 組合の建物にいると思われていた澤谷は船の傍で海を見ていた。


「澤谷さん!」


 鍋島が声をかけると澤谷は振り返り笑顔で右手を上げた。


「すみません、ちょっと聞きたいことがありまして」

「拓人のことか……」

「まぁ、そうです」


 こちらの考えはお見通しと言ったところか。

 澤谷から聞いた話で一番疑問の思ったのが拓人のことだ。どうやら澤谷も拓人のことを考えていたようだ。


 澤谷は近くにあったブロックに腰を下ろした。それを見て鍋島も近くのブロックに座り澤谷を見る。


「拓人は養子ではないぞ」

「本当ですか!」

「ああ。うちの親戚に助産師がいるのだが、姫様の出産に立ち会っている。拓人は紛れもなく姫様の子だ」


 古くからこの街にいる人たちは稲田貴子のことを姫様と呼んでいる。元大地主の一人娘はそれこそ昔の大名の姫のような生活をしていたと聞く。


「血液型が違うようですが」

「それは……、稲田家の闇だ。このことを知っている者はもうあまりいないだろうな」


 澤谷は目を伏せて言う。澤谷は何か知っているのだ。知っている者があまりいないなら、かなり古い出来事のはずだ。

 詳しく聞こうとしたが、知らないほうがいいと窘められた。


 稲田家の闇。

 貴子の子であることは確かが、澤谷は洋平との子だとは言わなかった。

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